マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
おとといの夜テントを張った河川敷は江合川でしたが、昨夜の雷雨を凌いだ河川敷も江合川の支流、新江合川でした。昨日の夕方16時半にテントを張ってから結局今日の朝9時までこの場所にいました。テントを張る場所ですが、公園だと散歩やジョギングやラジオ体操の人が早朝からやってくるので、テントを撤収し出発する時間がどうしても早くなるんですが、河川敷だと人目につかないし朝も誰もやってこないので、どうしても居心地がいいんです。(ただ公園と違ってトイレと水道がないですが)今日も居心地が良すぎて河川敷にこのまま住み着いてしまいそうでした(笑)。というわけで、なんとか朝9時には出発。


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仕事をやるため今日はまず古川駅近くのまんが喫茶に向かいました。
3時間パックで9時半から12時半まで利用させてもらいました。
今回の旅では栃木県の小山市店以来お世話になるのは2度目です、快活CULBさん。

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4号線に合流する道を北上します。そしてまたあらわれた江合川を渡ります。

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
4号線に合流。元のルートに帰ってきました。今日の天気は朝の予報では雨だったんですが、昼頃の予報はくもりになっていて、なんとか天気は大丈夫そうな感じに。

宮城県も北のほうになってきてこれから岩手に向かいますが、そろそろアップダウンの山道になってきました。4号線の標高図というのがあってこれを見るとこれからゆっくりと登っていって盛岡を過ぎて十三本木峠というところで標高の最高点を迎えるようです。足と腰に、気合いを入れていかないと。
国道標高図:国道4号線


東京日本橋から401km。
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そして栗原市へIN。
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このあと、グーグルmapで調べた公園を今日の宿にしようと思って、4号線を離れて少し西へと向かいます。
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ところがこの公園、かなり山の上にあって、だいぶリヤカーを引いて登ってきたはいいが、途中で引き返してどこか他の公園なり寝床を探そうと思ったんですが、もう日没も近かったので、がんばって山の上にある公園まで登りきりました。が公園と言っても思っていたのと違い、中に入ることもできず、結局その更に上にある山の上にテントを張りました。
寝床となる場所にも当たりはずれがあって、グーグルmapを見て自分の直感で決めるんですが、これが毎回当たるとは限らず、今日は自分の直感は冴えてなかったようです…。
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昨日は石巻から108号線を歩き、湧谷町というところまで辿り着きました。江合川の河川敷の橋の下にテントを張りました。近くのイオンで、閉店間際半額の弁当を買い晩ご飯を。

昨日の夕方の写真。
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朝の出発前。
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そして今日は、大崎市を目指して歩きます。昨日一緒に歩いてくれたけんさんが今日は仕事の都合で歩けなくなり再び単独行の旅に。
今日の天気はずっと曇りで、夜からは雨になるとの予報。
横に大きな水田が広がる景色が今日はずっと続きました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

地図を見ると山マークが近くにあったのでこの108号線はアップダウンのある山道かと思ってましたが、実際歩くとそうでもなく、わりと平坦な道が続きました。途中、細くなっていたり多少歩きづらいところはありましたが、夕方には順調に大崎市へIN。
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そして今夜から降る雨を凌げる場所、河川敷の高架下を見つけたので、まだ夕方の16時半ぐらいでしたがテントを張りました。
そのままテントの中で待機し様子を見て晩ご飯の買い出しや出来れば夜にここから1km先の古川駅に歌いにいこうかといろいろと考えていたら、19時頃やはり予報どおり激しい雷雨に。ということで、もう一歩も動く気がなくなり(笑)、今日は晩飯なしでこのまま眠りにつこうと思います。

今日で旅をスタートして31日目のちょうど1ヶ月が過ぎました。人生を旅だとすると自分の人生の旅をスタートしてどれぐらいだろうと計算すると、15200日目ぐらいでした。人生80年として、その旅ができる日数は365日×80年=29200日です。誰にとってもそれはいつか終わる旅で、そしてそれはいつ終わるのかは誰にも分からないからこそ、1日1日を大切に歩いていかなければ、そんなことを思いながら今日は歩いていました。
昨日は石巻駅前の公園にテントを張って泊まらせてもらいました。
朝露に濡れたテントをベンチで乾かしています。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


