2026年、1発目です^
本年も宜しくお願いします![]()
滋賀県の主要都市といえば、京都と近接し、琵琶湖の南端に位置する県都・大津市。そして知名度でいえば日本の交通要衝である米原も有名、又、県北部の彦根市&長浜市も古都として知られますが・![]()
上記いずれも湖国を語るに欠かせない街で、過去作で何度も訪ねましたが、今作では"滋賀県の現在/過去/未来"にとって、実はもっと重要では?という街を、当別荘初訪問します。
その地とは~
県中南部・湖南の、草津市です![]()
当別荘新年恒例・東海道五十三次ブラ、今回は東海道と中山道が分岐する地点、草津宿を歩きます。早速スタートします^![]()

JR琵琶湖線・草津駅に着きました^![]()
京都駅から新快速で約20分、大阪駅からでも1時間足らずで、京阪神へまぁ無理なく通える通勤エリアです![]()
この後旧東海道を歩きますが、今作は先に鉄ネタから^![]()
JR草津駅、鉄的に大変重要な駅です。単に主要駅というだけでなく、草津線との分岐駅、そして京阪神近郊区間の象徴ともいえる西明石~草津駅間の複々線東端でもあります。
そのため、大阪方面からの電車は同駅を境に以東は本数が減るため、その意味でも前述の"京阪神通勤圏の端"となっています(※但し朝晩は、3駅米原側で車庫のある野洲駅まで運転の便も多い)
草津駅は橋上駅、3面6線で、琵琶湖線上/下と草津線で各1面づつ発着しています![]()
駅の米原方で複々線4線は2線に収斂し、草津線が柘植方へ分岐していきます![]()
↑草津線ホームに、そろそろ古株の類に入ってきた221系が停っているので見にいきます^![]()
少し以前までの草津線は、向日町所属の117系や115系等、懐かしい車両がふつ~に走っていましたが、近年更新がすすみ、この221系でも古く見える時代になってしまいました。2025現在は、本線新快速と同形式の223/225系が主力になりつつあります![]()
草津線といえば、10月upの信楽線の作で貴生川駅を訪ねましたが、通勤通学需要がけっこうあり、朝夕は京都駅まで直通する便も設定。琵琶湖線上り線からもオーバークロス橋を跨いで草津線へ入れる配線になっていて、国鉄時代からの余裕設備が生かされています![]()
そんな草津駅、改札を出た↑自由通路は人の往来が多く、滋賀県内の駅ではもうほとんど見られなくなった駅そば店やみどりの窓口もあり、僕の感想ですが県下一賑わいが感じられる駅だと思います![]()
それもそのはず、今草津市はいろんな面で、"滋賀県で一番活気がある市"として鳴らしている街なんです![]()
"草津市がなぜ、県下一の活気ある街といわれるのか?"、やはり基本は、JR琵琶湖線の強力アクセスのおかげなのは勿論ですが、それ以外にも同市には数々の魅力的要因があります![]()
琵琶湖の自然と湖南の山々に囲まれた美しい環境の中に、ほど良い便利さや子育て環境を兼ね備え、近江のいい事全部盛り!みたいな所。更に近年、京都方の隣に南草津駅が開業して以降は一層住みやすい街づくりが加速し、立命館大学も誘致出来た事から、開業わずか17年で南草津駅は新快速停車駅に追加されました![]()
(※JR神戸/京都/琵琶湖線で"新快速停車駅"かどうか?は、物凄く意味があります)
人口約15万(2025)、既に彦根市を抜き大津市に次いで県下2位、若年人口率は常に県トップクラス、住みたい街ランキングでも近年は草津市が毎年県下1位です![]()
又、山地と琵琶湖に挟まれて開発の余地が少なくなってきた大津市に比べ、広がりを持つ平野部に位置する草津は湖南地区各市と連携しつつ将来展望も開け、道路の面でも、国道1号と8号の分岐に近く、名神/新名神の分岐点である草津は車で動くにも便利です![]()
そんな、将来性ある草津市ですが・
実は昔の人も、"草津は地の利あり!"という事をちゃんと知っていました^。
東海道の宿場町として栄えてきた歴史を持っています。
という事で、ようやくw今作のテーマ・東海道ブラへ入ってゆきます^![]()
東口を出ると~
駅前歩行者デッキに↑瓦付きのゲートが。もうここから"東海道感"を出しています^![]()
旧東海道の石柱も駅前にしっかりと^![]()
行ったのは昨年11月下旬でしたが、↑少々気の早いクリスマスツリーが^![]()
東口駅前には↑草津近鉄百貨店が聳えます![]()
大津西武が2020年に閉店後は、同店が滋賀県唯一のデパートとなっています![]()
勿論、滋賀県といえば平和堂、草津駅前にも。東口の店は昔からある店舗ですが、近年西口にも平和堂が核の大きなSCが出来、ホント住みやすそうな駅前風景です^
