今日は一戸町を出発。盛岡から北上するとEモバイルの電波が入らないのは分かっていたんですが、ドコモのスマホのデータ通信の電波も入らなくて、前日の夜は1日1回の更新を心がけているブログ更新ができませんでした。(電話は入りますが)
ドコモは日本全国どこでも入ると思ってたんですが、今後、青森とか北海道で場所によっては電波の入らないところもあると思うので、ブログ更新ができない時はどうぞご了承ください。

朝の出発準備の写真。一戸町にはテントを張るのにいい川沿いの場所がありました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

そして今日も昨日に続いて下りの山道をひたすら下っていきます。盛岡から4号線最高地点の十三本木峠までは、ところどころ家や店があったので、そんなに標高の高いところまで登っている気はしなかったんですが、峠を超えてからはひたすら山道の下りが続いてる景色を見ると、ああやっぱり高いところまで登ってたんだと再確認。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

面白い岩肌を発見。近くには採石場があったりして、このあたりは岩山なんですかね。
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いい景色の渓谷です。もうすぐ二戸の中心部へ。今日の目的地は二戸。前日泊まった一戸町からは距離は10数キロと、移動距離はいつもより短めです。
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そしてもうちょっとで二戸駅へという地点で、トラブルが発生。
パンッ!と何かが爆発するような大きな音がして、何ごとだと驚いて辺りを見渡すと、その音の原因は自分でした。リヤカーのタイヤが破裂して爆発した音でした。
「なんてことだ…」タイヤが破裂とは初めての経験です。しかも昨日峠の上り道で新しく交換したほうのタイヤ。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

その原因は釘か何かを踏んづけたのか、チューブに空気を入れ過ぎたのか、今日の高い気温によってチューブ内の空気が膨張したのか、、とかいろいろ考えましたが、どうもタイヤのホイールの接着部分に入ってる針金のようなワイヤーがむき出しになっていて、その先端がチューブに突き刺さり、爆発したようです。タイヤのゴムの中にこんなものが入ってることを初めて知りました。そして何故このワイヤーがむき出しになったのか原因は今も分からずです。ただ言えるのは、タイヤとチューブそれぞれ一つずつが、もう使い物にならなくなりました。
ようこそ、よい試練を(涙)!と笑うしかありません。残り1本となった予備のタイヤとチューブを装着し、前に進みます。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


タイヤ修理を終えて歩き始めると、修理をしていた場所の近くの家に住む若いお母さんと男の子に、「頑張って下さい」と飲み物とお菓子の差し入れを頂きました。トラブルの後だけに、こういう温かさが心に染みます。

そして二戸駅に到着。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

今日は仕事の関係で、二戸駅近くのビジネスホテルをとりました。
たまっていた洗濯物を洗面所で洗濯させてもらい部屋に干しています。まともに布団で寝るのはほんと久々で、布団はあるはトイレはあるは洗面所はあるは冷蔵庫はあるはエアコンはあるは…こんな贅沢がこの世の中にあったのかという心境で、いま幸せです(笑)
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


※昨日のブログ記事の、岩手銀河鉄道の小繁(こつなぎ)駅ですが、調べてみると「待合室」という映画の題材になっていた場所でした。
http://machiaishitsu.com/

※ブログの更新が遅くなりました。ずっと電波の入らない場所にいました。ドコモのスマホは日本全国どこでもいけるかと思ってましたが、ドコモも電波が入らずでした…。
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テント内の様子。寝起きです。顔が疲れています(笑)
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

そして今日は、道の駅「石神の丘」を朝8時半に出発。4号線最大の標高の峠に向けて歩いていきます。
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すいすいと右横を走り抜けていく車を横目で見てうらやましがりながら、でも自分の意思で選択した乗り物(?)はこのリヤカーハウスなんだとあきらめながら、リヤカーハウスを引っ張ってひたすら登りの道を歩いていきます。

