2017年も残りわずか、年の瀬になってきました
「た」シリーズ、この時期恒例となってきた『酉の市』、今年も行ってまいりました^
昨年の「た」酉の市作では、新宿・花園神社へ行ったんですが(vol.242 16.12.9up)、繁華街に立地するだけあって、押すな押すなの大混雑でした
今年は打って変わり、住宅地にある、わりと静かめ^な酉の市へ、2ヵ所行ってきました。
ではスタートです^
本年のスタートは、東武スカイツリーライン(※伊勢崎線)・竹ノ塚駅です。
東武線、同駅付近は都内にありながら地上線のまま、長年これといった改良もされず、複々線の線路にはひっきりなしに列車が走り、『開かずの踏切』が大問題となってきましたが、近年高架化工事が始まり、ようやく完成が近づいてきたとの事です
そんな工事中の竹ノ塚駅、↑仮入口の前に現れた怪しげな男、「た」でございますw
今年は前述の通り、2神社訪ねたいと思います。
まず1社目、竹ノ塚駅から徒歩で
竹ノ塚といえば、足立区北部の主要地点、特にマンションや団地等の集合住宅が林立しています。
この日、「た」の行いがわるいためw、雨の中歩いていきます
冷たい雨が降る11月の末日、今年(2017)は三の酉があります
道すがらにあった↑路傍の石仏さんに、珍しく足を止める「た」^
「た」が、道の途中で足を止めるといえば、大抵"野菜の無人直売所"というのが定番なんですが(笑)
足立区内は、こういう野仏さんが各所に見られます。
竹ノ塚駅から徒歩約20分、↑島根鷲神社到着
(※足立区島根)
↑紅白幕と、電光式の奉賛者芳名表が独特の雰囲気を出しています
しかし、それより気になったのが、酉の市の日なのに、神社が近づいてきても人通りがほとんどない事
この時点で、時刻正午前です。ホントにやってるのか(笑汗)
↑正面の鳥居から、神社内へ
境内には、↑テントが数張設えられ、パラパラと人がいました。
やっているようですw
辛うじて、↑熊手屋さんが1軒。
この神社、「た」から今年はここにしようと提案があったんですが、こんなローカルな神社よく調べたなぁ・
↑手水で身と心を清め(?)、参拝。
このシリーズで過去行った酉の市の神社、「鷲」「大鷲」と書いて”おおとり”と読ませる神社が大半なのに対し、この島根鷲神社は、
そのまま『わし』と読みます
例年のごとく、神前では大人しくなる↑「た」w
・神社にあった由緒書によると、太古、ここ足立区島根付近が海岸線だったといい、神々が船で着いた所が、現在この神社がある地だというんです。神話の世界です
当地、『島根』の地名は、海岸線の入江だったこのあたりが、島から出た根のように突き出た地形だった事に由来するとの説もあるそうで、同社創建時は”浮島明神”とも呼ばれたそうです。
その後、鎌倉時代以降『鷲大明神』として地元の崇敬を集め、社伝では文保2(1382)年中興したとあります。そこからでも、約700年の歴史があるという事になります
祭神は、過去作の酉の市神社同様、主神は日本武尊ですが、同社では氷川神社や八幡神社等、多数の神様を兼祀しており、静かな雰囲気のわりには、盛り沢山な内容を包含している神社です^;
本殿脇では、"ミニおかめ"の縁起物が売られていました
都内の酉の市では珍しいそうです。
そしてこれも、当別荘で訪ねた酉の市では初なんですが、↑甘酒の無料接待をやっていました。
参拝者が地元の方々中心の、小じんまりした神社だから出来るサービスだと思います。「た」と2人で有難く頂きました
久々の懐かしい味に舌鼓、この日雨で寒かったので温まりました。
なお、ここの甘酒はノンアルコールとの事で、自転車やバイクで来てもOKです
立派な↑舞台もあり、当地に伝わる神楽『島根ばやし』の公演も行われるとの事。足立区で神楽を伝承している神社は、同社のみだそうです(※足立区無形文化財)
閑散としているのに、実は知られざる重厚な歴史を持つ、太古は海岸だったという島根鷲神社です。
駅から多少離れているというのも参詣者が少ない理由の一つですが、しかし2013年にこのシリーズで訪ねた同じ足立区の花畑大鷲神社は、ここ以上に鉄道駅から遠いにも拘らず、毎年沢山の人出で賑わいます(※13.12.21up vol.159)
花畑の場合、『酉の市発祥の神社』という特別な地位もあり、知名度が高いのが理由ですが、それにしても、今年は「た」が、掘り出し物の神社を見つけてくれました^
