戦国好きのアドリブ雑記帳

戦国好きのアドリブ雑記帳

戦国ネタ(話)が多いですが、基本は感じたこと雑記した内容です・・はい。

戦国時代と海外ドラマをこよなく愛するフリーのリラクゼーションセラピスト・マサ村田の雑記です。
新型コロナ感染症は、東京でついに300人以上の感染者がでました。
 
もう半年以上も続く、新型コロナ感染症ですが、未だ収束への道は全く見えない状況。
 
社会が混乱して経済は大打撃を被り、志村けんさんや、岡江久美子さんが亡くなった事で病に対する恐怖や不安が広まり、更には人と人が普通に会話が出来ずに、自由に集まる事さえ出来ないという状況が続いています。
 
『自助・共助・公助』
 
という言葉があります。
 
私は、既に半年以上の時間を有して来て、この中の 『公助』 が、新型コロナウイルス感染症対策としては、全くなされて来ていない事に、焦りや怒りを感じています。
 
『自助』 というのは、自分で何とか対策をする事。
 
『共助』 とは、人が助け合いで何とか対策する事。
 
『公助』 とは、政府や自治体という、公 (おおやけ) で対策する事。
 
そこで、今現在までに安倍政権や小池都政が、この新型コロナウイルスの問題に対して発言して来た事は・・
 
『新しい生活様式』
『マスク、手洗をしましょう』
『ソーシャルディスタンス』
 
といった自衛手段の徹底を呼び掛けたり
 
『緊急事態宣言』
 
という、保証なき自粛をさせて来た事でした。
 
更には、緊急事態宣言を解除した際の、少し感染拡大が収まりかけたとされた時の安部首相の発言は
 
『国民の皆様のご協力を頂き、日本式対処で乗り切りました』
 
という、ものでした。
 
この言葉通りで、実際に安部政権がした事は 『布マスク😷を2枚配布した事』 と 『10万円の給付)』 のみで、後は全てにおいて国民任せの自己責任でした。
※ マスクも、10万円も、緊急事態宣言中に、全ての国民の手元には届いていませんでした・・ガーン
 
これは、はっきりと言って
 
『マスクや手洗』 の勧めは 『自助』 の勧めですから、自分で何とかしろ!
 
『ソーシャルディスタンス』 や、『国民の皆様の、ご協力という保証なき自粛』 や 『新しい生活様式』 というものは全て 『共助』 ですから、皆で助け合って何とか乗り越えてね~♪
 
という事でしか無くて、積極的な 『公助』 と呼べる対策は、示されず、行われず・・という状況でした。
 
これは総じて、国民・都民は、自己責任で未曾有のウイルス感染症を乗り切りって行け!
 
と言われている訳ですね。
 
緊急事態宣言が解除されると、まだ世間には新型コロナウイルスが存在しているというのに、積極的な規制や施策も行政からはありませんでした。
 
東京都では、ただひたすらに1日の感染者数を小池都知事が発表しての、相変わらすの 『自助』 『共助』 の呼掛けだけ。
 
安部首相に至っては姿すら表に出さずに、各自治体へ新型コロナウイルス感染症の件は丸投げ。
 
こうした行政が、全くの無策で成り行きを見守るだけだった為に、感染はまたもや東京を中心に拡大して来ています。
 
そんな中で、新型コロナウイルス感染症が、収束 (終息) したらおこなう。
 
とされていたた 『Go Toトラベル キャンペーン』 という経済政策を、ここに来て強行的に前倒しで実施。
 
『公助』 としての新型コロナウイルス感染症に対する施策や援助の方針は、殆ど無い状況でかろうじて行われた、マスク配布や、10万円給付や、Go To トラベルキャンペーンという支援も、税金を使いそれを実施する過程において、自身の支援や選挙に関係する企業や、お友達を無理矢理に挟んだ、火事場泥的なお金抜き政策でした。
 
