インドネシアシリーズ、先日upの第7回で一応"完結"しましたが、今作の第8回で"本当の最終回"(?)となります
今作は、シリーズ中度々予告しておりました通り、一部のかた待望(?)、鉄分満載の付録編、ジャワ島鉄道特集をおおくりしたいと思います
シリーズ中ご覧頂いた通り、ジャワ島はほぼ全域に鉄道網が張り巡らされている、東南アジアでは珍しい“鉄道の島”です
今年の冬海外に、ジャワ島を選んだ最大の理由です^
本シリーズ中で僕が訪ねた街は、ジャカルタ/ジョグジャカルタ/バンドン/ボゴールの4都市です。
これからその各都市、ジャカルタとボゴールではコミュトレイン(※都市近郊電車)、ジョグジャカルタとバンドンでは長距離列車が発着する駅を中心に、ご覧頂きたいと思います
ではスタートです
(※文中での施設や車両等、"現状"や"長所/短所"として書いている事は、全て2015年当時の様子です。ご了承の上ご覧下さい)
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①ジャカルタ
①-1 ジャカルタ・コタ駅
まずは、ジャワ島鉄道の起点とも言える、ジャカルタ・コタ駅から始めます
シリーズ第1回で登場した駅ですが、現在はジャカルタ都市電鉄(※コミュトレイン)の起点となっています。
このコタ駅、ジャカルタ市内北郊に位置し、港に近く、現在の市内中心部からは少し外れた位置にあります
いわば『ジャカルタの“門司港駅”』ともいえる存在です^
元々このコタ駅は、ジャカルタから地方都市への長距離列車が発着する、名実共に『首都の代表駅』でした。
しかし1990年代からコミュトレインの本格的な整備が始まり、長距離列車の発着は、市内中心部にあるガンビル駅(※シリーズ中で何回も出てきた駅です^)に移される事になりました
(※2015現在、日数便の長距離列車が例外的にコタ駅発着となっています)
コタ駅構内に入るとすぐ、↑上野駅地平ホームや門司港駅等と同じく、櫛型の終端ホームが並んでいます。
そして停まっている電車は、これまた本シリーズ中よく出てきましたが、日本から来たお古電車、旧JR205系です
1990年代以降、日本からのODAによりJRや東京メトロ、東急等、日本の中古車が大量に導入され、2015現在、ジャカルタ市内の鉄道では鉄ちゃんならずとも日本人なら感涙の光景が展開されています
その数既に500両以上とも言われ、車両のみならずJR東からは技術者も派遣されていて、現地で日本式の整備や管理なども指導しているとの事です
↑のホームですが、昔ながらの低床ホームをそのまま使っているため、日本電車ドアの高さに会わせてステップが設けられています
又、↑にも写っていますが駅や車内にはセキュリティが多数いて、治安維持にあたっています。
↑改札口です。ホーム終端部のところに改札が並んでいます。バー回転式の自動改札で、専用ICカードをかざして通過します
駅の端っこにある↑切符売り場
自動券売機は無く、専用のICカードを購入し、ここで乗車の度にICカードを出して行先を告げ、その分の運賃を入力してもらうという方式。
日本のICカードのように『一定額をチャージしてそこから使っていく』のと違い、その都度窓口で買わないといけないので面倒
構内には“駅ナカ”もあって、コンビニ(※セブンイレブン)やカフェ(※スタバ)も入っています
しかし、駅から一歩出たら、現地式の露店や商店が沢山並んでいます^
改札前には細やかに、↑数々の案内掲示が並んでいました
↑はコタ駅の線路配置図と、周辺の地図です。
図の通り、12本の線路を持つ堂々たる駅です
↑ジャカルタ・コミュトレインの路線図
現在、大きな括りでは5路線が運行されていて(※一部区間運転や、複数路線にまたがる列車あり)、その一方、路線図には載っているが現在運行されていない休止路線もあり、やや複雑です
↑にも記載されてますが、このジャカルタ都市電車・コミュトレインは、ジャボデタベック(Jabodetabek)とも呼ばれていて、ジャカルタやボゴールなど各線終点の都市名5つを合わせた造語です。
インドネシアの鉄道は日本同様、長年国鉄でしたが、近年『上下分離』され、線路や施設は国の所有、列車運行は国出資の鉄道会社(PT kereta Api)が運営しています。
そしてこのジャカルタ・コミュトレインはその子会社、KAI commuter Jabodetabekの運営です。