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場面ガラッと変わり、2社目です
もう1社へこれから向かいます。
島根鷲神社から歩いて、↑国道4号(※日光街道)に出ました。
R4を走っている、北千住行の都営バスに乗ります
ちょうど信号待ちで停っていたバスに、タイミング良く乗れました
北千住駅に入ると、「た」名物の↑"突コ"
(※"突コ"=何の前触れもなく空気も読まず、駅頭でいきなり缶コーヒーを飲み始める事)
但し「た」は、去年入院してから糖分摂取は厳しくドクターストップがかかっているため、今は無糖しか飲めません
乗った電車で目当ての席に座れず、↑落胆している「た」w
北千住から常磐線各停で、↑金町駅下車
都内のJR駅では、総武線の小岩駅と共に、最東端に位置する駅です(※隣駅は千葉県・松戸駅)
都内の駅にしては、ややこじんまりした感もうける、↑金町駅北口^
この後行く神社は、北口を出て東北方向にあります
その前に、駅前にあった↑激安のうどん店で腹ごしらえ^
「た」が以前、来た事があるというので入ってみたんですが、出汁が関西風というより、関西よりさらに薄い感じでちょっと驚きの味。この味が東京下町の人に受け入れられているんだろうかと心配になる程の薄さでした^
でも、その心配は無用で、昼食時には少し早い時間にも拘らず、僕らが入った直後から店内は次々来店するお客で満席。でも僕としてはもうちょっとダシが利いてればなぁ~と思いました^
駅から神社の方向へ伸びている商店街、↑昌明通りを歩きます
アーケードのないローカルな商店街でしたが、ホントにのんびりした雰囲気で、「た」も気に入ってました。
↑うなぎ屋さんの香りに誘われ、怪しげな動きをしている「た」w
↑”純喫茶”、最近なかなか見ないネーミングです
昭和を感じる商店街です^
昌明通りを抜け、もう少し歩くと・
↑の大きな看板
これから行く2社目の神社、葛西神社といいます。
さらに神社に近くなると↑の石柱
葛西神社の上に"郷社"と書かれてますが、その郷社の字だけセメントで埋めて覆っています。
戦前の国家神道の頃には"官幣大社"や"縣社"等、神社は国にランク付けされていましたが、終戦後GHQの指示で廃止されました。「た」はなぜかこの石柱に興味深々で、写真を撮りまくってました
石柱の横面、↑揮毫した旧陸軍大将の名を見た「た」は、『この大将は戦後、戦犯裁判にかけられ・・』と僕に解説を始める。
なぜか思わぬ事に、部分的に詳しい「た」w
そんなこんなで、金町駅から約20分弱で神社の鳥居がみえてきました。
1社目の島根鷲神社と同様、住宅地の中にあります
葛西神社に到着しました(※葛飾区東金町)
ところで”葛西”といえば、東京メトロの葛西駅やJRの葛西臨海公園駅等、海寄りのイメージがあるかと思います。
しかし元々、葛西という地名は、葛飾区や江戸川区全域に渡る、現在の都内東部全域を指す古名だったようです
同社は、香取神社の神様を分祀したのが起こりとの事です。
境内へ
先程の島根鷲神社と同じく、静かな"地元の神社"という感じだったんですが^、でも島根社には無かった民営(?^)の露店や、熊手店も複数あり、島根社よりやや賑やかな感じもしました
島根鷲神社と同様、↑立派な舞台がありました。
島根社では『島根ばやし』が伝承されている件を紹介しましたが、葛西社も『葛西ばやし』が伝わり、祭礼時にこの舞台で披露されてるそうです
重厚なつくりの、↑本殿です。
前述の通り、香取神宮の神様を勧請し創建された葛西神社。同社にあった解説板によると、1184(元歴元年)創建と伝わります。
鎌倉幕府成立の少し前には既に建っていたという古社です
毎度何を祈っているのか、神前だけは神妙な表情をみせる「た」w
なお、祭神は勧請元の香取神宮と同じ経津主神ですが、日本武尊も併祀されており、そのため酉の市を行っているという訳です^
2社参拝を終えて、↑珍しく爽やかな表情で本殿前に立つ「た」w
今年の酉の市は、マイナーですが特徴ある2社を訪ねました
↑金町駅に戻りました。
今作ゴールとします
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・で、この後は「た」の本拠地、浅草のた馴染みの店で飲み!