都知事選挙においても、小池さんは新型コロナウイルスの対策をしている体でいて、実際は何の意味もなさない東京アラートなる警告 (これも警告を伝えるだけで、後は都民の自己責任で対処してね💛 で、しかない )  で 『頑張ってます♪』 感をアピールする意味を成さないパフォーマンスでしたから、選挙でコロナを利用した感さえあります・・いや明かに選挙対策でした。
 
枕で 『自助・共助・公助』 という言葉を用いましたが、多くの国民は、マスクや手洗、換気、アルコール消毒という 『自助』 という名の、自己責任で対策をしています。
 
そして、互いに距離を取るソーシャルディスタンスや、自営業の飲食店等は営業時間を短縮したりと 『共助』 という名の助け合いをしています。
 
そして、新型コロナウイルス感染症については、ワクチンの完成する迄は仕方ないと諦めながらも、1年半位は
待たないと出来ないとも言われるワクチンの完成まで、自分達の生活が維持できるか?
 
と、不安にかられています。
 
現状で既に、ホームレスが増えたり、万引き等が多発化していて、JR東日本に勤めている知人からは、3日連続で飛びこみ自殺がおきたという話も聞きました。
 
私のお気に入りの飲食店も、既に5軒が閉店になりました。
 
ここまで書いて来て、全く新型コロナウイルス感染症の対策としての 『公助』 がなされていないと感じる私は、自分なりに 『公助』 と成り得る具体的な施策とは、どんなものなのか?
 
と考えてみました。
 
只の素人の私が考えてみたほんの一例ですが、記してみたいと思います。
 
まずこの新型コロナウイルス感染症が、ワクチンの無い中で、何をすれば収束 (減って行く) のか?
 
を考えてみると、この間に情報として聞くところによれば
 
『1人の感染者が、他の人に感染させる人数が全体で1人という比率ならば、その感染症は少しずつ拡散されて増えて行く』
 
という事の様です。
 
ですから、全体でみて
『1人が、1人』
に感染させている状況は、収束へは向かわないという事が言えます。
 
そして
『1人が、1.5人』 『1人が、2人』 『1人が、3人』
 
というように、感染させている比率が増えれば、それはもはやパンデミック。
 
という事になります。
 
この感染比率が、減って行き
 
『1人が、0.8人』
 
等の1を切る比率になれば、感染症は今度は収束へ向かうという事になります。
 
では、現在の日本でこの1人が、1を切る比率で感染させて行く状況を作るにはどうすれば良いか?
 
それは、街中に感染者 (無症状を含む) が減って行く状況を作るしか無いでしょう。
 
その為には、感染者を見つけ出してホテルその他の、他者との接触をしない場所を設けて一定期間を治療・治癒にあてて行くしかありません。
 
ですから・・
⭕️検査数を一日で万単おこなう。
⭕️ホテル、その他の一般生活者との接触が無くて一定期間過ごせる場所の大量確保。
 
まずは、これを最優先事項にしておこなう事が必要です。
 
その後に随時、感染者の発見された場所や行動範囲を、地図上にプロットしていけば、現状での新型コロナウイルス感染者の動向が掴めます。
 
そこから、多数の感染者が出たり、多数のクラスターがおきている、地区や施設に対してミニマムに封鎖して行けば、確実に街中にいる感染者数は激変します。
 
この際の封鎖規模は、それこそ○○町のみ。もしくは特定の施設や店舗とし、小規模で1週間程度の期間としして、必ず保証金や協力金を支給する。
 
大規模な感染者以外も含む封鎖と違い、ピンポイントでの感染者数の多い地区だけならば、財源的にも保証が可能でしょう。
 
単純ではありますが、この程度の対策を迅速におこなえば、街中の感染者数は激変して少なくなり、感染確率における1人が他者に感染させる確率も1を切る事が可能になり、収束へ向かう状況が作れる筈です。
 
勿論、新型コロナウイルスが全て無くなる訳ではありませんが、少なくともこれなら、ワクチンが完成する迄の期間でも感染が特定されない人達や、特定の封鎖地区以外では、通常の生活をおくりながら経済を回して行ける筈です。
 
これは素人考えの穴だらけの対策かも知れませんが、こういう考え方を基にして対策の問題点を検討し、ブラッシュアップして行き迅速に実施して行く事が、行政に今求められている 『公助』 というものだと思っています。
 
何故、こんな単純な事さえも行政が出来ないのか?
 
