NGOのスタッフが、アフガンで殺された。
どういう経緯なのかは、これから判明するのかもしれないが、
やはり、「外国人」に対する風当たりは強いのではないだろうか。
どれほど、現地の人を思い、どれほど献身的に仕事をしたにせよ、
それを好ましく思わない人達はいる。
なにも、アフガニスタンに限ったことではない。
日本にいたってそれは同じである。
国や地域により、危険度は、やはり異なる。
日本の治安が悪くなった・・・なんていう識者もいるが、
まだまだ若い女性が深夜一人でフラフラ歩けるのが、日本。
「そんな時間に歩いているから事件に巻き込まれるんだよ」
なんてコメントしたら、バッシングの嵐になるほど、治安のいい、日本。
それに比較すれば、アフガニスタンは確かに危険な地域である。
でも、だからといって、現地の人がすべて危険ってことではない。
秋葉原で、通り魔殺人があったからといって、あの街が危険というわけでもなく、
派遣社員が、すべて通り魔になるわけでもない。
あくまで、一個人の犯罪であり、それを一般化してしまうのは、偏見である。
アフガニスタンの場合、一個人レベルではないだろうが、おかしな集団は、どの国にもある。
アフガニスタンが危険という偏見は、行き過ぎなのかもしれない。
外国人を排斥したい。
これも、どの国にもある本音。
日本人だって、今の相撲界を100%受け入れていないってのが、本心だろう。
「どこの国の国技だい?」って状態ですから。
異物を排除する。
これは生物に備わった、生命維持のための本能である。
「免疫」とは、つまり異物を排除するシステム。
だからこそ、人は自分と異なるものから、排除しようとしてしまう。
良い悪いってことではなく、それが生命の基本なのだから。
外国で生きることは難しい。
どれほど現地に溶け込んだとしても、それは“同じ”ということではない。
あくまで、異物が“溶け込んだ”ということである。
殺された男性にとって一番嫌なことはなんだろう。
それは、日本人がアフガニスタンに対する偏見を強めることではないだろうか。
どの国にだって、無茶苦茶な奴はいる。
どの地域にだって、すばらしい人物はいる。
いま危険な地域が、未来永劫“危険地帯”であることはない。
いま平和な地域が、ずっとそれを維持できる保証もない。
偏見をなるべく持たないこと。
先入観をなるべく抱かないこと。
それが、アフガンで死んでいった男性に対する何よりの供養ではないだろうか。