マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
今日は、霧雨降る寒い朝でした。昨日の宿は松島海浜公園。そして今日は石巻を目指します。石巻までの距離、約28km。昨日歩いた45号線を引き続き今日も歩き、途中から海沿いの道にルート変更しました。地図で見ると45号をずっと歩くと、そばに山のマークがあったので、できればアップダウンを避けたかったので海沿いの道を選択。が結局、海沿いの道にも足腰を鍛えるにはうってつけのアップダウンがあったんですが…。

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
この日の気温は8度。この海沿いの道では、地震で被害を受けた道路を直す工事がいたるところで行われていました。

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松島海岸駅から先の線路はまだ不通状態で、線路が土に埋もれていたり崩れていたり、ここが開通するにはまだまだ時間がかかりそうな印象でした。

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
松島から奥松島に入り、東名駅あたりの光景です。松島は島々に守られて津波の被害がまだ少なかったようですが、このあたりはまだ2011年3月11日から時が止まったままのようでした。
川の中に建物が見えますが、ここはもともと陸地だった場所だと思います。あの震災から、まだ何にも終わっていないことを、自分の目で見てあらためて実感。


マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
道の途中に、仮設の建物で休憩所が作られていました。「奥松島 希望のあかり」
ちょっとここでトイレ休憩をさせてもらいました。
中には、震災直後の写真などの資料が並んでいました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
ここには多くの家が建っていたんだろうなと思わせるコンクリの基礎だけが残ってる広大な空き地が広がっていました。

そしてこの後、道が通行止めになっていてまっすぐ進むことができなかったので、迂回路の表示があり、迂回路を歩行。その途中で、なんと復興現場で働く昨日声をかけてくれたハーレーに乗ったにいちゃんと再会。「1日でここまで来たんですか?」「そう1日で。ここの現場で働いてるんですね」とがっちり握手を。

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
復興1号、2号、3号と手描きペイントされた車。「がんばろう!」「がんばっぺ!」など、復興に向かう強い気持ちをあらわす手書きの文字やアートなどを、ほんとにいたるところで目撃します。

被災地の方々が受けた苦しみや悲しみに比べたら、足が痛いだの車が危ないだの寒いなどと自分が今まで旅で愚痴っていたことが、申し訳なく思えてきました。

そして道はやがて海岸沿いを少し離れて内陸部に入っていきます。そうすると、先程まで見ていた荒涼としていた景色が一変し、お店やコンビニなどが普通にならぶ、いつもの光景が広がっていました。少し内陸に入るだけで、津波の被害はこんなにも違うのか、自分がさっき見た光景はまぼろしだったんではないかと錯覚するほどでした。

線路が不通となっている区間は代行バスが走っていました。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅


そして石巻市へIN。
マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
石巻駅近くで声をかけてもらいました。むかし大学生の頃、ママチャリで日本を旅したそうで、こういう旅好きです!と言ってもらいました。雑誌NOU LIFE STYLEも買って頂き、本当ありがとうございました!

マサーヤンのリヤカーハウス日本一周の旅
そして夕方17時半頃、石巻駅に到着。

このあと、駅前でライブをやりました。今日歌った「希望の唄」はなんだか特別に気持ちが入ったような気がします。