本当に不思議になると共に、利権や選挙の為のパフォーマンス優先で 『自助・共助』 という形で、国民・都民に責任を押し付けて 『公助』 をしない事に本当に腹がたちます。
 
因み、この三つの中で 『自助と共助』 の考え方ばかりで物事が進むと・・・
 
人にはそれぞれ事情や、考え方の違いがあるのに、協力しない人に対して 『共助』 が無いとして、必要以上に相手に対して攻撃的になります。
 
『私達は協力し合っているのに、あの人は非協力的だ!』
 
という思考から起こる自粛警察などの現象が、その表れです。
 
また、自助=自己責任という図式がありますから、コロナ感染者への差別も、自分が悪くてコロナに感染したという発想から生まれがちです。
 
災害やその他の緊急時にはやはり
『自助・共助・公助』
の全てがバランス良く必要となります。
 
もし今後 『新しい生活様式』 というものが必要になるのなら、
『過剰な差別や、批難をしない』
という考え方を
『新しい生活様式の、一丁目一番地』
に、持ってくることが大切だと思っています。
 
 
うれしい頂き物が、1日で二品も届きました。(*´ω`*)
 
まずは ゴズモグさん からの、フルーツゼリー🍊🍇
 

 
この季節には、冷やして最高の😃メッチャ美味しい😋🍴💕デザートでした。
 
 
そして毎年、旬の取れたて空豆を今年も 宮城のはるかさん から、送って頂いております。
 
 
こちらは、天候の関係で例年よりも収穫時期が少し早まったとの事です。
今年は、空豆ご飯にして旬の味を満喫しました~♪
 
 
本当にお二方、ありがとうございました。o(^o^)o
 

ナイナイの岡村隆史が、ラジオで発言した件で

 

『岡村を許すべからず!』

 

という大バッシングと

 

『もう、そこまで岡村を追い詰めなくても良いのでは?』

 

という、擁護する意見や、誰かを徹底的に正義を盾に追い詰めるという、空気が嫌だという意見が出ています。

 

今更ですが、岡村が発言した内容を記してみてから、私の経験して来た事をベースに、この件の考え方を書いてみようと思います。

 

オールナイトニッポンで、リスナーからのコロナ騒動による風俗へ通えないという悩み?

に対して、岡村が答えた内容は以下の通りです。

 

『今は辛抱よ 「やまない雨は無い。神様は人間が乗り越えられない試練は作らない」 と言うてはりますから。  絶対に、何か乗り切れるハズなんです。  コロナが収束したら絶対、面白い事あるんですよ。  コロナあけたら美人さんが、お嬢 (風俗嬢の意) やります。  何故かと言えば、短期間でお金を稼がないと苦しいですから。  可愛い娘が、パット働きます。 そしてパット辞めます。  コロナがあけたら三ヵ月間は、こんな娘はいってた? っていう娘達が絶対にいますから。 今は本当に我慢して、我々風俗野郎Aチームみたいなもんは、この三か月を目安に頑張りましょう』

 

まあ、要約すれば

 

『今はコロナに感染するから我慢しよう。やまない雨は無いのだから、いずれはまた風俗に行ける日が来るから』

と、風俗好きなリスナーを元気づけています。

 

その後に

『コロナが終われば、世の中は経済もボロボロで、若くて綺麗な一般の女性がお金に困り、短期間だけパット稼ぎに風俗嬢になる』

こう示唆しています。

 

更に

『自分達 (岡村や、このリスナー) の様な風俗マニアは、今は濃厚接触に当たる風俗通いを我慢して、コロナの収束後を、楽しみに頑張ろう!』

と言う意味で励ましながら、可愛い素人風俗嬢を楽しみして乗り切ろう!