北上川の源泉の場所を発見。ここ最近、寝床として北上川の川沿いにずっとお世話になってますが、あんな大河もこんなにちいさな川から始まるんだなと感動。源泉があるということは自分はいま標高が高い場所にいることを再確認。
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そしてこのあと嫌な予感が的中。峠の山道の登りの途中という一番パンクをして欲しくない場所でタイヤがパンク。あせりました…。道の脇にリヤカーを停め、パンク修理を。タイヤがもうだいぶすり減っているので、タイヤも交換しました。このタイヤは以前沖縄の自転車屋さんで買ったものなんですが、その買う時にもいろいろとエピソードがあってその話を書くとまた長くなってしまうので書きませんが、自分の中では思い出深いタイヤなんです。「ここまでご苦労様。ありがとう」と言って新しいタイヤに交換しました。
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「ピークはまだか。ピークはまだか」とつぶやきながら、ひたすら登っていきます。
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そして国道4号線最高地点、標高458mの十三本木峠頂上に。
前回、栃木県と福島県の県境にある同じぐらいの標高の峠も歩きましたが、今回は事前にピークとなる場所を知っていて心の準備が出来ていたので、めちゃめちゃ大変というわけではありませんでした。栃木県と福島県の県境の道の時は事前に峠があることを知らず「この道いったいいつまで登るんだろう」と思いながら登っていたので、やっぱり事前にイメージしておくというか予測しておくことは大事ですね。あとはタイヤの件のように、事前に備えてこくこと、これも大事です。
これは何も旅の中での話でなく、日常生活でも同じで、これから近い将来起こりうることに備えて、お米をつくり野菜をつくり食べるものを自給しておく、個人的にはぜひいろんな人にこのことをお願いしたいです。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

そしてこのあとは、ひたすら道を下っていくのですが、むしろ大変だったのは登りよりも実は下りのほうがでした。道が狭くて歩きにくし、ダンプの交通量と速度がハンパなく、危険で大変でした。だから逆に言えば、青森県側から岩手県側に歩いてくると、登りが大変だと言うことですね。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

そして長い下りの道を歩き疲れ、左膝に痛みが出てきたので、盛岡から八戸間を走る、いわて銀河鉄道の小繁駅の待合室で休憩をしました。なにげなく入った無人の待合室に「命のノート」というものが置かれていて、なんでも15年前からこの駅の待合室にこのノートが置かれていて、中を見ると旅で立ち寄った人やYOU TUBEの動画でこの駅のことを知りこちらに立ち寄りましたとか、人生の悩み事を打ち明ける内容が書かれてあったり、それに対する管理人のおばちゃんらしき人の回答があったり、いろんな人の思いがそのノートにはつまっていて、そのノートを読んでいると胸の中にあたたかな橙色の炎が灯ったようにホワンと心が温かくなりました。「あたたかい故郷へ帰ってきたような感覚があります」と誰かがそのノートに書いていましたが、ほんとうにその通りだと思いました。そして僕も旅の記念に一筆書かせてもらいました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
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それからさらに歩みを進めていると、一台の車が目の前に止まって、声をかけてもらいました。なんでもその声をかけてもらった地点から20kmぐらい前の場所で床屋さんをやっていて、ちょうど僕が店の前を歩いてるのをみて、その時はお客さんがいたので声がかけられず、その後、車で追いかけてきてもらって会いにきて下さいました。しかも「リヤカーを引いて旅をしてるということはこの辺の人じゃないから、山の味覚を味わってもらおう」とタラの芽の天ぷらをわざわざ作ってお弁当にして持ってきて下さいました。そしてちょうどその方の車の中で長渕剛の「ひとつ」という曲がかかっていて、お弁当を車の中で頂きながらその曲を聴かせてもらいました。実はその曲はこの前、宮城県の石巻の被災地を訪れた時、自分の心の中で鳴っていた曲で、その曲を聴きながら被災地の光景を目にして自分なりに感じた思いや、先日お世話になった方がなくなったことなどを考えていると、せっかく作ってきてもらったお手製のタラの芽弁当の上に、一粒二粒と涙がポツリポツリと流れる落ちるのでした。
そしてお姉さん(お母さんと呼ぶにはきっと年齢はそんなに違わないので)にCDと本を買って頂き、代金として、この中にお金が入ってるからとお年玉袋を1枚もらいました。その後、中身を見ると、本とCD合わせた代金以上のお金が入っていました。おそらく、本とかCDとか関係なく初めから渡そうと思って家からもってこられたものだと…。
本当にありがとうございました!(涙)
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