なお2015現在、インドネシアで鉄道が走っている島はジャワ島とスマトラ島のみで、スマトラの鉄道も同じくkereta apiが運営しています。
しかし同国では、これ以外の島にも鉄道を敷設していく計画があるとの事で、実現が楽しみです
字が細かいですが^、コミュトレイン路線中で最もメインのコタ~ボゴール間は約10分毎に運転され、コタ発の始発5:40/終車23:40なので、日本とほぼ同じ時間帯で運行されています
前述の通り、500両以上も導入された日本車両、最近アジア各国の鉄道では日本の中古車が相次いで導入され、タイやミャンマーではブルートレインのお古も導入されて話題を呼んでいますが、これだけ大量の車両がほぼ日本時代のまま走っているのは、ここジャカルタだけです
↑車両番号の表示、『モハ205』の"モハ"等、日本文字の部分だけ削除されていました。なお形式番号は、↑同国での固有番号も併せて付与されていました
車体のカラー帯は、埼京線時代の色から、コミュトレインのカラーである赤と黄色に変えられています
コタ駅のホームは先程の”ステップ式”低床ホームのほか、↑写真のようにやや高いホームもあり、この場合は電車に取り付けられたステップで乗車できるようになっています
車内は日本時代のまま、また編成も埼京線の時と同じ10両に組成され、↑の6ドア車も同じように連結されています(※コタ側端の1両が終日女性専用車になっています)
日本では今やあたりまえですが、通勤電車にエアコンが完備されてシートが布張クッション付なのは、同国では贅沢な装備です
しかしなぜ、同国でこれだけ日本の車両が受け入れられる素地があったのかですが、僕は下記4つの理由が思い付きます
1.日本の在来線と規格がほとんど同一な事。軌間1067mm、1500v電化、建築限界(※車両の大きさや幅)も日本とほぼ同じだったので、日本から輸入した電車がほぼそのまま使える
2.元々地下鉄が無かったジャカルタで、急速な経済成長とともに車の渋滞が激しくなって公共交通の整備が急務となるも、地下鉄の建設は莫大な費用と時間がかかるため、まずは次善の策として既存の国鉄を改良することとした
3.親日国なので、日本の電車をそのまま走らせても乗客や国民の反発がほとんど無い(※それどころか、故障が少なく乗り心地も快適だと好評との事)
4.ODAやJICAなどの支援枠組が、長年培われた両国間の友好関係によってスムーズに適用できた
これらの理由のおかげで、ジャカルタの街で日本電車が走る楽しい光景が見られるという訳です^
啓発のステッカーは同国語のものに貼り替えられています
↑各ドアに貼ってある乗客への禁止事項ですが、これには同国ならではの項目も書かれています。例えば・
危険物やペット持込禁止等は日本と同じですが、"てんびん棒持込禁止/銃器禁止/ドリアン等の臭気の強い果物持込禁止"等がお国柄です^
なお、携帯電話は特に禁止されてません
日本以外のアジア諸国に共通するのが、携帯通話よりも”車内飲食”についてのルールが厳しい事。海外の鉄道で飲食出来るのは長距離列車だけで、通勤車両での飲食は罰金付で厳禁されているのが通常です
海外で鉄道に乗ると皆スマホかけ放題、音鳴らし放題ですが、こういう点も日本は”ガラパゴス”なんでしょうか・
↑車内の片隅に付いている製造メーカー名、日本語が残っていました^
シリーズ中でも書きましたが、コミュトレイン最大の難点は『列車や駅ホームに、行先表示が無い』という点
これまでご覧のように、駅や車内には日本並みの様々な案内掲示が沢山あります。これだけ“日本式”を見習っていながら、なぜ方向幕だけは全く使わないのか?理解に苦しみます
又、駅ホームにも『次の電車は○○行』といった案内表示は一切無く、逐一駅員さんや車掌、セキュリティ、周囲の乗客等に尋ねないと乗れません(※但し、聞けば丁寧に教えてくれます)
車掌の車内アナウンス「次は○○」「まもなく○○駅」等は日本並に明瞭にやってたのに、なぜ駅ではこうなっているのか・(謎)
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①-2 マンガライ駅
コタ駅からボゴール線を南へ8駅目(※ガンビル駅からは3駅目)は、4つの方向へ分岐する主要駅、マンガライ駅です。
コミュトレイン各駅には日本風の”柱に縦書された駅名標”があり、元々縦書き文化がある韓国や中国以外では珍しいと僕は思います(※これも日本を見習って付けた?)