という意味の内容を話していました。

 

さて、この発言は大きく分けて3つの内容になるのでしょう。

 

①風俗好きな人は、コロナが明ける迄は我慢して乗り切ろう!

という励まし。

 

②コロナ騒動による、世の中の自粛と活動制限により一般の若くて綺麗な女性が、仕事がなくり経済的に貧して風俗に流れて来る (しかし、短期間) 。

 

③そうした素人美人の風俗嬢と遊べることを楽しみにまとう。

 

ココからは、過去の経験や考えから、私自身が

 『こうした夜の世界へ身を投jじる女性に対しての考え方』

 や

 『その事について若い頃に、地方から東京に出て来ていた女性達に対して直接に、良く話していた事のある内容』 を記して行こうと思います。

 

最近はブログを更新していない私ですが、もう7年位このブログをやっていて、過去のブログの中では20代の頃に、私自信が数年間程スナックで、雇われ店長をしていた事がある。

と書いたことがあります。

 

そうした経験から、実は女性が夜の世界に入ってくる過程や、その後に一部の女性が風俗嬢になって行く流れを、身をもって見て来た話しを、30代になり私が会社を起業していた頃に知り合った女性達に、話していた内容です。

 

当時(今から30数年前の、丁度バブルが終わる時期からバブル後)に、私はスナックの雇われ店長をしていました。

 

そして、そういったスナックで働く若い女性は、バリバリの水商売気質の女性が半分位いて、残りの半分は地方から東京に出て来て、一般の会社に就職している女性 (既に東京に出て来ていて、大学や高校を卒業して東京で就職した女性を含む) が、会社に勤めながらアルバイトで、週に1日~3日程度スナックで働くという感じの構成比でした。

 

何故?昼間の会社に勤めていながら、夜のスナックでバイトするかというと、その頃の女性の新卒で月のお給料は手取りで15万円から20万円くらいでした。

 

時はバブルが終盤の時期で、この程度の賃金で若い女性は生活をしていた事になります。

 

この時期は、まだまだバブルの名残りで 「オシャレな洋服も欲しい」 「車も欲しい」 「美味しい物も食べる場所が東京には沢山ある」 こん時世でしたので、女性が家賃を払い、車を有して、オシャレに仕事の後で友人とアフターファイブを楽しむ、なんて生活をすると、当然にお金は足りなくなります。

 

そういった中で、クラブや風俗嬢という商売には行きたくないが、スナック程度ならバイトとして丁度良いという感じで夜の商売に、会社に行きながら努めている女性がいた訳です。

 

当然に、そうした女性は昼間に正社員で勤めている会社があるので、少しのお小遣い稼ぎのバイトという感じで夜のスナックは直ぐに辞めるという意識で入ってきました。

 

しかし、短期でお小遣いを稼いだら辞めて行く女性は少数でした。

 

何故かというと一つには、夜に楽しくお酒をお客さんと飲み、カラオケを歌い、たまにいるイケメンの男性客から口説かれて、月で収入は、1日1万5千円×週2日×4.5週で、13万5千円程度が稼げてしまうのです。

 

昼間に週5日働いて正社員で15万~20万円の手取り。

 

これでは、昼間に働くのが馬鹿らしくなってしまいます。

 

更に、この時期は消費者金融(サラ金)が、テレビCM等をしていて、武富士・アイフル・プロミス・アコムetc

と、昼間にきちんと就職している人間には、各社が20万から勤め先の規模により100万くらいの上限枠で、平気でお金を貸してくれる時期でした。

 

ですから、月に昼夜と合わせて30万程度の収入で、オシャレや飲み食いをして贅沢をしていると、気が付いたら借金をしていて、総額200万~300万なんていう額になっている女性も多数いました。

 