そして今日は、友達の映像クリエイターけんさんが東京からカメラを片手に石巻まで遊びに来てくれました。早朝の石巻駅前で待ち合わせをして合流。今日と明日、歩けるところまでということで一緒に歩いてもらうことに。
というわけで、まず石巻駅から海岸の石巻湾方面に歩いていきました。

そこで見た光景は、昨日感じたことと同じように、2011.3.11から時が止まったままの光景でした。でも被災地の人達はけっしてそこに立ち止まってはいません。被災地ではないところに住む僕たち以上に、力強く前に向かって歩き続けている、昨日今日と東松島市、石巻市を歩いてそんな印象を受けました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

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津波で流された家の蛍光灯が木にひっかかって、そのまま今も垂れ下がった状態でした。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

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マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
「始める事から始めよう」




今回の旅のルートである国道4号線を離れ、被災地である石巻の町にやってきましたが、きっと4号線を歩いていたままでは、分からなかったこと気づかなかったこと感じなかったこと、それらを自分の目で町を見たことで、そして町の人達と話しをしたことで、自分の中で分かったこと気づいたこと感じたことがたくさんありました。

そして石巻からまた元のルートである4号線へと引き返すため、108号線を歩いて、大崎市を目指します。
というわけで今日は、その108号線の途中の町、湧谷町まで辿り着きました。

(ブログにコメント頂いたごみさん、すいません、結局かき小屋渡波さんへは行けませんでした…)
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
今日は、霧雨降る寒い朝でした。昨日の宿は松島海浜公園。そして今日は石巻を目指します。石巻までの距離、約28km。昨日歩いた45号線を引き続き今日も歩き、途中から海沿いの道にルート変更しました。地図で見ると45号をずっと歩くと、そばに山のマークがあったので、できればアップダウンを避けたかったので海沿いの道を選択。が結局、海沿いの道にも足腰を鍛えるにはうってつけのアップダウンがあったんですが…。

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
この日の気温は8度。この海沿いの道では、地震で被害を受けた道路を直す工事がいたるところで行われていました。

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松島海岸駅から先の線路はまだ不通状態で、線路が土に埋もれていたり崩れていたり、ここが開通するにはまだまだ時間がかかりそうな印象でした。

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松島から奥松島に入り、東名駅あたりの光景です。松島は島々に守られて津波の被害がまだ少なかったようですが、このあたりはまだ2011年3月11日から時が止まったままのようでした。
川の中に建物が見えますが、ここはもともと陸地だった場所だと思います。あの震災から、まだ何にも終わっていないことを、自分の目で見てあらためて実感。


マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
道の途中に、仮設の建物で休憩所が作られていました。「奥松島 希望のあかり」
ちょっとここでトイレ休憩をさせてもらいました。
中には、震災直後の写真などの資料が並んでいました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
ここには多くの家が建っていたんだろうなと思わせるコンクリの基礎だけが残ってる広大な空き地が広がっていました。

そしてこの後、道が通行止めになっていてまっすぐ進むことができなかったので、迂回路の表示があり、迂回路を歩行。その途中で、なんと復興現場で働く昨日声をかけてくれたハーレーに乗ったにいちゃんと再会。「1日でここまで来たんですか?」「そう1日で。ここの現場で働いてるんですね」とがっちり握手を。

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
復興1号、2号、3号と手描きペイントされた車。「がんばろう!」「がんばっぺ!」など、復興に向かう強い気持ちをあらわす手書きの文字やアートなどを、ほんとにいたるところで目撃します。

被災地の方々が受けた苦しみや悲しみに比べたら、足が痛いだの車が危ないだの寒いなどと自分が今まで旅で愚痴っていたことが、申し訳なく思えてきました。

そして道はやがて海岸沿いを少し離れて内陸部に入っていきます。そうすると、先程まで見ていた荒涼としていた景色が一変し、お店やコンビニなどが普通にならぶ、いつもの光景が広がっていました。少し内陸に入るだけで、津波の被害はこんなにも違うのか、自分がさっき見た光景はまぼろしだったんではないかと錯覚するほどでした。

線路が不通となっている区間は代行バスが走っていました。
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そして石巻市へIN。
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マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
石巻駅近くで声をかけてもらいました。むかし大学生の頃、ママチャリで日本を旅したそうで、こういう旅好きです!と言ってもらいました。雑誌NOU LIFE STYLEも買って頂き、本当ありがとうございました!