駅周辺に数店舗ある↑"うばがもち"のお店![]()
江戸期・東海道宿場時代から当地の名物で、もち米のお団子を餡で包んだ"高級なぼたもち"(?^)状の和菓子です。草津でお土産といえばこれ^![]()
なお草津のお土産で少し余談ですが、この草津市、全国の旅行者から『群馬の草津温泉』と勘違いされがちだとの事。実際、同市の観光案内所等に「温泉はあるのか?」との問合せが通年あるそうです![]()
それを逆手にとった近江草津市では先般から↓"温泉ないまんじゅう"を発売、関西っぽい洒落心で人気を博していますw
↑温泉ないまんじゅう、温泉マークの焼印に取消の斜線が入っていますw![]()
(※この近くで温泉といえば、大津市の雄琴温泉が有名)
東口平和堂の角を大津方へ曲がると、そこが旧東海道^
歩を進めてゆきます![]()
旧東海道に入ってすぐ前方に、何かとアンダークロスして地下道状になっている形状が現れます![]()
これは・
このアンダー地下道の上は~
上れる階段がありこちに。行ってみると・![]()
上は、長細い公園になっています![]()
ここは、旧草津川を付け替えた跡地で、草津川はこの付近で天井川になっていたため、地平より高い位置に川が流れていました。そのため、道路はこの下にトンネル/地下道で横切っています![]()
お読みの方々には釈迦に説法かと存じますが、"天井川"とは?について簡単に^↓
河川に治水のため堤防を築くと、川の範囲が確定され、堤の内側に上流からの土砂等が堆積していきます。それに対応すべく堤防の高さをカサ上げし、さらに土砂が流れてきて河床が上昇、そのため又堤防を高くする・・という繰返しの結果、川が地平より高い位置を流れるように。
なので、道路や鉄道が川を越えるためには橋ではなく、河床下にトンネルを掘って交差するという恰好となり、これが"天井川"という事象です![]()
全国に分布するそうですが、特に関西に多いとの事で、琵琶湖線も草津駅西方でこの旧草津川の下をくぐっています![]()
なお昔話ですが、1874年に大阪~神戸間に鉄道が開通した時、日本初の鉄道トンネルとして掘られたのが、石屋川の下をくぐる天井川トンネルでした(※住吉~六甲道間が高架化され現存せず)
話は草津川に戻り、駅や市街中心に近いこの天井川は防災上の懸念もあった事から付替え工事が行われ、2002年に草津川は大津側約500mのところへ移設されました。その跡地が、この天井川公園に生まれ変わりました(※市営草津川跡地公園)![]()
この日、コーヒーフェスが開催中で、県内各地からカフェが出店、いい香りが漂っていました![]()
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天井川の話が少し長くなりましたが
、旧東海道草津宿の見所は、天井川をくぐった西側に集中しています![]()
旧草津川の横に、1基の大きな灯篭が。
これは・
↑草津宿・追分道標です(※草津市指定文化財)
この地点がまさに、東海道と中山道の分岐点でした。冒頭に、草津は名神/新名神の分岐があり、隣の栗東にR1と8の分岐もあると書きましたが、昔から草津は"日本の追分"として、米原にも勝る日本の要衝でした。この常夜灯は1861年、江戸末期の設置で、柱には『右・東海道いせみち 左・中仙道美のぢ』と刻まれています![]()
さらに進むと~
ひときわ大きな古屋敷が街道筋に。
これは・
草津宿本陣です。復元ではなく本物です(※国史跡)
本陣の建物がほぼ往時の姿で残るのは、当東海道ブラ枠で2012年に訪ねた三河・二川宿とここだけ、という貴重なものです![]()
内部見学します![]()
受付を済ませ、いざ本陣内へ^
お~
部屋数が多い!^![]()
20年近くブログ書いててもっと気の利いた感想書けないのか?!というお声も聞こえそうですがw
、でも毎回こういう昔の屋敷に入ると、現在の常識では計れないその豪勢さと余裕のつくりに感嘆します^![]()
一番奥には、殿様が滞在した"上段の間"![]()
名の通り、一段高くなっています^
部屋群に接する広い土間![]()
かまど(おくどさん)も多数。ちなみにこの草津宿本陣、部屋数39室、畳にして計268畳半、東海道中の本陣で最大規模との事。最大で約70人収容できたそうです。しかし、前述の通り東海道/中仙道分岐点である同宿は大変需要が高く、もう一軒あった本陣(※後述)や2軒の脇本陣も時期によって満杯になる事があり、参勤交代等を司る家臣は調整が大変だったそうです![]()
なお、当時も"宿泊は原則予約制"だったとの事で、勿論電話もネット予約wも無かった当時、事前に伝令や飛脚を遣わせて予約していたようで、本陣では宿泊当日『〇〇殿御宿』等の表示を門に掲げて奉迎したとの事。