そしてその後も歩みを進め、今日は一戸町というところまで来ました。峠の登り下りを含め、この日は30数km歩いて終了です。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
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マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
今日は朝8時半頃、盛岡駅近くの北上川河川敷を出発。こちら盛岡は早朝に大雨になって、念のためと思って前日高架下にテントを張っておいたので助かりました。出発時には雨は止んでいました。通勤通学の少し慌ただしい盛岡の中心部を歩きます。途中、道を間違えて秋田方面に向かっていました。自分の方向音痴さ加減に嫌気がさして余分な距離を歩くことになり、でも気を取り直し国道4号線へ合流。

考えてみると、ここ最近はずっと北上川の川沿いにで野宿をしてます。ありがたし北上川。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

二戸まで71km。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

その後も4号線を歩いていくと、お店や家などがだんだんなくなってきて、左手には雄大な岩手山が。ものすごい存在感です。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

その後どんどん前に進んで行っても左手には、常に存在感を持ったままの岩手山が。写真を撮れと言わんばかりのこの存在感、思わず写真を撮ってしまいます。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

盛岡大学の手前あたりで、すごいヒッチハイカーとの出逢いが。世界一周を終えたばかりで今度は日本を見て回ろうと北海道からヒッチハイク中の大阪出身の岡本さん。
この場所でずっと立ってて車が止まるのを待ってるけど、なかなか止まってくれなくて、心が折れそうだったと。「俺なんでこんなことやってんねやろと心が折れそうです、でもヒッチハイクで大阪まで帰るといろんな人に言った手前、ここであきらめたら、世界一周もだいなしなんです」と。
その気持ちものすごく分かります。僕なんかもふと我に帰り、ふと冷静になり、心が折れることなどしばしばです。でもこのすべての経験がやがて自分の血となり肉となることを信じて前に進むしかないんですね。
あのあと車が止まってくれたかどうか気になるところですが、きっと良い方向に進んでいるはずです。ぜひぜひ頑張って下さい!
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


それからしばらく歩いていたら、車に乗ったOL風のきれいなお姉さんに、ドリンクの差し入れを頂きました。ありがとうございました!

だいぶ歩いてくると、朝見えていた岩手山の裏側の方向に来ました。それでも相変わらずの存在感。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

そして右手には姫神山が見えていました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

そして今日は盛岡中心部から40km近く歩いて、岩手町まで来ました。北緯40度の町、岩手町。今日はだいぶ登り坂を登ったんで、腰に来てます(笑)。4号線最大の標高地点の峠を通るのは明日ですね。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

今日は岩手町の道の駅「石神の丘」に泊まっています。標高が少し高いんで、気温が低めですかね。

道の駅に停めてたリヤカーハウスを見て、CDを買ってもらいました。ありがとうございました!
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実は宮城県を歩いてる時に、宮城テレビの人に取材をしたいと声をかけて頂き、それで携帯などの連絡先をお教えしてたんですが、今日「まだ宮城県におられますか?」という電話がかかってきて「すいません、もう岩手で、盛岡を過ぎました…」ということで、残念ながら今回の旅、初のテレビ出演はなりませんでした。。

日々是好日。今日も素敵な1日をありがとうございました。
昨日のブログに書いたように今日も盛岡にいました。実は昨日、お世話になってた方の訃報が届きました。3年前に東京から沖縄までリヤカーで旅をした時に、初めてお会いさせて頂いた方で、旅が終わった後に雑誌NOU LIFE STYLEを作るときにも原稿を書いてもらった方で、僕がいつも大変お世話になってるonoziさんの学生時代からのご友人でもある方なんですが、まだまだ若干45歳という早すぎるお別れでした。それで昨日の夜は温泉を出たあと北上川の河川敷にテントを張り寝て、今日の朝は散歩の人の往来や河川敷の草刈り作業が行われていたので、川の対岸の人気のない方に移動をしてお昼ぐらいまでずっとテントの中にいました。そういうことがあり、昨日から移動するのを控えていたというか、自分なりに故人を偲ぶ時間を持ちたかったんです。心から心からご冥福をお祈り申し上げます。