そうなると、もはや昼の仕事は効率が悪くて辞めてしまい、スナック一本で働き月に40万~50万円の稼ぎで、借金の返済で自転車操業状態になります。

 

結果的にはスナックのバイトでも、もはや回らなくなり最後は風俗嬢へと、流れて行く女性が大勢いるのを見てきました。

 

本人達は、初めは東京で就職して真面目に努めて、幸せな生活を送れると考えていて、少しずつ金銭感覚がづれて来てしまい、ただのスナックの週何日かのバイトのつもりが、いつの間にか風俗嬢になっていた。

 

そんな女性が沢山いたのです。

 

この時に見て来た、若い女性が夢を持って東京に出て来て、気が付いたら風俗嬢をする事になって行く過程を、私が30代で広告会社を起業してベンチャーで頑張っていた頃には、20代の女性に話していた記憶があります。

 

ただし、その時に私が話していた内容は

 

『実際に、こうして風俗嬢になる女性が沢山いるよ。 でもね、それが全てでは無くて、初任給が手取りで15万円から始まり、3年努めて手取り18万~20万円のお給料になり、その収入で車も買って家賃と駐車場代も払い、友達とも付き合いとして割り勘で、月に数回は飲みに行き生活をきちんとしている女性も沢山いて、中にはその状況で貯金を数十万円までしている女性もいるんだよ』

 

という、説明をしていました。

 

また頑張って昼間の会社で、いわゆるキャリアウーマンとして高給取りになって人だっているんだよ。

 

とも話しています。

 

あくまでも、現実に東京で当時に地方から出て来た女性達の、私が見て来た現状を話した上で、自分だったらどういう生活がしたいと思う?

 

という問いかけを、若い女性にしていたのを良く覚えています。

 

夜の飲み屋で働く女性から、風俗嬢という職業まで、実際に存在していて、それを利用する顧客がいるのは現実です。

 

風俗を利用する男性が悪いとも思いませんし、働く女性がいけないとも思いません。

 

望んで夜の商売で働く人も、別に特段に差別する気はありません。

 

ただし、選択肢は沢山あり、その時の社会状況によりキツイ事もあるけれど、きちんとなんて言うと語弊がありますが、少ない手取りでも、やりくりして貯金迄する人もいます。

 

仕事にやりがいを見つけて、自己のキャリアを高めて行く人もいます。

 

職業や生き方は選択できるし、それを選ぶのは自分だと言う事を、私が30代の時に良く20代の女性に話していました。

 

ですから、今回の岡村の発言の前記した三項目の中で

 

①の、風俗好きの対して頑張って今は風俗へ行くのを我慢しようは、なんら問題ないと思います。

 

②の、コロナによるこの世の中が壊れてしまうかも知れない後に、綺麗な女性が風俗嬢になるという予想も、間違えでは無いのかも知れません。

 

ただし・・

 

③の、こうした世の中が壊れて行く中で、自身の本意では無くて風俗に入らざるを得ない女性を楽しみしようというのは、明らかに選択肢の無い中で風俗嬢になる人に対する、生き方への想いが無さすぎる気がします。

 

それは

「自分の生き方で選んだ風俗嬢」

「自分の生き方を考えずに、気がついたらなっていた風俗嬢」

という立場でない

「自分の人生と生き方を見つけて生きたくても、経済が崩壊した(するかも知れない)状況下で選ばざる得ない風俗嬢」

が存在していて、最後の状況の風俗嬢が現れるから、楽しみにしようという事に岡村の女性 (人) への想いやりのないエゴを感じています。

 

この論理は 「お金に色は無い」

※泥棒された金も、節約して溜めた金も、金は金だという考え方

 

と同じで、風俗嬢はお金を払えば、その娘の風俗へ来た経緯など関係ない、もっと言えば困ったから短期間だけ風俗で金を稼ぎに来ているんだから (三か月位で直ぐ辞める発言) 利用するのに相手の事情など関係ないという思考が感じられます。

 

