vol.180 乗客数が日本一少ない鉄道!知られざる『陰陽連絡線』JR三江線に乗る | 旅ブログ Wo’s別荘

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 当別荘、2007年の創設以来、数々のローカル線に乗ってきましたが、今作でご覧頂くのは、その中でも『究極のローカル線』と呼んで過言でない路線です。僕も今回初めて乗りました。
2014現在、全国JR路線中で“乗降客数が最も少ない”というその路線とは~グッド!

JR西日本・三江(※さんこう)線です。
広島県三次市と島根県江津市を結ぶ全長100km余の路線ですが、乗ってみて『よくぞ今日まで残っていたなぁ・』というのが率直な感想でした。
はたしてどんな路線なのか、早速スタートします^


↑JR広島駅から出発します。
過去作で何度か登場している駅ですが、ホーム右側は山陽線の電車電車

このほか広島駅には呉線・可部線・芸備線の列車の起終点にもなっており、JR西有数の主要ターミナル駅です新幹線

それら広島発着路線で唯一、電化していないのが↑芸備線です。
県庁所在地駅に非電化路線が乗り入れてる事自体今時珍しいんですが、これから、もっと珍しいw三江線に乗るため、まずは芸備線で三次へ向かいますDASH!


広島駅から約2時間揺られ(これだけでも長旅w)、↑三次駅到着あせる

広い構内を有し、中国地方内陸部では要衝である三次駅、芸備線のほかこれから乗る三江線、それと3つ隣の塩町駅から分岐する福塩線もこの三次駅から発着しています。
しかし・

都会から来て初めて降り立った人なら仰天しそうな↑の時刻表時計
辛うじて1時間に1本列車があるのは芸備線の広島方面のみ、それ以外へは・
芸備線の新見方面へ1日8本、福塩線1日7本、そして目当ての三江線は1日5本です(※2014当時)叫び

↑時刻表の通り各線とも、昼間3~4時間列車の無い時間帯もあり、お世辞にも”便利な交通機関”とは言えない状況です汗

とはいえ、三次市は広島県北部きっての要衝である事には間違いなく、↑駅舎も立派なつくりですグッド!

そろそろ三江線の発車時刻、再び構内へ男の子
跨線橋に大きく描かれた↑鵜飼いの絵、“霧の都”とも書かれています。三次で鵜飼いが行われているのは僕知らなかったんですが、調べればいろんなものが出てきそうな街みたいです^みずがめ座

↑三江線ホーム、3番線です。
1両編成のディーゼルカーが待機しています^DASH!
三江線のDCです。

このDC、JR西のローカル線でよく使われているワンマン型標準車のキハ120型ですが、ド派手なラッピングが目をひきますアート

↑のラッピング、島根県西部に伝わる民俗芸能『石見神楽』にちなむもので、普段は山陰線で主に運用されている車です。たまたまこの日、特別に三江線に入線したとの事ですが、その理由は・

↑の団体さんがこの便に乗り込む予定になっていたので、JR米子支社のほうで運用を工夫して、三江線に入線させたらしいんです。普段ガラガラだという三江線もそのためか満席にあせる


定刻、三次駅を発車しました!
三次~江津間・約100km余を、途中1時間半の途中停車を含めますが、約5時間かけて走る”超スロー路線”ですカメ

9:57、エンジン音を響かせ三次駅を離れる三江線DC、これから5時間、浮世離れした旅の始まりです虹

三次の市街地はすぐに途切れて・

そして何度も、右へ左へ渡りながらすすんでいくのが、↑『江(ごう)の川』です。
三江線はほぼ全線に亘り、この川のほとりを走っていて、“江の川線”と呼んでもいい位、切っても切れない関係です。三江線を語るには、この江の川の話は外せませんうお座

この川、広島県内の中国山地に源を発し、島根県側の日本海へむけて注ぐ中国地方最大の川とも言われていますが、流れはすごく緩やかで、山奥の川にありがちな”渓流”という感じではないんです。

そんな江の川の流れは古くから水運に利用され、江戸時代には山陽(瀬戸内側)と山陰(日本海側)をむすぶ重要な交通路でもあったそうです。
東日本のかたにはなじみのない言葉ですが、山陽側と山陰側を結ぶ交通路(※鉄道や道路)を、『陰陽連絡』という言い方をしますクリップ