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そして夕方17時半頃、石巻駅に到着。

このあと、駅前でライブをやりました。今日歌った「希望の唄」はなんだか特別に気持ちが入ったような気がします。
昨日の15時に仙台駅近くのネットカフェを出て、本格的になっていた雨の中を少し歩き、駅から2kmぐらい離れた公園にテントを張りました。自分の予想では雨も夜には止みそうな気がしたので、特に雨をしのげる場所ではないところにテントを張りました。が結局、雨は明け方までずっと続き、自分の判断は間違いであったと気づく。が、モンベルのテントがなんとか持ちこたえてくれて、テント内は雨が少し染みてくる程度で済みました。
今回の旅で新しくテントを買ったんですが、撥水性が優れていてさすがモンベルといったところ。「キャンプか何かですか?」と聞かれて「リヤカーで日本一周を」と答えたら、素晴らしくよいリアクションをしてくれた、モンベル新宿店のおねえさん、もしもこのブログ読んでいたらですが、一言、伝言を(笑)。「モンベルのテント、いいですね!」
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

そして昨日のブログにも書いたように4号線から少し外れて石巻方面に向かうため、今日は45号線を歩きます。今日は仙台国際ハーフマラソンがあり、もしかしたら歩行に影響があるのかもと思ったけど自分が歩いた道には特に影響なしでした。

多賀城市へIN。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

このあたりを歩いてた時、復興支援のため高知県からやって来てるハーレーに乗った、にいちゃんに声をかけてもらいました。
「あなたみたいなクルクルパーが大好きなんです。1枚写真を撮らせてもらっていいですか?」と(笑)
おにいちゃん、あなたは分かっている!と心の中でつぶやきました。
そう、「あなたアホですよね」と言われることが僕にとっての最高の褒め言葉なんです。いかにアホなことをするかに人生をかけてきた関西人には最高の褒め言葉です。

塩竈市へIN。
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このあたりを歩いていた時、おかあさんに声をかけてもらい、いろいろとお話をさせてもらいCDを1枚買って頂きました。ありがとうございました!

塩釜港に到着。4月15日に千葉の鴨川を出てから約1ヶ月ぶりに見る太平洋。久しぶりの塩の香り。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

「津波浸水深ここまで」という表示がありました。今まで歩いてきた国道4号線周辺の町に比べ、ところどころにまだ津波の被害の残骸や、津波の到来跡が見られました。
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マリンゲート塩竈のトイレにて
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そのマリンゲート塩竈のとなりに復興市場があり、いろんなお土産物が売られていて、そのプレハブの建物の側面に子供たちがつくったモニュメントが。「がんばれ日本」
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「ガレキからさく花つよいぞ」
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


なんだか無性に歌が歌いたくなり、津波の被害を受けて閉鎖されていた公園のベンチに一人すわり、ギターをかき鳴らしていました。

それから45号を先に進み今日は松島まで来ました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

塩竈から陸前浜田を通り松島へ抜ける最後の道に、少し峠がありました。
リヤカーの旅でなんと言っても怖いのは、峠の山道の暗いトンネルを抜ける時と、峠の山道の下り坂の左カーブ、こういう場所を歩く時は生きた心地がしないんですが、今日もそんな道がありました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


普段どれくらいの人が来てるのか知りませんが、今日も結構な数の観光客の姿が見受けられ、観光地として力強く復興している印象を受けました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
昨日の夜の雨はなんとか大丈夫でした。
テント表面がさらっと濡れるぐらいで、
中まで浸透してくるほどの雨ではありませんでした。
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そして今(11日午前中)は仙台駅近くのネットカフェにいます。
貯まっている仕事をやるのと今後の進路を屋根の下でゆっくり考えたかったので、
ネットカフェの飲み放題のコーヒーを飲みまくって(笑)気持ちをゆっくりさせています。