この駅、とにかく人が、↑ホームから線路まで溢れかえっていました。日本では考えられない、まさに途上国の光景です
電車走行中の線路のすぐ横で路盤を掘り返して保線してましたが、大丈夫なんでしょうか(汗笑)
マンガライ駅、4方向から電車が頻繁に来るので、鉄ちゃんするには最適ですw
元横浜線の205系車体に、↑所属を示していた日本語がうっすら残っていました(※横クラ=大船の車庫)
この東急車、↑方向幕が『急行 日吉』のままw
同国へ輸入された日本の電車、日本語の表記は出来るだけ削除されたとの事ですが、よく見ればあちこちに日本語が残ってて、見つけるのが楽しいです^
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①ー3 ガンビル駅
コタ駅から南へ5駅目、ジャカルタから島内各都市への長距離列車が発着するターミナル、ガンビル駅があります。本シリーズで一番多く登場した駅です
↑は夜撮った駅前ですが、"ターミナル駅"とはいっても2面4線の高架駅で、パッと見はあんまり“旅の駅”という感じはしません
”風格”という事なら、冒頭のコタ駅のほうが古いし櫛形終端駅なので、ずっと風格があります
↑1Fのコンコースには切符売場のほか、飲食店やコンビニ等多数の店が入っています。一部は24h営業しており、サービス面ではしっかり『ターミナル駅』の様相です
↑改札口です。
シリーズ中でも書きましたが、ガンビル駅は『長距離列車専用駅』で、長距離列車に乗る場合は、切符購入時と改札時の2回パスポートチェックがあります。
でもその割には、外国の鉄道でよくある”荷物のX線検査”は無く、警備が厳しいのか緩いのかよくわからない面もありますw
ガンビル駅は、コタ駅からコミュトレインで5駅目の途中駅ですが、前述の通り長距離列車専用駅という位置付けで、コミュトレインは通過します
日本で言えば『東京駅は長距離列車専用なので、山手線や京浜東北は通過します』と同じ事で、なんと不便な・と思うんですが、これを僕なりに何とか理解しようと努めた結果w、『インドネシア鉄道では、近郊電車と長距離列車は”全く違う乗り物”という位置付けだ』という結論で納得するしかありませんでした^
↑気持ちよく通過していく、コミュトレインの205系w
Kereta Apiなりの理由は、厳重なチェックを経て入場する長距離客と、キップだけで入る近郊客を混ぜるわけにはいかないという事ですが、それなら増線するか又はホームに柵を設け、改札を別にして、各乗客の動線を分けた上、同駅乗換出来るようにすりゃいいのに・と思うのは、僕だけでないと思うんですが
(※ガンビル駅へ行きたい場合はバスかタクシー、又は隣のジュアンダ駅から700m程歩くかです)
長距離列車は待避線側に入り、しばらく停車して乗降扱いします。
ジャワ島全土にむけ、毎時2~3本は発着、夜行列車も多数あります
車両基地はコタ駅近くにあり、ここまで回送で引っ張ってきます。
本シリーズで、ジョグジャカルタへ行く時乗った夜行急行、↑タクサカ号
長距離列車は全て愛称が付けられ、付け方は日本の在来線特急と同じく、各線区の各列車毎に違う愛称が付いています。
日本新幹線や台湾・韓国の鉄道のような『列車の速達度で区別する愛称』ではありません
長距離列車はほとんど、機関車が客車を引っ張る方式です。
↑座席は1等(エグゼクティブ)、2等(ビジネス)、3等(エコノミ)がありますが、2等と3等は一部列車には無く、又予約も取りにくいので、通常外国人がお世話になるのは1等だと思います。