凄く良く言えば合理的ですが、私には職業選択の自由がある世の中で、望まない道を選ぶ人に対して、ドライには考えられません。

 

私が20代の頃に自分が見て来た、人生や職業を選択できる事さえ解らずに気が付いたら風俗嬢をしていた。

 

という女性に、職業や人生は選択できるんだと感じた事。

 

その後の30代に、少し偉そうではありましたが当時に出会った若い女性に、その事を伝えて自分で判断して人生を作って欲しいと感じていた身としては、岡村も私と年齢が近い事を考えると情けない気もちになります。

 

著名人だから、お笑い芸人だから影響力が・・なんて事は、私的にどうでも良くて人としての生き方や考え方に疑問を持つので、彼にはそこに気が付いて欲しいなと思ったりしています。

 

 

 

現在、新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。

 

そんな中で、私は自営業者として生業(なりわい)にしている、整体サロンを自粛してお休みしています。

 

新型コロナウイルスの感染拡大を止めて収束に向かわせるには、外出を控える事が何よりも大事な事です。

 

そう考えての決断でしたが、まだまだ世間ではこの認識が甘い気がしています。

 

さて私はここで、新型コロナウイルスの感染拡大の 『収束』 という言葉を使いました。

 

現在のところ、色々なニュースなどで見る限り 『終息』 という表現と 『収束 』という表現の、二種類が使用されていて、主に 『終息』 という表現が多い様に感じています。

 

そこでこの言葉の違いの認識と、更には今後の私達がコロナ騒動が収まる迄に、どういう意識を持つべきか?

を考えてみようと思います。

 

まずは、この言葉の意味ですが・・

『収束』 

物事の混乱状態が一旦落ち着く事。

 

『終息』

物事が完全に終わる事。

 

という意味の違いがあります。

 

そして私は、今回の新型コロナウイルスの感染拡大が収まる時には 『収束』 という状態だと考えています。

 

その理由はこうです。

 

ウィルス感染とは、人(生物)の体内に、ウイルスが入る事を言います。

 

専門家の見解などを調べると新型コロナウイルスは・・・

感染しても全く症状が出ずに体内で、このウイルスに対する免疫を獲得する人がいます。

 

一方では、ウイルスの免疫が出来る迄に何日かおいて(無症状感染状態)から、症状が発生する人もいます。

 

こういう状態が起こる事は、人体に対してウイルスが適応していると考えられるそうです。

 

そしてこれは、ウイルス自体が完全に消滅する事が無く、ウイルスが活動しやすい気候に合わせて増えて行くという季節性のウイルスとして、人の体に定着してしまう可能性があるそうです。

 

これは自覚のないままで感染している人が、ある程度の割合で存在して行くという状況が想定されるそうです。

 

ですから感染した人の多くが、ウイルスに対して免疫を持つ人が増えて行く 『集団免疫の状態』 + 『ワクチンなどが開発されて投与 される事』 で、ほぼ新型コロナウイルスの発症者がいない状況は作られても、完全に新型コロナウイルスの消滅は無い事を意味します。

 

いわゆる季節性のインフルエンザが、毎年流行るのと同じ状況のウイルス性疾患という物の種類が増える。

 

という状況が生じて、この騒動は 『終息』 では無くて  『収束』 するといえるのでしょう。

 

しかも、この収束に向かう迄にも

『ワクチンが開発される』

『多くの人が一度感染して自己免疫が出来た集団免疫の状態が生まれる』

という状態が出来てやっと、収束と言えそうです。

 

このワクチンが開発されるまで、一年位はかかるとも言われる現状では、集団免疫の状態が生まれる迄の間に、、人々が一気にウイルスに感染すると、症状の発症した多くの人が一気に病院へ駆け込む事になり、医療現場での医療従事者迄が感染したり、病床や医療器具の不足から多くの死者を出す医療崩壊が起きます。

 

それが今の現時点での日本では、おこる一歩手前の状況なのだと、私は認識しています。

 

