子育てをしていると、どこかで思ってしまいます。
子どもはゼロからスタートして、これから何にでもなれる。
どんな未来も選べるんじゃないか──と。

 

でも、過ごすうちに、だんだんと思い知らされていきます。
すでに、いくつかのカードは手元にあるんだな、と。

 

思えば、自分もそうでした。
いろんな経験をして、そのたびに
「こんなカードしか持ってないのか」と落ち込んだり、
「意外とこれ、使えるかも」と嬉しくなったり。
そんなふうに、自分の持ち札に一喜一憂してきた気がします。

 

体格や気質、感受性や集中力。
まるで手札のように、
子どもにも子どもなりの“最初の条件”がある。

 

ああ、この子にはこういう特徴があるな。
何かに夢中になると、周りが見えなくなるタイプだな。
その一枚一枚に、自然と気づかされていきます。

 

配られたカードをどう使っていくのか。
その先に、じわじわと“勝負”のようなものが始まっていく──
そんな予感がすることがあります。

 

その中で、
裏返しのままだったカードが、
ある日ふと、表になる瞬間があったり。

 

「あれ、こんなカード持ってたんだ」
そんな驚きと喜びを、そばで見守りながら、
なにより、子ども自身が感じられるように。

 

配られた札は、そんなに変えられないかもしれない。
でも、そのカードがどう育っていくのか──

 

今日うまくいかなかったり、
思い通りにいかないことがあるかもしれない。

 

でも、そういう時間の中で、
カードは静かに表情を変えていくのかもしれません。

 

自分のことは、なんとなく分かっているつもりでも、
いざ手札を並べてみると、案外扱いに困る。

 

誰しも、そういうふうにできているのかもしれませんね。