遠州鉄道モハ30形モハ25号勇退記念列車 平成30(2018)年4月29日(日・祝)撮影 | ふなたんのブログ

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遠州鉄道鉄道線」(※1)最古参車両で唯一の吊りかけ式モハ30形(※2)モハ25号(モハ25-クハ85)の「遠州鉄道30形勇退記念特別列車」(以下「勇退記念列車」と略)が平成30(2018)年4月28日(土)から30日(月)にかけて運転される事を知り,平成30年4月29日(日・祝)に初めて「遠州鉄道鉄道線」を尋ね「勇退記念列車」を撮影してきました。

※:画像の掲載順は撮影順ではないことを予めお断りします。

 

▲西鹿島駅を出発して新浜松駅へ向かう30形モハ25号-クハ85号「勇退記念列車」,「新浜松」行(臨時4列車 西鹿島駅14:40発-新浜松駅15:16着)。30形モハ25号は昭和53(1978)年製造で遠州鉄道鉄道線初の冷房装置搭(各車3台)・初の空気ばね式台車を採用した車両ながら吊掛駆動式・車体前面は「湘南型(※3)」車両と稀有な車両でした。また遠州鉄道で吊掛駆動で製造された最後の旅客車両でした。

 

岩水寺駅(構内踏切付近より安全を確認・周囲に配慮のうえ撮影)-西鹿島駅にて

 

▲平成24(2012)年11月に高架となった区間を走行する30形モハ25号(クハ85号-モハ25号)「勇退記念列車」,「西鹿島」行(臨時1列車 新浜松駅10:28発-西鹿島駅11:04着)。30形は平成27(2015)年4月で定期運用が終了し予備車となっていたので,30形モハ25号がこの区間を走行したのは短い期間となりました。 この時が30形を初めて撮影した場面です。

 

上島駅-曳馬駅にて

 

▲30形モハ25号「勇退記念列車」は事前応募制(1往復便ごとに120名)で午前と午後各1往復が新浜松駅-西鹿島駅間で運転されました。「勇退記念列車」は各駅停車のかたちで運転されましたが,途中駅では乗降扉の開閉は行われず乗車や下車することは出来ませんでした。 画像は西鹿島駅へ向けて吊掛駆動式独特の「グゥオーン」と重厚な音を響かせながら動き出した30形モハ25号「勇退記念列車」,「西鹿島」行(臨時1列車 新浜松駅10:28発-西鹿島駅11:04着)。

 

上島駅にて

 

▲西鹿島駅2番線で新浜松駅へ折返し待ち中の30形モハ25号「勇退記念列車」(臨時2列車 西鹿島駅西鹿島駅11:40発-新浜松駅12:16着)。遠州鉄道は日中は前照灯の点灯は行われませんが,30形モハ25号「勇退記念列車」では遠州鉄道様の御厚意で前照灯と種別標識灯の点灯が行われていました。

 

▲西鹿島駅での折返しは36分あり,30形を撮影する方々は譲り合いながら撮影していました。引退列車によく見られる「割込み・罵声大会など」は全く無くて気持ちよく撮影する事が出来て嬉しかったです。西鹿島駅では安全確保のため30形が発着する2番線の向かいとなる1番線からの撮影は禁止されていましたが,ホーム外からも綺麗に編成を撮影する事が出来ました。30形モハ25号「勇退記念列車」(臨時2列車 西鹿島駅西鹿島駅11:40発-新浜松駅12:16着)。

 

以上2点,西鹿島駅ホーム外より撮影

 

▲8時過ぎ。新浜松駅2番線に留置中の30形モハ30形モハ25号-クハ80形クハ85号。平成2(1990)年3月に車体塗装を現在の塗装に変更しました。 モハ25号のパンタグラフは既に上昇してスタンバイしていました。撮影者はいなくてゆっくりと30形クハ85号-モハ25号を撮影・観察する事が出来ました。

 

▲この日の「勇退記念列車」の運行を終えて新浜松駅に到着した30形モハ25号は,遠州鉄道様の御厚意で前照灯・種別標識灯・客室車内灯がしばらく点灯した状態でした。「勇退記念列車」は事前応募制で参加には遠州鉄道が乗り降り自由な1日乗車券を購入する事が条件でした。そのため1日乗車券を使い1往復目を乗車(または撮影),2往復目を撮影(または乗車)する鉄道ファンの方々の姿が見られました。また「勇退記念列車」には沿線の方々も乗車されていました。

 

▲パンタグラフが降下して明日の最終運行に備える30形モハ25号。「勇退記念列車」は車体前面に特製ヘッドマークを掲出しましたが,1往復目と2往復目とでヘッドマークを入れ替える細やかさが行われました。30形モハ25号の引退により遠州鉄道から吊掛駆動式旅客車両・乗降扉2つドア車が姿を消しました。

