今年、2026の年間テーマ(?)として『岐阜県の私鉄』探訪をやりたいと思います。岐阜県内を走る以下5つのローカル私鉄を、今年一年かけて断続連載しようと企てています^![]()
現時点の計画として・↓
☆冬(※今作でご覧頂きます) ~ JR美濃赤坂支線
☆春頃 ~ 樽見鉄道
☆初夏頃 ~ 養老鉄道
☆夏頃 ~ 長良川鉄道
☆秋頃 ~ 明知鉄道
を、予定しています。
上記5路線いずれも、特徴ある興味深い私鉄です。順番や時期の変更等あるかもしれませんが、どうぞお楽しみに^![]()
今作はその第1弾として、JR美濃赤坂支線に乗ってきました。JRも株式会社なので"私鉄"の一つとしてカウントさせて頂きます^w![]()
大垣駅~美濃赤坂駅間を結ぶ短い盲腸線ですが、終点・美濃赤坂駅周辺は、江戸期には中山道の宿場として、又、石灰石を産出する鉱山でも知られる地域です。前作につづき、今作でも廃線跡歩きがあります。どんな所だったのか?早速スタートします^![]()
東海道線・大垣駅に到着(※岐阜県大垣市)
18キッパーには超おなじみの主要駅。かつては東京~大垣間の夜行普通列車、いわゆる"大垣夜行"の起終点として乗り換えた経験ある人もおられると思います。東京からの下りは同駅で大阪方面の網干行に接続していた事から"大垣ダッシュ"という現象まであったのも今は昔。しかし現在も朝夕を除き快速列車は同駅起終点なので、現在も乗換駅として、又、地域の要衝駅として賑わっています![]()
大垣市は岐阜県・西濃地域の中心都市(※人口約15万 2026)
県都・岐阜市から西へ約15km程、名古屋通勤圏の西端にもあたります![]()
又『水の都』としても知られ、市内には数々の名所もあり、大垣街ブラも載せたいところですが・
ここ大垣駅へは冒頭の5私鉄のうち、
次回以降乗る樽見鉄道と養老鉄道もここから出ているので、その際歩いていければと思っています(※今作では、赤坂宿ブラをします)![]()
そんな大垣市にある大垣駅、これから乗る美濃赤坂支線のホームは~
上下線メインの2/4番ホームの一番米原寄り、隅っこにポツンとある3番線からです![]()
既に2両編成の電車がスタンバイ。313系ワンマン仕様、中央西線の中津川~塩尻間でも使われているタイプです![]()

このタイプ、座席は転換クロスではなくボックスシート&ドア横ロングになっています。たまに本線快速の増結用に使っている事もあり、バッタンコと進行方向に出来なくて残念という思いをした人もいるはずw![]()
発車しました!
米原方面へ走り出し、しばらくは東海道線の線路を走行しますが、実は"美濃赤坂線"というのは通称で、正式な線籍は東海道本線の一部です。過去作で登場した兵庫・和田岬線(※山陽線の一部)等と同様の態様です![]()
大垣駅西側には、本線の両側に大きな車庫(※大垣車両区)が見えます。東海道線名古屋近郊区間の車両は原則ここの所属で、まさに"東海地方の足"をこの基地で管理しています。かつては昼間ここを通ると、前出の大垣夜行(※晩年はムーンライトながら)用の車両が留置されているのが見えて楽しみでしたが、昔話となってしまいました![]()
そして、大垣を出て2~3分、電車は信号機の手前でスピードを落とします。赤坂支線が分岐する、南荒尾信号所の場内信号です![]()
この『南荒尾信号所』、昨秋upした関ヶ原の作でチラッと言及しています。その作で使った図を再度登場させます^↓
この南荒尾信号所で、東海道線から美濃赤坂線&東海道下り別線が分岐し、さらに東海道本線上りは垂井線と並走する形となる、大変重要な信号所です(※下り別線と垂井線については昨秋の関ヶ原の作で詳述していますので参照下さい、末尾にリンク)![]()