こんな状況で人々が、外出や移動を制限なくすれば確実に、収束は出来ずに多くの命が亡くなり、経済状況も一時的な落ち込みどころか崩壊します。

 

ですから枕に書いた様に私は今回、自身がなりわいとする整体サロンの自粛休業を決めましたし、まだまだ世間がこの新型コロナウイルスによる感染拡大を、甘く考えている様に感じています。

 

一人一人がこのウイルスによる現状を理解して、終息は最早無いが、収束して通常の生活なら、今少しの忍耐で我慢をすれば迎えられる。

 

という事を考えないと、本当に怖いと感じています。

 

 

英国のジョンソン首相が、コロナで緊急入院。

ロシアでは口から菌を拡散させる行為として、大声でしゃべりあう若者が射殺されるとう事が。

そんな中で日本も、今にも緊急事態宣言が出されようとしている、令和が始まったばかりの中での本日。

 

私が生きて来た、昭和の後半~平成~令和の初めにおいて、50余年の人生で経験したことの無い事態が今起きています。

 

今回は根付師という 『江戸の文化』 を、今の世にその手で生み出す職人のゴズモグさんが 『平成という時代』 を自身の人生と世相を込めて造り上げた作品のご紹介による、リブログです。

 

 

別に上げ足を取って、文句だけを言うつもりは無いですが・・

『医療現場が機能不全に陥る可能性が予想される』

専門家会議では、こんな発言が出ている現状で、政府は

『布マスク二枚を各家庭に郵送で支給』

って・・・

 

現状でも、布マスクは家庭でも直ぐに作れる・・というか既に作ってるし!

 

もはやギャグでしかないよね。

 

 

『そうだ! 布マスク二枚を直ぐに配るのだww!』

これでいいのだ!

 

 

 

決して文句を言っているだけで、代替え案の提示もしない批判をする気は無いですよ、はい。

 

外出自粛の徹底と、小売り店や飲食店への救済処置及び、各家庭への現金支給 (肉・魚の商品券とか利権がらみの、実用性の悪い意味なし案でなくて) 。

 

パチンコ店への対応や、満員電車解消への対応。

 

各都道府県の連携への国としての後押し。

 

もはやここまで国内において蔓延が起きている以上は、特定感染者や海外渡航者との接触者以外にも、風邪の症状が出ている人に対応してのPCR検査の実施。

 

感染者の、症状経緯 (無症状・軽度の発症・重度の発症・重篤者の区分けと、それに伴う一時待機場所の確保。

 

抗ウイルス剤の開発に向けた具体的支援。

 

これらの当たり前に、皆が考えられる位の対応でも 

『送料込みで全国民に布マスク二枚配布のムダ金使う』

といった対策よりは、マシでしょう?

 

高度な政治的判断に対して、ただ文句を言ってる訳ではありません。

 

『布マスク二枚配布』

なんて事は、政治的判断だとは言えず、この国のトップが真顔で今後の対策として国を挙げて実施と言っているので (その発表の場で見本となるべき総理が、アゴ出してマスクしながら言ってるし・・) 、そりゃ文句も出るし呆れるよ。

 

「今までに無い大胆な発想」 でもなくても良いし、 「あらゆる可能性を追求」 しなくても良いから、 「きめ細やかすぎる」 布マスク二枚支給でなくて、当たり前の対策をしてくれ~!

志村けんさんが、コロナにより亡くなってしまいました・・

 

実は私、東村山市の青葉町という所に、3歳から17歳まで住んでおりました。

 

そして志村けんさんのご実家は、その青葉町という町の二丁目と三丁目の境を通る、所沢街道という道沿いにありました。

 

私の住んでいた家は、その志村さんのご実家から三丁目方面に100mと離れていませんでした。

 

コメディアンになる為にドリフターズの、いかりやさんの付き人になり、志村さんがまだ世に大きく知られていない頃に、小学校に入ったばかりの私は、他の友人達と共に志村さんに遊んで貰った記憶があります。

 

 

 

 

志村さん(当時の志村青年)は寡黙な方でしたが子供好きで、志村さんがドリフターズに正式加入して人気者になりだした頃にも、近所の友達と志村さんの住んでいたご自宅に招かれた事がありました。

 

 

 

それは正月2日の事でした。

 

当時はお正月の番組を年末に録画撮りして、お正月は芸能人の方達はオフになりハワイなどへ行かれるというのが、お決まりの生活スタイルだったのでは?

