やる気・・・そんなものは存在しない。
「やる気、満々!」なんて冗談では言えても、本気で言うことはできないもの。
何かをしようと思うと、当然「面倒だな」という気持ちになる。
どれほど好きなことだって、この「メンドクサイ」という呪縛からは逃れられない。
変化するってことは、「メンドクサイ」ことなのである。
やる気が出ないから、気分転換・・・これも、無駄。
いくら待っても、やる気なんてものは出ない。
やりたくないことが、急にやりたいことに変化するなんて確率は皆無。
やらざるを得ない状況だから、やる・・・それが本音でしょう。
だから、「やる気を出せ!」ということを言う人間が嫌いだ。
ないものを出せなんて、無茶なリクエストだからである。
やる気うんぬんはどうでもよく、実際にやるかどうかが重要なのだから。
「なんだか最近何もする気がないな」
私もそう思うことがよくある。
ただ、寝ていたい。
仕事もせず、ひとりでいたい。
そう思うこともある。
じゃあ、ずっと寝ていたら満足するかっていうと、そんなことはない。
仕事もせず、のうのうと暮すことが、満ち足りた生活なんてことはない。
やる気が出ない・・・そう思ってしまったら、要注意!
そんな時は、自分の「やる気」についての思考を一旦停止することが大切。
「やる気」について考えない。
とりあえず、しなきゃいけないな、と思っていることに手を付ける。
気分が乗っていないから、当然効率の悪い作業になるかもしれないが、
何もしないよりは、少しは変化してくれる。
状況が変化すると、気分が乗って来ることもある。
状況が変化しないと、気分なんてものは、なかなか変わってくれはしない。
やる気があるかどうかを気にしない。
そもそも、「やる気」が存在しないのですから。
「なんもしたくねえ。だりぃ、だりぃ・・・」
なんて思ってしまう時は、本気で何もしないこともお勧め。
この「本気で何もしない」のは、体験してみれば分かることですが、数日で苦痛になる。
いや、一日でも、苦しくなるでしょう。
ただ、じっと寝ているだけ。
その苦痛は、肉体的にも、精神的には、常人に耐えられるもんじゃない。
ひきこもりを解決したいなら、徹底的にひきこませることがいいと思う。
外部と一切連絡が取れないくらいのひきこもりをしたら、何か変化するでしょう。
逃げ場ない、自由を与えることが、生きるという不自由さを楽しむきっかけになると思う。
やる気を口にする人、やる気を人に求める人。
どちらも私は信用しない。
存在しないものは、あたかも存在するが如く言う“ペテン師”なのですから。