いよいよ分岐点、渡りポイントで一瞬上り線へ・![]()
さらに、赤坂支線へ北西方に分れてゆきます![]()
信号所から分かれてホントすぐ、唯一途中駅の荒尾駅に停車![]()
片面1線のホームです(※美濃赤坂線は単線)
この荒尾駅、東海道線の車窓からでも意識していればチラッと見えます![]()
"荒尾駅"といえば、鹿児島本線の主要駅・熊本県最北の駅でもある荒尾駅と同名ですが、美濃赤坂駅には"美濃"が付いてるのに、なぜか同駅では付けていません。遠方からの紙切符をこの駅まで買った場合は、熊本と区別するため『(東)荒尾』と表記されます![]()
荒尾駅を出て2分程で、再び信号機が現れ線路が増えてゆきます。まもなく・
貨物列車も停車している、広い構内線を持つ駅へ![]()
終点・美濃赤坂駅に到着しました![]()
(※同線は全線、岐阜県大垣市)
2026現在、赤坂支線の列車は線内折返しのみですが、国鉄時代は本線(※名古屋方面)からの直通運転車もありました。前述の大垣夜行も一時期、美濃赤坂行だった歴史があります。そのため荒尾/赤坂両駅共、ホーム有効長8両位入れる長さです(※僕の目測ですが)
現在発着しているホームは一番駅舎寄りの片面だけですが、
↑以前使われていたと思われる大きな両面ホームが構内中央に残されています![]()
ホームの先は100m程の余裕があり、その奥に終端部![]()
では改札を出て・といいたい所ですが、↑改札口はとっくの昔に撤去され、ICカード簡易タッチ機が辛うじて設置。無人駅です。
美濃赤坂駅は1919(大正8)年開業、駅舎はその当時からのものと思われます。多分J海では屈指の古さだと思います![]()
駅舎内には長~い木のベンチが。昭和感満点の駅です^
なお、無人駅と書きましたが駅事務室には数人、職員さんの姿が見受けられました。貨物扱いをするJR貨物or西濃鉄道(※後述)の係員さんと思われます![]()
美濃赤坂支線のダイヤはけっこう細やかにつくられていて、朝夕は2~3本/時出ている一方、10~16時台の日中は3時間毎にしかなく(※10:52が出た後は13:12、その次が16:07 2026)、通勤通学にやや特化したダイヤとなっています。又、平日と土日ダイヤを見比べるとJRにしては細やかに変えてあり、J海は同線を意外と大事に維持している感じを受けます^![]()
では次に、広い美濃赤坂駅を外からグルっと見ていきます![]()
何より、美濃赤坂支線の存在理由となっているのが、貨物輸送です。先程チラッと貨物列車が写った写真を載せましたが、当地は昔から、石灰石を産出する鉱山がある事で知られ、その鉱石を輸送する貨車が乗入れます![]()
その石灰石貨物列車を美濃赤坂駅で受け渡ししているのが、同駅からさらに北へ延びる貨物専用私鉄・西濃鉄道です![]()
↑西濃鉄道は、JR美濃赤坂駅からさらに北へ延び、鉱山寄りの乙女坂貨物駅までの1.3km間で石灰石列車を運行する、貨物専用鉄道です。かつては乙女坂駅からもっと北の市橋駅までと、西方の昼飯(ひるい)駅までの支線も持っていましたが、2006年廃止になっています(※後程、旧昼飯線の廃線跡を歩きます)
繰返しですが、美濃赤坂駅の構内ホント広いです![]()
↑が石灰石専用貨車、ホキ2000型です。赤坂駅で西濃鉄道のDL⇔JRの電機に機関車を付替え、名古屋の臨海部まで専用列車を日3本運行しています。貨車は、現在当地で石灰石鉱業を行う矢橋工業(株)が所有しています![]()