 

と、思うのですが、志村さんは 『東村山音頭』 や 『カラスの勝手でしょ~う♪』 などのギャグでブレイクしたいた頃なのに、お正月はご実家へ帰られて普通の方と同じ様に過ごされていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中で私を含む数人の子供達が、当時まだコンビニはもちろん、スーパーも多くない時代で、近所にあった個人が営む藤田商店という、食品も扱う雑貨店(何でも日用品を売っているお店)の前で遊んでいると、志村さんがそこへいらして

『お前たちヒマか? 家で雑煮でも食うか?』

と声をかけてくださり、数名の友達と志村さんのご実家へ遊びに伺いました。

 

実は志村さんは私達子供を、ご自宅へ招き入れていても特段に、子供を相手して話しかけて盛り上げるというタイプでは、ありませんでした。

 

ですから何をしていたか?

というと、お母さまと志村さん、それにあまり記憶は確かでは無いのですが、お兄様もいらしたかと思います、それにプラス、私達数名の子供で、広間にてテレビを観ていたのです。

 

しかもそれが、ご自身の出ているテレビでした。

 

それを皆で観て笑っていると、志村さんは 「どうだ? 面白いか俺?」 と言って子供の私達に聞いてくるのでした。

 

今にして幼少期のこの出来事を思えば、志村さんはもしかしたら・・

デビューしてしばらくして爆発的に、子供達から人気者になっていましたが、それを今でいうエゴサーチのような意味で、ネットの無い時代でしたから、生の私達子供の声を聴きたかったのかも知れない?

 

なんて感じて、想い出を振りかえっています。

 

志村けん という人は、本当に人との触れ合いが好きで、尚且つ自分のお笑いに厳しい人だったのでは無いでしょうか?

 

少し前まで素人で、ドリフターズでいかりや長介さんの付き人だった自分が、急に大うけして大スターになった事に対しても、浮かれずに自分を視聴者 (対象者の子供) からどんな風に見られているのか?

と知りたかったのかも?

 

そんな風に当時の出来事を感じて、今になると本当に貴重だった志村さんとの 『出会いの一瞬』 を想い出しています。

 

それから約50年位の時が過ぎている、現在でも未だに他人から

 

『ご出身は?』

 

と聞かれると

 

『東京の外れの、東村山市です』

 

なんて応えれば、直ぐに

 

『志村けん のね!』

 

という応えが帰ってきます。

 

それ程に誰もが知っていて

 

自分の育った東村山=志村けん

 

となっていた存在でした。
 

 

 

 

志村けんさんの、人生(芸能界)での活躍は、既に皆さんご存じだと思いますので私が幼少期に、ご縁があり東村山の、しかもご近所で育った事を想い出して、在りし日の志村けんさんの事を忍ばせてもらいました。

 

 

 

 

世界規模でのリアルタイムで、大きな問題になっているコロナというウイルス。

 

そんな問題に対して、私が幼少期に接した 志村けんというスターが人生の最後になり大きく係って亡くなってしまった。

 

このことも、志村さんであればこう考えているのではないか?

と、思ってしまいます。

 

世間が自分のコロナによる死を、どういう風に捉えているか?

あの時、自分のテレビを地元の子供達と一緒に観て、自分のコントの評価を確認していた様に、天国からコロナについての正しいい認識を、皆が持てたかどうかを気にかけていらっしゃるのではと・・

 

 

 

志村けんさん のご冥福を心よりお祈り申し上げます。