えっと今回の旅では4号線をメインに歩いていますが
これは3年前、東京から沖縄までリヤカーで旅をした時に
国道1号線、2号線、3号線と歩いたからで、その続きを4号線で歩いてるということで
こだわりがあって歩いてるんですが、ここまで福島と宮城を歩いてきて自分なりに
少し思うことがあり・・・

えっと、毎日野宿をするのに良さそうな公園を探してあちこちを歩くんですが、
そこにはプレハブで建てられた震災の被災者の仮設住宅群をよく目にします。
生まれた故郷を追われ、今も多くの方が仮設のプレハブ住宅に住まれています。

そして公園などには除染処理をしました(除染前○○ベクレル、除染後○○ベクレル)と
書かれた看板が立っていたり、
大きな公園の片隅には除染をした後の残土か、ガレキ処理後の土かわかりませんが
公園の片隅にビニールシートに覆われた残土が大量に積まれている、
そんな光景を福島、宮城と歩いてきてよく目撃しました。

僕は関東のほうに住んでいたので
そんな現実があることを頭の隅では知っていましたが
自分の目で見て初めて、震災から2年過ぎた今も、
問題はまだ何も解決していないことを実感しました。

そして今現在も放射能は垂れ流れ続けていて、そんな中でも子供たちは普通に遊び、
大人たちは今までと同じような生活を続けているという現実がありました。
個人的な感覚で感じたことは、とても傷ついてでもその傷を笑顔で必死に隠そう忘れようと
してるような、そんな感覚を受けました。

放射能に関しては僕は科学者ではないし専門家でもないので、
その安全性については「正直分からない」という立場です。
利害関係も何もないので、自分の感情次第で
「安全だ問題ない」という立場と「危険だ」という立場、
どちらに立つこともできます。
一方ネットの中では、チェルノブイリ超の汚染区域が広がっていて
そこは人が住めるような場所ではないという意見も目にします。
僕は毎日、土の上に寝ているのでよく放射能を浴びているかもしれません。
ただもういいおっさんですし、同じところに住み続けるわけではないただの旅人です。

そう、僕はただの旅人であってこのようなことをブログに書くことは今まで控えていたんですが、いろんな意見や反対意見などあるかもしれませんが、どうしても書かざるをえませんでした。

僕は大きなものと闘って革命を起こそうなどという気などさらさらありあません。
一つ言いたかったことは、放射能を消したり問題を解決する技術は実はすでにもうあって、それらが世に出ていかない今の社会の空気とか、からくりが問題であって、その空気やからくりに無意識に加担をしてしまっている一人一人の頭の中にある常識(幼い頃からいろいろなところで教え込まれたこと)に一人一人が気づいて、意識的になる、目覚めるというか気づく・・・
ああ実はこんなことになっていたんだと一人でも多くの人が気づく・・・
それは少し意識をして、本屋さんやインターネットで調べれば、
今ではそんな情報はたくさん手に入れることはできます。
子供たちの未来のために、こんな変化の時代だからこそ
いまこそ大人達が・・・変わらねば、気づかねば、目覚めねば・・・
そんな思いがあります。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


ただの旅人の戯れ言と流してもらって大丈夫です、、
僕一人がほざいたところでどうにもなりませんが、、
もし僕のこの意見で気分を害されたり不快な思いを
させてしまった方がいたら申し訳ありません、、
ただ自分の中で抑えておくことがどうも苦しかったので
すいません、、ブログに書かせてもらいました。

で、何を言おうとしていたかと言うと
いろいろと思うところがあって
明日から4号線のルートを少し外れて石巻のほうに向かおうと思っています。
今日は岩沼市から仙台まで歩きました。移動距離は18kmぐらいと、いつもより短めなので、朝も余裕を持ってスタート。
阿武隈川の河川敷。前日の夕方の写真です。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