↑構内にポツンと停っていた、西濃鉄道のDL(※DD403号)
これ以外にも西濃鉄道は数両DLを持ち、他社からの譲受以外にも、同社HPによると2022年にDL1両を自社新製していて、安定的な輸送量があるようです。ちなみに当地から名古屋へ運ばれた石灰石は、製鉄の原料として使われます![]()
赤坂駅の北東端から↑西濃鉄道の線路が北へ延びています。
戦前はガソリンカーによる旅客輸送も行っていて、内燃動車による国私鉄直通運転は全国初だったそうです![]()
あと、赤坂駅ホーム端で、↑もう1両DLを発見![]()
これは・
↑台車が取り外された状態で仮の台に載せられている、
JRのDE10とおぼしき車体。定期検査中のようでしたが、これは西濃鉄道が秋田臨海鉄道(※2021年廃止)から譲受した車と思われます。
ちなみに、赤坂駅前に↑西濃鉄道の本社もあります。又、写真割愛しますが駅前には同社経営の喫茶店『西鉄サロン』もあります^![]()
この西濃鉄道ですが、大垣といえば有名な大手運送会社・西濃運輸とは資本関係も事業等での連携も一切ないとの事です。
構内ウォッチングを終え、次は~
・美濃赤坂へ来たからには、鉄分だけでなく、是非街中も歩いておく事推奨です。当地は、中山道六十九次の宿場・赤坂宿として栄えた歴史があります![]()
駅前から旧中山道へは、歩いてすぐです![]()
↑道左側のひときわ高い木塀、当地の旧家・矢橋家の屋敷です。前出の矢橋工業を始め、矢橋家は当地を創業の地とし、"矢橋グループ"として広く事業を展開していて、過去作で2023年に訪ねたミツカン酢の中埜家とも姻戚関係にあります。
中山道六十九次の内五十六番の宿場、静かな佇まいです![]()
古民家も所々に残る旧街道沿い、岐阜県の地銀・十六銀行も↑レトロ風店舗に![]()
そんな旧中山道に一軒、↑公開民家があります![]()
清水家住宅です(※大垣市指定文化財)
チラッとおじゃまします![]()
当地で石灰石の採掘が始まったのは江戸期からとされますが、それ以前も赤坂宿は、濃尾平野の西端から関ヶ原~近江へ繋がる地勢的にも重要であり、古から数々の文武人もこの地を往来しました![]()
旧清水家の向かい側に、↑大きな公園(※というか広場)があります。ここがかつて・
赤坂宿本陣があった跡地です。江戸期には本陣/脇本陣のほか旅籠17軒を擁し、又同宿は谷汲街道や養老街道との分岐もあったため、各寺社への巡礼者も多く通り、旅人で賑わったといいます![]()
なお、石灰石が産出するのは、宿場街北方にある金生山(※きんしょうざん/かなぶやま どちらに読んでもよい) です。
金生山は化石が多数出土する事でも有名で、考古学ファンの間でも"宝の山"だという事です![]()
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さらに、中山道を西へ歩きます。冒頭前述の旧昼飯線の廃線跡があるとの事で、その方向へ![]()
↑今も営業されていると思われる旅館も。ここには・
脇本陣跡の碑も。
さらに進むと、↑こんもりした小さな丘が。一里塚かと思いきや、これは~
この塚『兜塚』といい、関ヶ原の合戦の前哨戦だった杭瀬川の戦いで戦死した東軍の野一色頼母が葬られたといわれます。杭瀬川とは赤坂宿を流れる川で、赤坂宿は同川の水運でも栄えました。
関ヶ原本戦の前月、同川を挟んで東西両軍が交戦したそうです。なお、赤坂宿には関ヶ原本戦の前日に徳川家康が到着したと伝わり、当地が要衝ぶりが窺える史実です(※現地解説板による)
そして、そんな兜塚の横に・
廃線跡発見!