三次市は、その陰陽連絡の重要な拠点として栄えてきました。先程の三次駅が4方向に分岐する主要駅となっているのは、昔から交通要衝の街だったからこそです電車

明治以降、この水運に代わるものとして鉄道敷設が計画され、1930(昭和5)年、三江線の一部が部分開通しました。
その後、先の大戦をはさんで徐々に部分延伸を繰り返しましたが、陰陽連絡の目的を達成するための全線開通にはなかなか至らず、三次~江津の全線開通をみたのは1975(昭和50)年。なんと45年の歳月を要したとの事あせる

しかし既に時遅く、貨物輸送はトラックの時代になっており、三江線は当初の目的を果たすことなく、”長大ローカル線”として衰退の一途をたどる事になってしまったという訳です汗

三江線には33の途中駅があり、そのほとんど無人駅です。
1駅1駅ゆっくり停まりながらすすんでいきます・

↑団体さんも、車窓の右へ左へ寄り添う江の川の流れを楽しんでいます目
なお、この団体さんには地元のボランティアの案内のかたが同乗していて(※三江線活性化企画のような団体さんと思われます)、僕もいろんな知識を横耳で聞かせてもらいましたw耳
それによるとこの江の川、古くは広島県側で『可愛川(えのかわ)』、島根側では『江川(ごうがわ)』と呼ばれていたそうですが、明治以降、現在の名称『江の川』になったとの事です(中間をとった?w)もみじ

そのボランティアガイドさんが「この駅、三江線の中では豪華なんですよ!」と言ってたのが↓の駅。
ガイドさん曰く「この駅には、駅舎も駅前ロータリーもある」wひらめき電球

↑の駅、船佐(ふなさ)駅といいます。
小屋のような駅舎(※なぜかホームからかなり離れている^)と、車がUターン出来るスペースがあり、ロータリーの真ん中には自転車置き場も自転車
ほとんどがバス停のような半屋根しかない三江線の途中駅にしては、たしかに豪華です^ガーン


三次を出て約40分、久々に離合線のある駅に着きました。
三江線主要駅のひとつ、口羽(くちば)駅です。
この駅のあたりが広島と島根の県境ですフラッグ

↑江の川は相変わらず緩やかな流れです。まるで山奥の池のように、鏡のような水面ですキラキラ


団体さんは、広島/島根県境を越えすぐの↑宇都井(うづい)駅で降りていきました。この駅は谷を跨ぐ大きな高架橋の上にあり、近くには江の川でカヌー体験も出来る大きな公園があるそうですカエル

↑団体さんが降りていった後、ガラガラになった車内。
でもこれが、三江線の普段の姿です叫び

江の川の谷あいに、美しい秋空が広がります虹


三江線は、両端の三次と江津から徐々に建設がすすめられ、部分開通を重ねてきたのは前述しましたが、1975年に完成し、さいごに繋がった区間がここ、県境の口羽~浜原間でした。

そのため、この区間だけは高規格の線路になっていて、他の区間は30~40kmでのんびり走るのに対し、この区間だけはかなりのスピードを出してました(※最高速度80kmまで出せるそうです)DASH!

↑駅名に冠されている旧国名も、”安芸”から”石見”へ・
島根県に入っていますグッド!

そして、県境の高規格区間がおわると、先程の口羽とともにもう一つの主要駅、浜原駅に着きますベル

ここからは再び、戦前につくられた区間です。
駅舎も線路も超ローカルな仕様にもどります^
終点の江津へ、日本海を目指して緩やかに下っていきます波

相変わらず列車はゆっくりと、何度も江の川を渡りながら日本海を目指していますかたつむり

次々と現れる、小さな、何もない駅虹

そして静かにゆったり流れる↑江の川。
三江線の魅力は、とにかく”全てがスロー”、それだけですキラキラ

これらを『退屈』と感じる人に三江線を使う旅はおすすめできませんが、もしこれを『魅力』と感じる人には是非乗ってほしい路線です^キラキラ

-*-*-

今作のハイライトともいえる駅に到着しました。
久々に、離合設備のある大き目な駅です馬

↑の駅、石見川本(いわみかわもと)駅ですクローバー

時刻表で三江線の頁を見ると、先程通ってきた口羽と浜原が主要駅として表示されています本
それは前述してきた三江線の歴史、運転系統からみるとその通りですが、実は沿線の街的に最も主要駅なのは、この石見川本駅なんです。