いやしかし、人間の明日というのはほんとに分からないものです。僕は19歳の時に大病を患った経験から人一倍「死」というのを意識して生きてきたつもりですが、やはり1日1日を大切に感謝し毎日を精一杯生きる、この大切さをあらためて教えてもらいました。「生きる、死ぬ」は自分の意思ではどうしようもない、それは天の意思で決まること、なのでそこは意識をしない、もう天に命を預けるだけ。なので命のある限りは、目の前の自分ができること自分にしかできないこと自分だからこそできること、これを日々一生懸命やっていくしかないです。
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今日のお昼にテントを撤収し盛岡駅のほうに歩き出しました。この明治時代のレトロな建物は銀行でした。
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市役所近くの河原でギターを弾いて歌っていたら、弘前から修学旅行(修学旅行ではなく学習研修なんたらと言ってました)でやってきてる中学生が集まってきて、河原でミニコンサートとあいなりました。
今回旅をしてて、中学生や高校生の反応がすこぶるいいんですが、「こういう旅をやってみたい」とか、どこの町でもすごい興味を持って見てくれます。きっと彼ら彼女らが大人になる頃には世の中の価値観が今とはがらりと変わってるんじゃないでしょうか。だからこんなアホみたいなことをやってる大人に興味を持ってくれるのはほんと嬉しいですね。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

盛岡の中心部から見える雪をかぶった山は岩手山ですね。
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そして盛岡駅に到着。道行く人が、興味深そうにリヤカーハウスを見てくれてます。
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岩手山、北上川に暮れかかる夕日。雲の形が印象的でした。
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さて明日はいよいよ、4号線最大の峠へ向けて歩いて行きます。地図を見ると次の大きな町、二戸までは60kmほど。実際歩いてみないと分からないんですが、地図で見た感じではかなり険しそうで、Eモバイルの電波も入らなくなるし、ということで気合いを入れていきたいと思います。
今日は、紫波町の北上川の河川敷を朝9時に出発。朝の出発準備中の写真です。公園のトイレの水道で洗濯した洗濯物をリヤカーのハンドルにかけて干しています。よく見るとパンツも干しています(笑)
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

今日は盛岡に向かいます。距離的には18kmぐらいで今日も余裕を持って歩きます。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

休憩中の写真。今日も暑かったのでリヤカーで日よけを作って座り、お腹が減ったのでパンにかぶりついています(笑)
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前方に雪をかぶった山がうっすらと見えてきました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

このあと、車に乗ったカップルの方にCDを買って頂きました。彼女の方が千葉の松戸出身だそうで、けっこう関東からこちらへやってきてる人と出会いますね。ありがとうございました!

生業であるWEB制作の仕事のほうで、急ぎでやるべきことができたので途中マクドナルドに立ち寄る。マックの店員さん全員が、日本一周と書かれたリヤカーハウスを僕がお店に入る前に目撃して頂いてたみたいで、僕がお店に入ると、ようこそウエルカム的な雰囲気が溢れていて(笑)、「どちらからスタートしたんですか~?」「いつスタートされたんですか~?」といろいろ聞いて頂いて、通常のお客さん対応以上の対応をして頂きました。ありがとうございました!
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


このあと、盛岡駅まであと3kmぐらいの地点まで進み、今は天然温泉喜盛の湯のお休み処にいます。閉店の1時まで粘るつもりです。
これから盛岡を過ぎて先へ進んでいくと4号線最大の標高の峠を歩くので体力をつけておきたいのと、今後パソコンのwi-fi(Eモバイル)の電波が入らない場所を歩くので仕事に支障が出てしまうかも…という懸念と、その他いろいろありまして、もしかしたら明日も盛岡に滞在するかもしれません。まだまだ先は長いですし、けっして急ぐ旅ではないんで、じっくり行こうかと思っています。