という段取りになっていたんですが・
東武浅草駅に着いた時、「た」から急遽提案が
『まだ時間少し早いから、浅草でもう1ヵ所行こう』
急遽、3ヵ所目に行く事になりました
但し3ヵ所目は神社でなく、お寺です。
浅草駅から、外国人で賑う浅草寺と逆方向、二天門からさらに内陸側へ歩きます
浅草といっても、観光客が闊歩する街中から少し外れれば、↑の静けさです
先程まで降っていた雨が止みましたが、↑スカイツリーの上半分は、まだ雲の中です
言問通りを過ぎて、少し外れた所に、↑こんもりと緑が茂る一角がありました。
「た」が急遽行こうと言ったのは、ここです
待乳山(まっちやま)聖天といいます。
正式名:本龍院(※聖観音宗)
待乳"山"の名の通り、境内に入るとホントに小高い丘になっていて、その頂上に本堂があります。
この待乳山、同寺HPによると推古天皇の時代(※6世紀)に、突如地面が盛り上がって出来た丘だそうです(ホントか?^)
そこに金の龍が降臨し、丘を守ったそうです。
その後当地で飢饉があった際、今度はこの地に観音様が降臨。人々を救い、以来ここに聖天様が建立されたとの事。
同寺は浅草寺の系列寺で、浅草寺の山号『金龍山』は、この待乳山の故事からと言われています
このお寺、お供え物に特徴があります。
本堂の入口には・
↑大根が彫られています
そして本尊前には、↑沢山の本物の大根が供えられています。
この大根、お供え用として寺務所でも売られていて、大根をお供えする事は、身体強健、良縁、夫婦和合の功徳を表しているとの事です
本堂の横には”庭園”もあるとの事で、見学します
お~
浅草とは思えない↑鬱蒼とした雰囲気の庭です。
所々紅葉もみられ、古代武蔵野をも彷彿とさせます
片隅にあった、野仏様の笑顔に癒されます^
ちなみに”待乳山”の地名由来は諸説あるそうですが、古代この近辺は泥だらけの湿地だった中で、ここだけが『真土』だったことから『まっち』の名になったという説もあるとの事
恥ずかしながら僕は、この日「た」に誘われるまで、このお寺の存在さえ知りませんでした。
さすがは、上野/浅草を"本拠地"と自語している「た」ですw
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そして、「た」が行きたいお店の開店時刻がきました
浅草六区近くへ移動
・「た」馴染みの店到着、↑止まり木で落ち着いたところで、年末吉例の手抜き作w、お開きにしたいと思います
次作は、恒例・『大晦日のアレ』です。一年経つのはホント早いです
昨年と同じく、年間ベスト10をおおくりします。既に順位もほぼ固まり、現在仕事の合間に編集をすすめております。
お楽しみに!
(※2023.7 文一部修正)