 

▲30形モハ25号の台車は日本車輛製造製のND306を履いています。遠州鉄道初の空気ばね台車となりました。乗降扉下横に日本車輛製造の銘板が取付られています。

 

▲30形クハ85号の台車も日本車輛製造製でND306Tを履いています。こちらも遠州鉄道初の空気ばね台車です。平成27(2015)年11月に定期検査を受けてから稼働機会が少ないためか台車は比較的綺麗な状態でした。乗務員扉横には車両・検査表記が設置されています。

 

▲乗降扉(側引戸)間側窓4枚目の下に行先表示器が設置されていました。その下には遠州鉄道の旅社章が,さらにその下には車両番号表記が取付られていました。画像はモハ25号ですがクハ85号も同じ仕様となっていました。

 

以上6点,新浜松駅にて

 

▲30形モハ25号「勇退記念列車」,「西鹿島」行(臨時3列車 新浜松駅13:28発-西鹿島駅14:04着)と1000系1001編成(モハ1001-クハ1501),「新浜松」行(76列車 西鹿島駅13:12発-新浜松駅13:44着)が行き違います。30形モハ25号が引退すると昭和58(1984)年製造の1000系1001編成が遠州鉄道の旅客車両では最古参の車両になります。

 

曳馬駅にて

 

▲平成30(2018)年5月3日~5日開催の「浜松まつり」をPRするヘッドマークを掲出した1000系1006編成(クハ1506-モハ1006),「西鹿島」行(17列車 新浜松駅8:00発-西鹿島駅8:33着)と「勇退記念列車」1往復目往路(臨時1列車 新浜松駅10:28発-西鹿島駅11:04着)まで待機中の30形モハ25号。

 

▲2往復の「勇退記念列車」を終えて新浜松駅2番線に前照灯・種別標識灯を点灯した状態で留め置かれている30形モハ25号と「ビレッジハウス」広告の水色ラッピングが施された2000系2002編成(モハ2002-クハ2102),「新浜松」行(94列車 西鹿島駅15:00発-新浜松駅15:32着)が顔を合わせました。

 

▲30形モハ25号「勇退記念列車」運転のために特別に製作されたヘッドマーク。30形電車登場当初のイラストと30形モハ25号の引退時のイラストが描かれています。29日の「勇退記念列車」では1往復目はモハ25号,2往復目はクハ85号に掲出され「勇退記念列車」に華を添えました。

 

▲こちらも30形モハ25号「勇退記念列車」運転のために特別に製作されたヘッドマーク。こちらはシンプルなデザインでした。29日の「勇退記念列車」では1往復目はクハ85号,2往復目はモハ25号に掲出されました。

 

以上4点,新浜松駅にて

 

※1「遠州鉄道鉄道線」:静岡県浜松市中区の新浜松駅(JR東海道本線浜松駅のホーム近く,西に隣接)と同市天竜区の西鹿島駅を結ぶ17.8kmの路線です。西鹿島線の通称のほか,赤色の電車が走ることから「赤電」と呼ばれ沿線住民の通勤通学,買い物の足となっています。全線が単線で駅数は18駅でそのうち16駅で列車同士の交換(行き違い)が可能です。早朝深夜を除き12分間隔運転で,通常は2両編成ですが,平日朝夕時は4両編成で運転されます。全線運転の普通列車の運転で途中駅を始発・終着となる区間列車の設定はありません。

 

※2「30形」:昭和33(1958)年から昭和55(1980)年にかけて28両が製造されました。昭和55(1980)年に製造されたモハ51号-クハ61号は遠州鉄道初のカルダン駆動車でそれ以外は吊掛駆動車・車体前面は湘南型となっています。増備の途中で車両番号が30番代・」80番代には収まらなくなったことからモハ30形についてはモハ39号の次に製造された車両をモハ30号と付番し,以降モハ29・・と逆順で車両番号が付されています。クハ80形はモハ30形同様の付番方式によりクハ89・80・79と増備されたのち昭和53(1978)年に増備された車両は空番となっていたクハ85号が付番され,最終増備の編成はモハ51号-クハ61号と従来車と全く関連のない車両番号が付されていました。

 

※3「湘南型」:昭和25(1950)年に登場した国鉄80系電車は長距離列車用として登場した車両で,昭和25(1950)年下期以降製造の2次車から車体前面は3枚窓構成から当時としては斬新な2枚窓スタイルにデザイン変更となり,変更以後1950年代を通じ国鉄・私鉄を問わず日本の鉄道界に同種の正面2枚窓デザインが大流行しました。基本は中央上部に1灯埋込式前照灯を設置し,前面上半部を後傾し正面中央を折り曲げた鼻筋の通ったデザインです。前照灯を2灯化など様々なアレンジが存在します。