スーパー銭湯を出たあとのテントを張る場所を、夕方に事前に視察しに来ました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
写真は、前日河川敷でいろいろお話をしてCDも買って頂いたおとうさんからもらった絵。趣味で絵を描いておられていて、僕が歌を歌ってる姿を即興で描いてもらった絵です。心が温まります、ありがとうございます。
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今日は前日テントを張った花巻中心部を流れる北上川の河川敷を朝8時にスタート。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

スーパー「Big House」で食料の買い出しを。フランスパン(大)60円。コッペパン51円。ミネラルウォーター(2l)60円。宮沢賢治じゃないですが、本当は炊き立て玄米ご飯が食べたいところですが、こういう旅だとなかなかそうもいかず、スーパーとかでパンを買ったりとかこういう食べ物が多くなってしまいます。街中の公園とかに泊まることが多いのでなかなか簡単に火が使えなくて、今回調理器具を積んで来てないんですが、北海道に入れば自炊することも考えてます。
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朝は曇ってたけど、晴れてきました、気候も空も夏を思わせる陽気に。
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4号線東京日本橋から501km。記念すべき500km地点の標識を見逃して通り過ぎてしまったようです。
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花巻空港近く、花巻農業高等学校の案内看板。宮沢賢治もこの景色をいつも見ていたのでしょうね。
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逆(さかさ)ひば。
なんでも1200年ほど前、弘法大師さんがこの地を旅した際に、この場所で休憩をして地面に差した杖が根付いたのが、この逆ひばだという言い伝えが。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
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そしてその逆(さかさ)ひばをちょっと過ぎた辺りで、ジュースとアイスの差し入れを頂きました。近くの会社で働いてて、会社の前をリヤカーが通りすぎるのを見たということで。ありがとうございました!

そして、それからしばらく歩いていると、鋭利なものを踏んだ感触があり、左タイヤがパンク。花巻から次の大きな町、盛岡までは35kmと無理をすれば行けなくない距離でしたが、これはまあゆっくり行きなさいという合図かと思い、今日はもうゆっくり行けるところまでで終了しようと。
いま付けてるタイヤは前回の沖縄で交換したタイヤで、その後房総半島も1周していて今回ももう600kmぐらい歩いてるので、このタイヤで合計1000kmぐらいは歩いてるので、だいぶタイヤが減ってきてます。パンクをしないように、気をつけてますが、パンクもいたしかたなしですね。
結局チューブがだいぶ劣化してきてたのでチューブを新しいものに交換しました。タイヤはもう少しこれで行こうと思います。
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歩行を再会。このあと、道の駅「石鳥谷」で1時間ほど休憩。
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紫波町という町へIN。
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今日はこの紫波町でストップ。テントを張る予定の北上川の河川敷で、今日1日の移動を終えたということで、すこし安堵しながら、おつかれさんビール(?)を飲みながらギターを弾いて歌っていました。川の対岸で自転車に乗った女子高生がずっと歌を聴いてくれていました。
今日も1日ありがとうございました!
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
今日は北上市のネットカフェを朝9時に出発。前夜どしゃぶりだった雨はなんとか止んで朝には曇り空が広がっていました。そして今日の目的地は花巻へ。距離的には10数kmとそんなには歩かない予定です。

4号線終点の場所、青森の名前が標識に表示されるようになりました。青森まで249km。
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道を歩いていたら、ほっかほっか亭のドライブスルーを発見。しかも店内で食事もできるという。日本各地を歩いて来ましたが、こんなほっかほっか亭を初めて見ました。今まで、ほか弁を買って食べることがあったけど、いつも道ばたとか公園のベンチとかで食べていたので、ほか弁をお店で食べられるなんて、なんと画期的!というわけで、そんなにお腹はすいてなかったんですが、興味半分、店内へIN。
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そして、豪華な器に盛られた、のり弁が出てきました。いつも食べているのり弁とひと味もふた味も違う気がしたのは僕だけでしょうか。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