↑ご覧のように日本のグリーン車より広々^としていて、運賃も日本に比べたら激安です
(※同列車には寝台車は無かったです)
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☆次は、ジョグジャカルタです
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②ジョグジャカルタ(以下ジョグジャと略)
ジャカルタから東へ約500km、本シリーズで世界遺産の2寺院をご覧頂いた、古都・ジョグジャです。
同駅舎も、歴史を感じさせる風格がありました。
既に築1世紀以上、年代モノ駅舎でした
インドネシア鉄道の歴史は日本よりも古く、当時植民地支配していたオランダが、ジャワ島中部の都市・スマランで1867年(※日本は明治維新の前年)開通したのが最初との事です。
そのスマランからまっすぐ南にあるのがここジョグジャで、この辺りは首都ジャカルタよりも、先に鉄道が通じていたんです
↑玄関上のステンドグラスから光が差し込むモダンな造りの駅舎
改札前の柱には、↑各方面への急行列車の発ホーム案内が出ています
西のジャカルタ、東部スラバヤのちょうど中間に位置する要衝なので、東西両方向へ沢山の列車が発着しています
東へ約60kmの主要都市・ソロとの間を結ぶ、↑ディーゼルカーの近距離列車です
夜のジョグジャ駅は、↑さながら“夜行列車銀座”の様相でした
シリーズ中でも書きましたが、ジョグジャ駅は改札内のほうが待合用のイスが多く、また”駅ナカ”もあるので、早めに改札を受け、中でゆっくり列車を見ながら過ごすのがおすすめです^
↑売店もすごい数w
同じような店が並んでますが、一軒一軒経営者は違うようです
ジョグジャ駅の魅力は、なんとも言えないエキゾチックな雰囲気
もう日本の駅では失われつつある、夜汽車で旅立つ際のときめきが感じられる駅でした^
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③バンドン
同駅には北口と南口があり、南口が旧市街地側です。
ジャカルタから南東約150kmに位置する、人口約250万の大都市・バンドンの玄関です
南口の前には小さなSLが保存されていました
↑の保存SLですが、台座部分に注目
SL自体が更にターンテーブル状の台に載せられ、回転出来るようになっていました。日本では無いような展示態様です^
↑バンドン滞在中によく渡っていた、駅近くを跨ぐ歩道橋
↑はバンドン駅北口
南口よりも新しく設置されたようですが、現在メインの出入口はこちらのようです。
シリーズ中でも書きましたが、構内にはコンビニが沢山あり便利^
↑はキップ売場に隣接したYomart、イートインもあります
同国の主要駅には、大抵↑のような配線図付の詳細な駅案内図があり、大変わかりやすいです。シリーズ中でも出ましたが、同駅構内には日本風”ホカ弁”もありますw
↑北口と南口を結ぶ改札内通路です
2015現在、バンドン駅は完全な地上駅で、跨線橋も地下道も無く、この通路も列車通過時は勿論閉鎖されます
シリーズ中でも出てきた↑の日本語看板は、南北通路の北口側にあります。
西ジャワ州都のバンドンは同国有数の経済都市で、観光客は少ない一方、仕事で来る日本人は多いそうです
バンドンは鉄道公社の本社があり、この駅が起終点の列車も多く、鉄道の要衝駅です
なお、ジャカルタ~スラバヤの幹線はバンドンを経由せず、北部の海沿いを通ります
大屋根の下に、↑数本のホームが整然と並ぶバンドン駅
