こう短期間に、大臣が変わると、いったい前回の内閣改造はなんだったんだろう、と思えてしまう。
たった、数十日の任期でも、
『元○○大臣』
というプロフィールが製作されるのであろう。
大臣を経験したかってことよりも、
大臣になって何をしたかってことが、大事なはずなんですけどね・・・。
親が政治家、祖父が政治家という人達ばかりである。
内閣が、そうだというより、自民党の議員さんの6割ほどが、由緒正しき“血統”であるらしい。
これは、どういうことなのか?
私は、日本人の性格だと思う。
日本には、天皇という制度がある。
外国からすれば、王族である。
その王族が、(ウソかホントかは別として)千年以上続いているってことは、かなり異常である。
個人的には、天皇制を批判する気はないが、
外国人の感覚では、「なんで王族が変わらないんだ?」と思うでしょう。
ここが、日本人が日本人である理由かもしれない。
つまり、「支配されたい」というマゾな感覚が一般的なのではないだろうか。
支配するため傷付き、戦うくらいなら、
例え苦しくても、安定して、支配されている状態の方がいい。
日本人のアイデンティティーは、その「被支配欲」にあると思う。
そう考えると、国会議員が世襲制であっても、何も問題がない。
どんなに“ろくでなし”であろうと、訳の分からぬ人物よりは良い。
どんなに“おバカ”でも、知らない人よりは、知っている人が良い、と。
「被支配欲」が根底にあるならば、支配する人に求めることは、安定である。
ずっと、支配しておいて欲しい、というのが理想の形なのだから。
私個人としては、この「支配する・される」ということが、よく分からなく。
なぜ、この人達の言うことを聞かなくてはならないのか?
なぜ、この人達は、言うことを聞いてしまうのか・・・。
支配するということ。
支配されるということ。
なんとなく生きてきてしまった私には、
この問題が人生における解決しないといけないテーマとなっていますね。