ここで今更初めて書きますが、三次から乗ったこの列車、『石見川本行』として運転されてましたw
でも実質は、『江津行』です。
どういう事かと言うと、この石見川本で1時間半ほど停車、その後同じ車両が江津行となるんですぐぅぐぅ
そのため時刻表上では石見川本で一旦切って、列車を分けています(※乗客も一旦全員降ろします)クリップ

なぜここで1時間半も停車するかは後述するとして、とりあえず”1時間半”もあるので、途中下車して駅付近を散策する事にします^コーヒー

そして・
↑改札口にいる人は駅員さんではなく、地元観光協会のハッピを着た男性ですドア
ここからが、”驚きの川本町”の始まりなんです^

この観光協会のかた、10人程の降車客の一人ひとりに「ようこそ川本へ」と声をかけ、街歩きのパンフレットを渡して、「是非1時間半の間に、川本の街を歩いて食事もしていって下さい」と乗客全員と話をしています。
先程のツアーの人々は宇都井駅で降りたのでもういません。しかも平日です。なんと熱心な・(驚)ひらめき電球

このかた、さいごに改札を通った僕に、通常JR駅ではありえないサービスを2つ案内してくれました。
一つ目は↑、待合室の『無料コインロッカー』、町の観光協会が設置したそうですカバン

そしてもう一つは・
観光協会のおじさん^、↑駅前のビルの1Fを指さし「あれ、どうぞ使って下さい!」グッド!
指さす先にあったのは・

”無料の貸自転車”自転車
三江線利用で降り立った観光客専用だそうです。
つまり、『無料コインロッカーで身軽になって、無料レンタサイクルで川本の街を見ていって下さい』という事。何とも力の入った歓迎ぶり、感動にむせびました^星
ではご厚意に甘え、自転車で1時間半の川本トリップへ出掛けてきます^自転車

↑なんかツーリング物みたいなアングルですがw、駅でもらったガイドマップ頼りに”川本・チャリンコ街ブラ”へコスモス

道路標識には、↑世界遺産・石見銀山の文字も目
あ、そんなところまで来てるんだと我に返ったような気分になります流れ星

まずは町内を一望できるという丘、↑金比羅山へ。
どんな眺めなのか、登ってみます右上矢印

↑はまだ登る途中からなんですが、江の川が一望出来てなかなかの絶景です^
と思いきや・注意

頂上は↑こんな感じでした。児童公園だったみたいで遊具がありますが、今は使われていないのか荒れ放題・あせる

↑懐かしい雑草を久々に見ました。地方によって呼び名違うと思いますが、通称"ひっつき虫"^
種がトゲトゲがあり、服にくっつくんです。僕の田舎にもよく生えてました^とかげ

山上からは、周囲の樹木が鬱蒼としすぎていて、景色がよく見えませんでした^
辛うじて木の間から見えた、↑中央に見える大きな建物が『悠邑ふるさと会館』で、1000人収容の大ホールもあるそうですカラオケ


丘からおりて、町内中心部をみていきます男の子

この川本、古くから島根県南西内陸部の中心として栄え、↑標識の通り、現在も国や県の出先機関が沢山置かれていますビル

この川本の街を廻ってみて感じたのは、小さいながらも”あらゆる一通りの業種の店が全部ある”ひらめき電球
↑西日本でおなじみの家電量販店も、小さな代理店ですがありました^

銀行やスーパー、飲食店等もあり、なんか”街全体でひとつのコンビニ”みたいな印象も受けますwコンビニ

この事を駅へ戻ってからアノ観光協会のおじさんと話すと、「その通り、地元でもそれが自慢です」とおっしゃっていましたチョキ


街中にあった、”昭和47年7月洪水の喫水線”の表示。
僕の背丈を軽く越え2m近くあり、かなりの被害だったと思われます。
江の川は古来より度々、沿岸に洪水の被害をもたらしていて、普段のゆったりした流れが時に一変、暴れ川に変貌してしまう事もあるとの事です。

歴史ある地域の中枢だけあって、お寺も複数ありますもみじ
その中の一つ、↑コスモス揺れる路地の奥にあった、妙船寺(※日蓮宗)

