人生の中で、「自由」ほど価値のあるものはない。
私はそう、考えている。
しかし、厄介なことに、自由であろうとすると、
現代社会では、けっこうお金がかかってしまう。
お金なんてなくても、「自由」にはなれる。
そういう人もいるかもしれない。
確かに精神的には、お金があろうとなかろうと「自由」を満喫できる。
しかし、したいと思うことを実現するためには、やはり金銭が必要になることが多い。
お金があれば「自由」になれるってもんじゃないが、
お金がない「自由」は、自由の幅が狭くなる。
さらに厄介なことに、お金には「自由」を奪うという性質がある。
お金があればあるほど、幸せになれるか?
この問いに対する答えは、簡単。
なれません、のひと言です。
お金があればあるほど、よりお金が欲しくなる。
使い切れないだけのお金があったとしても、さらに数字を増やしたくなる。
これはお金の本質が、「幻想」だからです。
元々、実体のない「幻」に過ぎないものなので、いくらでも手に入ってしまう。
いくら、お腹がすいたとしても、食べられる量に限界はある。
が、貯金通帳には、限界がない。
だから、のどが渇いて海水を飲むが如く、
手に入れば入るほど、さらに手に入れたくなる。
こんな状態に「幸福感」なんて存在しない。
もし、いくらでも手に入れたい、という“悪魔のささやき”を克服できたにせよ、
今度はいまある財産が減ってしまうのではないか、という恐怖がつきまとう。
金銭は、増加する。
ということは、減少だってする。
にもかかわらず、減っていくという当たり前のことに恐怖を感じてしまうのが、
「幻想」たる金銭の魔力。
「元々、生まれたときはゼロだったんだから、すべて失ったとしても、どうってことじゃない」
そう思える人は、ほとんどいませんもんね。
「自由」を謳歌するために、努力してお金を貯めても、
そのお金によって、「自由」が制限される。
貯まれば貯まるほど、それを失う怖さは肥大する。
人生において、「自由」ほど貴重なのもはない。
しかし、「自由」を自由自在に扱うことは、まさに困難極まりないことです。