そして歩行を再会し、お昼頃には花巻市へ入りました。
この花巻という町は、今回東北を旅することを決めた時に、訪れるのを楽しみにしていた町の一つなんです。
この旅を開始した1ヶ月ちょっと前から、自分の中の心象風景に宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」の詩が出てきてて、その賢治の故郷が花巻なので、訪れるのを楽しみにしていたんです。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


というわけで、花巻駅ではなく新花巻駅方面に宮沢賢治記念館があるということなので、そっち方面へとリヤカーを進めます。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


宮沢賢治記念館に向かう途中で声をかけてもらいました。ありがとうございました!これから、ケータリングカーでカレー屋さんを始める予定だそうで、ぜひ頑張って下さい!
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宮沢賢治記念館に到着。
中に入って、直筆の原稿や手帳に書かれた直筆の「雨ニモ負ケズ」の詩を読んだりして、自分も表現者の端くれとして、感性に響くものをたくさん得た気がします。
賢治が生前、発行した本はたった1冊。「注文の多い料理店」だけで、生前はほとんど無名の人で、死後になって評価を受けた人だそうです。
誰が言ったか忘れましたが「後世に残るものは、その人が集めたものでなく、与えたものである」そんな言葉を思い出しました。
後世に生きる僕たちに、宮沢賢治はたくさんの作品と言葉と思いや願いを遺してくれたんだなあと。僕が今歩いてる岩手をイーハトーヴと名付けて理想郷を求めて尽力した37年の短い生涯を少し、かいま見ることができました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

われらは世界のまことの幸福を索ねよう ー賢治
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

そして宮沢賢治記念館を出たあと、花巻駅方面に向かいました。
新幹線の新花巻駅と在来線の花巻駅ではずいぶんと距離が離れています。
結局今日もなんだかんだで、距離的には結構歩きました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

北上川の河川敷で昼寝をした後、ギターを弾いて歌っていたら、河川敷を散歩中のおとうさんに声をかけて頂き、いろいろお話をさしてもらった後、CDを買ってもらいました。ありがとうございました!

そして花巻駅に到着。このあとここでライブをやりました。女子高生が応援してくれました。そして河川敷に戻り、今はテントを張っています。
今日も1日が終わりました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

では今日の最後に、この詩を・・・


「雨にも負けず」

雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく 決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
 
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい
今日は、前夜の下痢で何度もトイレのお世話になった水沢公園を朝8時に出発。
つつじが満開でした。お花畑の中の、野宿の宿といった感じでしょうか。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


今日はなんとなく気分的なものから、最初から4号線は通らず226号線という水沢の町の中心部を通る道を歩きました。

こんな風にコンビニの駐車場でよく休憩をしています。
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やがて4号線に合流します。
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北上川の支流の川を渡っています。
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岩手県の道を歩いてると、きっと県の面積あたりの人口密度が低いんだと思いますが、コンビニとかお店の駐車場が広くて道も広いし、自然も雄大だし、なんだかそんな「余裕」みたいなものを感じますね。たぶん北海道はそれ以上なのかもしれませんが。

そしてまた4号線を外れ昔の奥州街道を歩いていました。たまに歩きながら江戸時代の風景はどんな風だったんだろうと、自分の頭の中で想像したりします。むかし東海道を歩いた時もそうでしたが、こういう街道には、江戸時代の風景を想像するのに役立つような、わずかですが昔を偲ばせるような日本家屋や旅籠のような建物が少しだけ残っていたりして、なんとも風情があって個人的に好きなんですよ。