”駅ナカ”はジョグジャ駅ほどは無く、飲食物は外で調達してから改札を入るのがいいと思います
シリーズ中乗った、バンドン~ジャカルタ間を約3時間で結ぶ急行『アルゴ・パラヒャンガン号』は1日9本運転され、同国で最もポピュラーな都市間急行です。同国の急行は全車指定席で、予約/購入時にパスポートの呈示が必要です
(※切符には記名され、改札や車内で検札時に再度照合される)
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④ボゴール
↑ボゴール駅の終端部です。日本電車がそろい踏みしている、楽しい光景です^
ジャカルタから南へ50kmのボゴール駅、コミュトレインで一番メイン格の路線・ボゴール線の終点です
ちょうど降り立ったのが朝の通勤時間帯だったので大混雑だったんですが、↑ホームが無い部分もドアが開いています
日本ではあり得ない光景ですが、同国では未だ一般的です
僕も実際これをみて『こりゃ凄い』と思いましたが、これでも一昔前に比べたら改善されたほうだとの事で、日本車が大量導入される以前の同国の通勤電車では、走行中も開きっぱなしのドアからはみ出た人がつかまったまま走り、転落事故や触電事故も多かったとの事です
JR205系に次いでよく見かけた、↑旧営団6000系ですが、JR車にはない『音声案内装置』が元々付いてた同車、ちゃんとそれを生かして、同国語の音声合成による案内放送を流していました。
”ある物は使おう”という精神でしょうか^
このジャカルタ~ボゴール線、コミュトレイン化される前からの同国では最も古い路線の一つで、開通1873年、日本が新橋~横浜間で最初の鉄道を開通させた時とほとんど同時期です
又、同区間が電化されたのは1925年、インドネシアで最初に電化された区間との事。そして現在ではコミュトレインとして通勤路線に改良、常に同国鉄道の先駆者となっているボゴール線です
乗客が乗り降り出来るホームは3面、あとホームの無い留置線もいくつかあり、鉄ちゃん感涙な構造の終端駅です。鉄分ある人は訪問必須です^
通路の柱を利用した、↑日本企業の広告
日本で例えれば、『郊外で地上に出た地下鉄の終点』といった印象のボゴール駅^
多数設置された自動改札が、沢山の乗客を捌いていました
冒頭のコタ駅と同様、2015現在まだ自動券売機が導入されていないコミュトレイン。↑キップ売場窓口がズラリと並びます
実はこのボゴール駅、”終点”ではないんです
ここから南東へ100km弱にあるチアンジュールまで単線非電化の線路が延びています。そこまで日2本(※他に区間運転2本、2015現在)客車列車が運行されています。
時間あったら乗ってみたかったです
愛すべきジャワ島の鉄道、日本とほぼ同じ規格の鉄道が、この赤道直下の南国にある、僕は素晴らしい有り様だと思いました
かつてオランダが建設し、日本占領時代に改良が加えられて現在に至っているジャワの鉄道。そして今再び、日本からのODAにより生き返り、持続可能な交通機関として脱皮しようとしています
ジャカルタ~バンドン間では高速鉄道の計画もあるほか、ジャカルタでは地下鉄の新規建設も決まったとの事です(※2023追記:一部区間で開通しました)
前述しましたが、現在鉄道がない他島にも新たに敷設する計画もあるとの事で、インドネシア鉄道の未来が楽しみです。又是非乗りに再訪したいと思っています^
以上、本編7作+この鉄道編で8作シリーズになったインドネシア・ジャワ島旅シリーズ、これでおわります。
長い間ご覧頂き、有難うございました^
(※2023.2 2024.6 文一部修正)