戦後しばらく公民館として使われていた(!)そうですが、平成期に原形修復工事が行われ、1996年から一般公開されているとの事です![]()
本陣裏手には、土蔵や井戸等が![]()
その一角に、↑2014年にオープンした『楽座館』があります。同館内は撮影禁止ですが、史料やパネル展示で草津宿への知識が学べます![]()
本陣を出て、大津方へもう少し歩きます![]()
前述の通り、東海道の中でも重要地点だった草津宿。本陣/脇本陣各二軒のほか、一般旅客が泊まる旅籠72軒、木賃宿(※素泊の安宿)100軒以上を擁し、大規模宿場として文字通り東西南北への集散地として賑わいました。現在の草津市の活気は、実は江戸時代からの流れが脈々と受け継がれてきた賜物ともいえます![]()
沿道のマンション、↑エントランスや低層部分に瓦・木塀があしらわれている建物が多く、街あげて景観保持に取り組む様子も![]()
↑の古民家、先程チラッとふれた"もう一軒の本陣"・田中九蔵邸です。現在こちらは民家となっていますが、先程の現存本陣の当主も姓が同じく田中で、各々"七左衛門本陣"&"九蔵本陣"と呼ばれたそうです(※当主名は代々襲名)![]()
街道筋には、地域FMのスタジオやポケットパーク、各種交流施設等も多く、先程の旧天井川跡公園とも相まって、観光にも増して地域住民の街おこし拠点になっています![]()
そんな旧東海道を歩くと、もう一つの見学スポットが![]()
市立草津宿街道交流館です。ここにも史料展示があり、本陣との共通券もあるので、本陣に行くならここも見学推奨です^![]()
残念ながらここも2階の展示室は撮影禁止でしたが、往時の街並ジオラマや旅籠での食事再現、映像コーナーもあってgoodでした。そして、1Fロビーでは・
↑"浮世絵版画自作コーナー"が^
4種の木版の上に各々違う色を塗り、その上に紙を載せバレンで順にこすると、広重の四色版画が出来上がるというもの^![]()
出来た版画が↑、僕のやり方が下手で少々色が薄いんですが、確かに広重の浮世絵ですw![]()
そんな街道交流館を出て、少しすると・
酒蔵が現れる![]()
清酒『道灌』を醸造している、太田酒造です。
"道灌"で"太田"といえば、アノ江戸城築城で知られる太田道灌ですが、この太田酒造家の遠祖が道灌だとの事で、同社HPによると、『道灌公から数えて六代目の子孫・正長が幕命を受けここ草津へ移住、草津宿政所としての役務を果たしながら裏では大名の動静を探る"かくし目付"として暗躍(?^)していた』との事。
明治維新後に当地で酒造を始めたという事です。いかにも東海道/中山道の主要宿地らしいエピソードと思います![]()
東海道ブラシリーズ、今年で18回目となりますが、どの宿場も歩けばホント、思いがけない逸話が滲み出てきます^![]()
現在では民家や一般店舗となっている建物にも、東海道ゆかりの地点には案内板があり、往時何があったのか想像できるようになっています![]()
立木神社が見えてくると、観光客が歩くエリアはそろそろおわりとなります![]()
交通安全や厄除けの社として知られ、写真割愛しますが境内には県下最古の道標が移設されています。祭神は武甕槌命で、同神が茨城の鹿島神宮から奈良の春日大社へ移動の途次、当地に柿の木を植えた事から立木神社との名になったとの事。地味ながら実は東西の超有名社との縁があります。
立木神社を過ぎると、↑もう全くふつ~の道に![]()
そして、草津川を渡る橋に。
冒頭の旧草津川(※天井川)は、約500m離れたここへ付け替えられました![]()
この川からさらに進めば、南草津駅エリアへ至ります![]()
橋梁を走っていく新快速が遠くに見えます![]()
ここで折返して、駅へ戻ります![]()
↑ご当地マンホール発見^
"歴史に裏打ちされた活気"を持つ草津市、今後も発展を続けるに違いありません^![]()
今まで『来ようと思えばいつでも来れる』と思いつつ、結局今回初めて目的地として歩いた草津宿でしたが、よく通ってるんだから今後は時々途中下車しようと改めて思いました
。街ブラは勿論、草津駅周辺で買い物してから帰ったら便利じゃないか!と再認識した次第ですw^![]()
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vol.483 京阪大津線で巡る 石山寺&三井寺【滋賀県シリーズ再起動】 | 旅ブログ Wo’s別荘
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