日蓮宗のお寺ではこの時期『お会式』が行われますが、↑の掲示には『お会式!』とビックリマーク入り^



そして、今作で重要な話に入りますが、↑街の各店舗に『三江線運転再開』を祝うポスターが貼ってありましたクラッカー

実は江の川、昨年の台風でも洪水を起こし、そのため三江線も被害をうけ約1年の間、不通になっていました。この2014年7月から運転再開したばかりなんですキラキラ

今回、当別荘で三江線を取上げようと思ったのは『再開を果たした』というニュースに接したのがきっかけでした。
冒頭のように三江線は、2014時点で日本ワースト1とも言われる赤字路線、JR西日本は何度となく、三江線を含む地方ローカル線を順次廃止したい意向をほのめかしています。

少し古い作ですが、当別荘でこの三江線と類似の線を取り上げたことがあります。2008年9月upの『只見線・全線走破』の作です。
http://ameblo.jp/maruwo26/archive1-200809.html
この只見線、新潟~福島(会津)を結ぶ全長100km余。谷あいを越え県境をまたぐところも似ていますが、この線も2011年に大雨の被害に見舞われ、2014現在も一部で不通のままです。

JR西より財務状況の良い東でさえ、ローカル線に対してはこんな姿勢なので、JR西が果たして1日100人ほどしか乗らない長大ローカル線を復旧する気があるのか?と僕は心配していました。

しかし川本町をはじめ沿線の人々の熱意がJRを動かし、三江線は『奇跡の復活』(※過言ではないと思います)を果たしたんです合格


↑石見川本駅に戻ってきました。

観光協会の人がたった10人の乗客を出迎えにきて、数々のサービスをしていた”熱意の理由”がおわかり頂けたと思います。
単なる”街おこし”というより、三江線という街の生命線を懸命に守っておられるんです星

三次から乗ってきた↑ラッピングDC、再び江津行としてエンジンがかかりますDASH!

なぜ川本で1時間半も時間調整していたのか?ですが、
理由は↑です。
のんびりと対向列車を待っていたんですwカメ

これまでご覧頂いたように、三江線全33駅で離合可能駅は、ここと口羽・浜原等数駅しかなく、その上1日5本のため(汗)、こんなダイヤの組み方になってしまうんです汗

思い出深い街となった川本、発車時間がきました時計
件の観光協会のおじさんもホームで見送ってくれます(感謝)パー

再び江の川に沿って、日本海を目指す三江線DC波

さいごの途中駅・↑江津本町駅を通過、ゴール近し馬

江の川も川幅を広げ、河口もすぐそこ、↑そして国道9号の橋梁をくぐり・
ついに山陰、日本海側にきました虹

山陰線の線路と合流!江津駅構内へ進入します電車

三次駅を9:57に出てから約5時間、14:49、
↑終着・江津駅へ到着しましたフラッグ
長年念願だった三江線全線走破を果たしました^

↑跨線橋には、三江線四季折々の写真が掲示。広島・島根の両側で、沿線の人々に愛されている”1日5本・乗降客数全国ワーストワン”のローカル線です黄色い花

↑江津駅です。
駅前の観光案内所に寄り、川本町での話をしてみると「あ、あのかたは川本では有名な人ですよ」との事でした^チョキ

↑接続の山陰線列車がきました。
三江線とおわかれです汗

日本海の夕日を見ながら、↑西へすすむ山陰線の快速列車DASH!

この先は浜田・萩方面へ、そして終点は下関です。
この後は、非公開で山陰の旅をのんびり楽しみますwニコニコ





※2023追記※

江の川のほとりを縫うように走っていた、ファンも多かった三江線ですが、地元の方々の熱心な運動も残念ながら実らず、2018(平成30)年で廃止となりました。
総延長100km超の路線が一気に全線廃止となったのは本州では初だそうです。

"遅すぎた陰陽連絡線"ともいわれた三江線ですが、2023年現在、中国地方を走る他のローカル線も、JR西は地元との存廃に向けた協議をしたいとしています。
今後ますます厳しくなるローカル線の現状、何とか打開策を得るべく地域/国/鉄道会社が一体となって知恵を絞ってほしいと願うばかりです。

なお、この三江線の作、up後10年経つ現在(2023)に於いても、多数のアクセス数を常時数えています。ご愛読に御礼申し上げます。







(※2023.1 2024.6 文一部修正)