夏の終りも近づいたある日、ふとローカル線に乗りたくなり、久々の路線を訪ねました
新潟県・小出駅~福島県・会津若松駅間を結ぶ、JR只見線へ乗ってきました。今作は、その全線乗車記をご覧頂きます。早速スタートです
やってきました、↑上越線・小出駅
国鉄型115系電車の横に、只見線のディーゼルカーが待機しています
各地のローカル線で活躍中の、国鉄型DC・キハ40(47)です
只見線は小出~会津若松間、約135km、新潟県中越と福島県会津を結ぶ長大ローカル線です。県境越えの区間は秘境感満点で、鉄ちゃんならずとも人気の路線です。これから↑の車で、一気に会津若松駅まで乗り走り通します
今時クーラーが付いていない只見線のキハ40(※2008当時)
でも、クーラー無しの理由が、走り始めてすぐわかりました
車窓から入る風が、夏なのに"涼しい"んです
この日の都内は30℃以上あったんですが、只見線沿線は標高が高い事もあり、窓を開けていれば"天然クーラー"(※表現がチト古いか)^
ともあれ、窓の開く鉄道車両自体が昨今少なくなってきているので、その意味でもローカル線ならではの旅が楽しめます^
2両編成のディーゼル列車、13:17に小出を発車、一路会津若松へ走り出します
↑は小出を出て最初の駅、薮神駅です。
これから会津若松まで、所要4時間(!)の行程です
元々本数が少ない只見線ですが、小出~会津若松の全線を走り通す便は、日3本しかありません
小出発車数分で、↑もうローカル感満点^
小出は新潟県、米どころ・魚沼が有名ですが、田んぼを車窓に見ながら、キハ40は県境に向け分け入っていきます
只見線の新潟県側で見受ける、↑道路標識のような駅名標
一方、↑国鉄型駅名標も残っていました
ローマ字の下がガムテープで貼ってあるのは、平成の大合併で市町村名が変わったため、旧自治体名を隠しています
次第に、森や山が近くなってきました
さらに、線路を右へ左へ併走する川も、渓谷の様相になってきます
冬用の↑雪覆い、県境が近づくにつれ、所々に現れます
新潟県魚沼地方は米どころであると共に、豪雪地帯でもあります。冬になれば、全く様相の異なる車窓風景が味わえます
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キハ40は、新潟・福島の県境を貫くトンネル、↑六十里越トンネルに入りました。全長6.359m、在来線のトンネルで長さ全国ベスト10に入っています。通過に10分以上かかる長いトンネルです
窓から入ってくる風は、もはや涼しいを通り越し、寒い位です
このトンネルの開通は1971(昭和46)年。これにより、只見線は新潟県~福島県間の全通を果たし、国鉄末期に吹き荒れた、廃止の嵐を免れる一助にもなりました。
なお、この"六十里越"の名ですが、古来中越~会津間には"六十里越"と"八十里越"の2つ峠道があり、実際は勿論60里もないんですが、"それ位長く感じられる難所だった"事に由来するという説があります
そして、線名になっている主要駅、↑只見駅到着
時間調整でしばらく停車します。
同線の県境付近は、車窓からダム湖も見え、只見線で最も秘境感が味わえる区間です。全国のローカル線中でも有数の絶景とされ、まさにハイライトの区間です
沿線の雑草が、↑線路ギリギリまで迫ってきます、というか、もう列車に葉っぱが当たっています^w
警報機もない↑朽ち果てた踏切の脇には、行く夏を惜しみ、野の花が咲き競っていました
会津側に入ると、新潟県側でみられた"道路標識状"の駅名標はなくなり、代わって国鉄型駅名標が多くなってきます(※2008当時)
山の緑&田んぼの緑と似合う、↑国鉄型駅名標
福島県に入ると、↑"会津○○"という駅名が続きます
只見線の福島県内28駅のうち、17駅が"会津"を冠しています。
会津に入り、県境の山間部はもう抜けているのに、列車に入り込む風はさらに涼しくなり、扇風機も止まりました
会津若松から同駅までの区間運転車もあり、只見駅以来の主要駅です。
主要駅という事で離合線があり、対向車と行違いのため14分停車。只見線の旅はスローが基本です^
新潟県側は雲が多めでしたが、会津側に入ると青空が多くなってきました。山並が一層爽やかに見えます
↑会津川口駅舎です
跨線橋はなく、駅舎~ホームの往来は、警報機のない踏切を通ります
只見線の福島県側では、↑タブレット閉塞方式をとっています(※2008年当時)
緑深い沿線、次々現れる閑散とした駅。鉄道好きな人にはたまらない、そうでない人にはこの上なく退屈な光景wです
只見線にもある、↑"根岸駅"
大船行は来ませんw
だんだん山も遠くなり、会津盆地の中を走りますが、↑まだまだ田園風景も続きます
あえぐように山を切り分けていたディーゼルエンジンの音も、軽やかな走行音になってきました
ゴールが近づきました。若松市内へ入ってゆきます
家並が増え、↑会津鉄道(※旧国鉄会津線)と合流してきます。
会津若松の2つ手前、西若松駅へ到着
会津鉄道は第3セクター転換後、栃木県へと延びる野岩鉄道の開通によって東武鬼怒川線とも繋がり、浅草まで延々と線路が繋がっています。いつかは通しで乗ってみたいと思っています
↑西若松駅を発車します。
終点会津若松の直前、最後の途中駅、↑七日町駅到着。
ここまで来れば、もうローカル線というより"郊外の駅"の雰囲気になっています
おつかれさまでした!
始発・小出駅から約4時間、17:18、終点・会津若松駅に到着
只見線全線走破が無事完了しました。夢のような時間でした
ホーム向かい側には、↑接続する磐越西線・郡山~喜多方間の電車が接続待ちをしています。
磐越西線は国鉄時代から、郡山~喜多方が電化されています
↑会津鉄道の気動車ですが、この車は元・名鉄の特急用車で、名鉄~JR直通の『北アルプス号』で使われていた車両です
会津鉄道では快速列車に運用されていました。
車両番号の数字の↑名鉄フォントもそのまま。これも一見の価値ありです
(※2021追記:この元名鉄車ですが、2015年になんとマレーシア・ボルネオ島のサバ州立鉄道に譲渡され、熱帯の島で活躍しています)
↑会津若松駅前です
これから、歴史ある市内の街ブラへ・といきたいところですが~
今作は只見線の全線走破に特化した鉄道作という事で、会津若松の街ブラは又、次の機会に譲りたいと思います
全国的にも稀少になってきた本格的長大ローカル線、只見線
車窓から大自然を味わえる秘境路線として、一般旅客にも人気の路線です。又、今作では乗り通しただけなので途中駅周辺を歩いてませんが、本来は時間をゆっくり取って、途中下車しながら乗りたい路線です。いつまでも元気で走り続けてほしい、只見線です
(※2024 追記)
JR只見線はこの作upの3年後、2011年の豪雨により、橋梁流失などの甚大な被害をうけ、今作でご覧頂いた県境の一部区間が不通になってしまいました。
復旧費用の問題から、一時は廃線も危惧される危機的な情勢に陥りましたが、地元の方々の熱心な運動が実って復旧工事が始まり、20222年に不通だった会津川口~只見駅間が復旧し、待望の全線再開を果たしました
(※2021.1 2024.1 文一部修正)