朝の写真。遠景でリヤカーハウスとテントを撮影。遠景すぎてよく分からないです(笑)
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そして朝、テント内で缶コーヒーを飲んでまどろんでいたら、「朝河川敷を散歩してたら日本一周というリヤカーを見かけて、それで家に帰って朝食になるようなものを作ってきたからどうぞ」と差し入れを頂きました。あ、ありがとうございます…!(涙)
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では突然ですが、テント内の様子を公開します。
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こちらはリヤカーハウス内。予備のタイヤ、ギター、空気入れ、カッパ、バッテリー(水に濡らさないようプラスチックカバーをしています)、などなど。
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仙台まではあと18kmぐらいの距離まで来てたので今日は余裕を持って朝9時半頃に出発しました。4号線、東京からの距離345km。途中この河原で、歌とギターの練習を2時間ぐらいやっていました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

仙台市内に入り、広瀬川を発見。これがあの「青葉城恋歌」に出てくる広瀬川か!と少しテンションが上がりました。思わず、広瀬川流れる岸辺~♪と口ずさんだのは言うまでもありません。ベストテン世代のおっさんなのですいません(笑)
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そして仙台駅に到着!
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このあと、駅近辺をうろうろしてたら、声をかけて頂き、雑誌NOU LIFE STYLEを買って頂きました。バイクで日本を2周も3周もされていて、北海道のここは行ったほうがいいというスポットや旅の話などいろいろ聞かせて頂きました。ほんとありがとうございました!
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そして今夜の宿探しのため駅近辺の公園をうろうろ。明日は雨の予報で、空を見て雲の様子から判断し今夜はまだ雨は大丈夫だろうと自己判断。特に雨がしのげる場所でもないところにテントを張りました。そうしたら、夜の23時頃からぱらぱらと降ってきましたね。どうか、朝まで本降りにならないことを祈るのみです!
今日は白石市から岩沼市まで約30kmの道のりを歩きました。天気は快晴で前日までと打って変わって風もなく気温も20度と暑くもなく寒くもない、歩くには絶好のコンディションでした。

朝露で濡れたテントを乾かしてます。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

道を間違えて高速道に沿った道を歩いてしまって全然違う方向へ進んでしまっていました。前方には蔵王が。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

横浜から仕事で来てて「がんばってる人見ると応援したくなっちゃうんだよ」と、空気清浄機の会社をやっておられるご夫婦にCDを買って頂きました。ほんとありがとうございました!
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蔵王山が後方に遠ざかっていきます。
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松尾芭蕉も奥の細道の旅で歩いたという韮神山。日本橋を出発して、考えてみると今までの道のりは芭蕉と同じ道を歩いているのかと思うとなんだか感慨深いものが。「芭蕉さん、あんたもここを歩いたのかい」
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
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4号線、東京から333km。岩沼市に到着。
このあと、岩沼駅前でライブをやり、阿武隈川の河川敷でテントを張りました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


今日は少し途中小さな山道のアップダウンの道がありましたが、天候も申し分なく、前日心が折れていろんなことについ愚痴ってしまいましたが、、今日は何も文句はございません。あらためて、こうやって旅を続けさせてもらってることに感謝ですね。
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今日は昨日の宿にさせてもらった国見町の観月台公園で朝6時半に目覚める。昨日の夜食べたスーパーの弁当がいけなかったのか、朝から下痢Pに。朝起きてすぐ公園内のトイレに駆け込む。そして出発準備を済ませ朝7時半に出発。福島と宮城の県境の道を歩きます。いや~しかし昨日はもっと先へ進もうかとも思ったけど国見町で歩行をストップしておいて正解でした。県境のこの道が結構山道の上り坂で、昨日の体力ではこの山道を乗り越えられなかったと思うと自分の判断は正しかったです。

県境の道は、栃木と福島の時もそうでしたが、峠になってるところが多いんですね。だいぶ登ってきました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
そして福島を出て宮城県入りへ。ようやく峠を終えてその後、道の両サイドは田んぼという景色が続きます。
このあたりで、急にまた腹が痛くなり、野グ○をしようにも、木陰とかそれに適した隠れる場所も見つからず、ひたすら我慢(笑)。そして歩き続けると、お店などなにもない辺鄙な場所にセブンイレブンがぽつんと1件だけありました。セブンのトイレに駆け込み事なきを得て、こんな場所にセブンイレブンを作っておいてくれたことに心から感謝しました。

