キャラクターで始まり、物語で終わる
サッカーはカードゲームのようなものサッカーは、どこかカードゲームに似ていると思うことがあります。たとえば、持ち札を早くなくした人が勝つトランプのゲーム。その場合に大事なのは「良いカードを持っているか」ではなく、相手より一枚でも早く上がること。強いカードを持っているかどうかという評価と、一枚でも早く上がって順位を上げたことは、まったく別の世界にあります。サッカーの持ち札足が速い。シュート力がある。ドリブルが上手い。そういった能力は、サッカーにおいて「強いカード」にあたります。けれど、それを持っているからといって必ず勝てるわけではありません。とかく、人は自分の持ち札に陶酔しがちです。「自分は足が速い」「シュートが強い」といったカードの凄さに酔いしれてしまう。けれど、その先には必ず自分より速い選手、自分より強いカードを持つ相手が現れます。そこで心が折れてしまうこともある。自分のカードに慢心し、努力を怠ってしまうこともある。せっかくの強みが伸びず、使い方も広がらないまま終わってしまうこともあるのです。先んじることの価値勝負を分けるのは、強いカードそのものではなく、その場その場で「相手より一歩先んじて出せるかどうか」。それを繰り返した選手が、試合での結果を積み重ね、やがてキャリアの上でも相手より先んじる。つまり、勝負を決めるのは「カードの強さ」ではなく、「カードの使い方」なのだと思います。凡庸なカードの輝き一見、何でもないと思っていたカードでも、使い方次第で相手を制する大事な一枚になることがあります。チームスポーツであるサッカーにおいては、自分がそのユニークな一枚になれることが、とても大事なのだと思います。結び誰もが違う持ち札(キャラクター)をもっています。カードの強さだけでなく、今あるカードをどう生かすかという物語。そんな世界に気づくことサッカーがそんな経験につながればと願って止みません。