まもなく北上市中心部へ向かいます。九年橋という橋を渡っています。
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橋を渡り切ったところでリヤカーハウスを停めて休憩。
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そのあと、川の下に降りていって、ギターをギターケースから取り出し歌を歌う。
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北上駅に到着しました。この時の時間はまだ14時頃でした。が、もう今日はここで移動をストップしようかと。前日の水沢の町からは距離だと18kmぐらいでしょうか。
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そしてリヤカーを引いて駅前をうろうろしていたら、「お茶でもして休憩していく?」と駅前のカラオケスナック「明日夢」のお母さんに声をかけてもらいました。そうですか、すいませんではお言葉に甘えてと、お店にお邪魔したら出てきたのは生ビール。「わお~、ありがとうございます!」冷えた極ウマのビールを一気に飲み干し、ギターを弾いていろんなところで演奏をしてるんですよという話をしていたら、「じゃあ今晩うちのお店で演奏する?」という話になり、ありがとうございますぜひやらせて下さいということになり、また夜にお邪魔させてもらうことに。
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取りあえず夜までの時間をつぶすために、また九年橋のほうに引き返して河川敷で歌でも歌おうとうろうろしていたら、声をかけて頂き、CDを買って頂きました。ありがとうございました!
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そして18時にお店に来てと言われていたので、18時過ぎにリヤカーハウスを引っ張ってまた駅前のカラオケスナック「明日夢」にお邪魔させて頂きました。お客さんも3名いて、またまたビールを御馳走になり、旅の話とかいろんな話で盛り上がり、僕もいい感じで酔っぱらってきて、そしてライブをやらせてもらいました。
前回沖縄に行った時はあちこちのバーや居酒屋やお店などでライブをやってたんですが、今回、駅前で歌う以外の、お店でのライブは初めてとなりますかね。
CDも買って頂きまして、おひねりも頂いてしまいました。ママ、そしてお店のお客さん、お世話になり本当にありがとうございました!夢を叶えた後に、挨拶とご報告をしなければいけない場所がまた一つ増えました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


そしてお礼を言ってお店を出たあと外は雨がどしゃ降り状態に。いずれにしても今夜、ネットカフェに泊まろうと決めていたので、どしゃ降りの雨の中、カッパを着てネットカフェへ移動。そして今はネットカフェいます。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
前日は一関駅近くの銭湯亀の湯さんを出てそのあと1kmほど移動した河川敷にテントを張りました。ちょうど隣で河川敷の工事をやっているところで、そんなに長居はできないなということで早朝7時には出発。2、3kmほど歩いた場所にマクドナルドがあったので、朝のコーヒーを飲みながら休憩を。


そして再び歩行を再会。奥州平泉へ。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


前方には雪を被った山が。東北全般がそうでしたが、この岩手県は特になんだか自然の雄大さを感じます。
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このあと北上川の橋を渡っていた時に、後方から汗をかき走ってきた帽子をかぶったおねえさんに、「これ受け取って」と1枚の封筒を手渡されました。「いえいえ、そんな」とお断りをしていたら、その封筒をリヤカーハウスの上に置いて、また来た道を走って引き返して行かれました。そのおねえさんは1kmほど前の道を歩いていた時にすれ違っていた人だと思います。突然の出来事だったんで、疲労と寝不足から白昼夢でも見たかな…としばらく現実を受け止めるのに時間がかかりました。封筒の中には2千円が入っていました。ある本の中にこんな言葉がかかれていたのを思い出しました。「誰も、人に迷惑をかけずに生きることはできない。だからその分、人に感謝をしましょう」と。心の中でそのおねえさんに両手を合わせました。

今日は良い天気で、気温も高く歩行中はだいぶ汗をかきました。平泉を過ぎたあとは前沢牛で有名な前沢を歩きます。歩いていたらイオンがあったので、トイレをさしてもらって、ベンチがあったのでそこで1時間ほど休憩を。

東京日本橋から460km。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


奥州市水沢駅に向かっています。
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水沢駅に到着。このあとここでライブをやり、今日はこの町で終了。
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このあと、水沢公園にテントを張ったんですが、夜にひどい下痢になって(汗)しばらくテントの中で安静にしていました。昼間、水をがぶ飲みし過ぎたのが原因かと。そして夜中何度も目が覚めてトイレにかけこむという事態に。ブログの更新を夜しようと思ったら朝になってしまいました。。とりあえず今は大丈夫です!
前日テントを張った山の景色です。見晴らしがいいです。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