2006年に廃止された、昼飯(ひるい)線の跡です![]()
旧昼飯線は線形が少し変わっていて、美濃赤坂駅から西方へ分れた後、約1km先の美濃大久保駅で一旦終端となってスイッチバックし、さらに西800m先の昼飯駅まで延びていた路線です![]()
その"一旦終端駅跡"へ行ってみます![]()
↑の写真、真ん中の盛土の左右に線路敷跡があります。この写真手前が、一旦終端となっていた美濃大久保駅側。同駅から
左へ赤坂方面、右へ昼飯方面の線路が延びていました![]()
![]()
美濃大久保駅跡へ![]()
同駅跡に線路は一切残っておらず、完全な空地になっていました![]()
同駅前には今も石灰の会社が![]()
↑ホーム跡と思われる上に、倉庫(?)が建っていました。既に面影薄くなっている美濃大久保駅跡でした・![]()
次に、旧美濃大久保駅からスイッチバックして西へ、終点・昼飯駅の跡へ![]()
約800mで・
道路沿いに残る空地、昼飯(ひるい)駅跡です![]()
今はコミュバスが日数本走るのみの、静かな昼飯ですが・
・この昼飯には、関ヶ原合戦よりはるか古代に遡る、歴史的見所があります。これからそこへ![]()
古墳時代の前方後円墳・昼飯大塚古墳があります![]()
住宅地の奥に、こんもりと大きな丘陵が![]()
着きました、昼飯大塚古墳です。
復元整備の上、公園として開放されています![]()
現地解説板によると、同古墳は4世紀末頃に造られた前方後円墳、東海地方の同形墳として最大級の大きさだそうです。2009年から4年かけて復元整備を行い、埴輪等も復元して配置した本格派(?)古墳です^![]()
本物の横には↑模型もあり、地上からではわからない全体像が把握できます^
"中山道以前"にも、実は壮大な歴史を秘めている美濃赤坂です![]()
墳上に登ってみます![]()
お~
西濃の沃野が一望、爽やかな風を全身に受けます^![]()
なお、同墳には3基の墓室があるとの事ですが、なぜか3基とも詳細な学術調査は行われておらず、被葬者は不明との事で、一説には日本武尊の兄とされる大碓命では?ともいわれます。
それにしても、これだけ大規模な復元整備をしているのに肝心の石室調査が行われなかったというのは、古墳にありがちな"菊のカーテン"も影響ありや?と穿ちたくもなります![]()
しかも、棺の埋葬態様は3基各々形式が異なるとの事で、実は深い謎を秘めた古墳でもあります![]()
(※3基の墓室は復元整備工事後埋め戻され、今もこの古墳の下で厳重に封印保存されています)
古墳から見た、↑滋賀県境に聳える伊吹山、美しく雪を頂いています。過去作で登頂もしましたが(※末尾にリンク)、ここで伊吹山トリビアを一つ![]()
1927(昭和2)年、伊吹山で11.82mの積雪が観測され、公的な記録に残る積雪高として2026現在も世界一だそうです![]()
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美濃赤坂駅に戻ってきました![]()
東海道本線唯一の枝線として貴重な存在の美濃赤坂支線。
そして中山道赤坂宿の歴史、貨物鉄道として独自の歩みを続ける西濃鉄道、古代ロマンを秘めた大型古墳、鉄ちゃんならずとも街ブラ推奨の地です![]()
なお、予測によれば金生山での石灰石採掘、あと50年程で資源枯渇する見込みともいわれています。もしそうなれば半世紀後、この美濃赤坂線は大きな節目を迎える事になるでしょう。西濃の片隅で鉄輪を刻む美濃赤坂線、いつまでも元気で走り続けてほしいと思います![]()
2026年間企画、"岐阜の5私鉄"・第1回でした。冒頭告知の通り、岐阜県内を走るローカル私鉄を一年かけ、一般作を挟みながら断続連載していきます。お楽しみに^![]()
☆近隣・関連作リンク↓
vol.507 天下分け目の関ヶ原 昔も今も"東西が交わる里" 関ヶ原古戦跡ブラ | 旅ブログ Wo’s別荘
vol.349 2020滋賀① 湖北ツーリング 伊吹山~賤ケ岳~木之本他 初夏の奥琵琶湖を走る | 旅ブログ Wo’s別荘
vol.463 実は"超歴深路線" 愛知・武豊線 (醸造の街 半田/武豊街ブラ付) | 旅ブログ Wo’s別荘









































