そしてこの後、大型ダンプがびゅんびゅん通る狭く危ない道を歩いてる時に、寒さや昨日から吹き付け続ける風や疲労や寝不足やその他いろんなことが重なって、この旅始まって以来、ついに心がポキンと折れました(笑)
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そして今日は12時半頃には宮城県の白石市に到着。
後ろの雪をかぶった美しい山はグーグルmapで調べたところ、あの蔵王山のようです。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


とにかく体力と気力を回復させるために、白石市のスーパー銭湯「やすらぎの湯ゆっぽ」で昼間から風呂に入り、休憩室の畳の部屋で3時間ほど爆睡をしました。

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
そうすると体力と気力が回復し!夕方18時頃から白石駅前でストリートライブを。演奏中がんばってとコーヒーの差し入れとカンパを頂きました。ありがとうございます!ようし、明日からもまた歩き続けよう!

今日、気持ちが折れた時、とある町で出会ったおじさんに言われた言葉を思い出していました。
「こういう旅はいいよね。楽しいことばかりじゃない、つらいこと苦しいこともたくさんあると思うけど、それらは全部自分の中に記憶として刻まれるよね。」

たしかに振り返ってみると、順境の時の記憶はあまり残っていません。思い出すのはつらいこと苦しいこと大変だったこと、そういう逆境の時の思いだったり経験というのはよく心に刻まれています。そしてそれらがのちのち自分の財産になってたりします。
人間いつか死んでしまう時、あの世に持っていけるのは地位や名誉や財産ではなく、この世での経験とこの世で磨いた魂、それだけです。


マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
昨日の夜は福島駅に隣接しているスーパー銭湯「極楽湯」を21時頃出た後、歩いて10分ぐらいの阿武隈川支流の荒川の河川敷にテントを張りました。夕方にぱらっと一雨来て雲行きが怪しかったので、念のため線路の高架下の雨の凌げる場所にテントを設置。川沿いということでテントに吹き付ける横殴りの風が強かったんですが、夜中になればそのうちおさまるだろうと就寝。が、ときおり吹き付けテントを揺らす横殴りの風は朝まで続きました。そのおかげでまた例のごとく眠りの浅い夜になってしまいました。

遠くの山に黒い雲がかかって今にも一雨来そうな感じの朝で、昨日の夜から続く強い横風が吹き付ける中、少し苦労しながらテントを撤収し出発準備を。黒い雲のかかる遠くの山のふもとには虹がかかっていました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


そしてゴールデンウィーク開けの通勤通学の慌ただしい朝の時間帯に福島中心部を抜け今日も4号線を北上します。やがて晴れ間が広がり、今日も天気は大丈夫そうです。阿武隈川支流の川を渡ります。
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この時も風はおさまらず、遠くの雪をかぶった山々から冷たい風が吹き続け、昨日の夜からにあまりにも風に吹かれ続けたので、気持ちが萎えそうに(笑)
5月といえば気候は温暖でポカポカ陽気の月というイメージでしたが、なるほど東北の気候というのは、こうやっていやがおうでも人間の精神力を鍛えてくれるものだなあと実感。

桑折付近で。このあたりで遠くの雪をかぶった山々から離れてくると山から吹き付ける風がだいぶおさまってきました。
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そして今日はこの旅始まって以来初めての洗濯をコインランドリーで。洗濯をしてる間、コインランドリー内でFM福島のラジオが流れていて、ああ今自分は福島にいたんだということを再確認(笑)。風が吹いていない建物の中というのはあたたかくて快適で天国でした。思わず睡魔がおそってきてウトウトと。
そして洗濯が終わりコインランドリーを出ると、雲行きが怪しくなっていて、この後雨が降ってきました。
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雨が降る中歩いて今日は国見町という町で歩行をストップ。福島と宮城の県境ですね。
夕方には雨は止みましたが、念のため公園内の雨が凌げる場所を見つけそこにテントを張りました。今日、夕方に再び虹を見ました。なかなか虹を見るチャンスというのはないですが、朝と夕方両方見たのは人生で初めてです!
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