そして今朝いつもどおりに出発しようとしたら、リヤカーの右タイヤがパンクしてるのを発見!たぶん昨日無理をして山道を登り、タイヤにかなり負荷をかけてしまったからだと思います。4号線を前に進むのに登り坂を登るのはいいんですが、ただ寝床のテントを張る場所のために横道に入って急な登り坂を無理して登ってしまった自分自身の判断にトホホ…。パンクもしてしまって代償はでかかったです(凹)。でも、今回のリヤカーハウス、前回東京から沖縄まで行った時よりも、ソーラーパネルは積んでるはバッテリーは積んでるは小屋は上に乗っかってるはで、前回よりも総重量が重くて、当初旅を開始した時はある程度のタイヤのパンクは覚悟していたんですが、スタートして1ヶ月ちょっと、よくここまで頑張ってくれました。

というわけで、この旅初めてのパンク修理をしてからのスタートとなりました。写真に写っている空き缶は、空き缶3つをテープでとめた自作のリヤカーを持ち上げるジャッキです(笑)。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

パンク修理をしてたのでいつもよりやや遅めの9時半にスタート。前回の旅の時も同じようなことを書きましたが、雨が降ったあとには晴れのありがたさが身に染み、パンクをして前に進めなくなると当たり前に前に進めることに改めて感謝をし、トラブルとかつらい事は人間をどんどんと謙虚にさせてくれます。思うようにいかないこともたくさんありますが、それらはすべて必要なことで意味があって起こるべくして起こっているのでしょうね。

スタートしてしばらく歩くと前方に雪をかぶった山が見えてきました。こういう景色を見ると、自分はいま東北を歩いてるんだなあと実感。
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歩みを進めると雪をかぶった山は左方向に。
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一関まで21km。このままいけば今日は宮城県をぬけ、岩手県入りするでしょう。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


足腰と精神を鍛えるには、だいぶいい感じのアップダウンの山道になってきました。東北の県境の道は山道が多いですね、そしてついに宮城県を抜け、岩手県入りへ!
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

「芭蕉さん、またあんたもここを歩いたのかい」
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


そして夕方17時頃、一関駅に着きました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


駅前をうろうろしていたら、仙台からやって来てて今さっき駅前の居酒屋で飲んでいたという、おとうさんに声をかけて頂きました。「この前、道の駅で自転車で日本を21周目の若者に出会ったんだ」「こういうことをやってる人につい声をかけちゃうんだ」「野蛮人は失敗も成功もない。あるのは経験だけだ。でもその経験が大事なんだ」「君みたいな頭壊れたバカモノが世の中を変えるんだ。だからずっと頭壊れたままでいって欲しいね」
などなど、いろいろないい事を言ってもらいました。そうしたら、女子中学生達が集まってきて、ちょっとした人だかりができて、なんだかその流れでこの場所で1曲歌うことになり、1曲歌わせてもらいました。この方にCDと本を買って頂きました。ほんとうにありがとうございました!
その後、場所を駅の真ん前に移し、ライブをしていたら、千葉県の成田から来ているという方にCDを買って頂きました。その他には、一関駅前のラーメン屋さんのおねえさんに「ほんとに日本一周してるの!」と声をかけてもらいCDも買ってもらい、その流れでそのお店で晩ご飯をとることに。お店に行くとサインを頼まれて、恐縮ですと思いながらサインを書かせてもらいました。お店の名前は一関駅前「DON」さん。前回沖縄に行った時もそうですが、けっこうあちこちでサインを頼まれてサインを書いてますが、将来このサインに価値が出るように頑張らねばといつも思います。頑張っていつの日か夢を叶えたいと思います。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

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そしてその後、駅前の銭湯に行き久々に汗を流しました。銭湯の名前は「亀の湯」さん。スーパー銭湯ではない昔ながらの銭湯で390円。番台にはおばちゃん、ケロヨンの洗面器、赤と青の蛇口、熱すぎるお湯、すべてが懐かしい感じで最高でした。