関西人の「ネタになる」という発想法。 | まるたけ整体 公式ブログ

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「札幌市 厚別区 JR厚別駅 徒歩3分 筋膜のコリをほぐす専門店」

不慮のアクシデントが起こったとき、大事な場面で失敗したとき、

「なんて自分は不幸なんだ・・・」

そう感じてしまう人が多い。


でも、関西で生まれ育つと、ちと違う。


失敗しても、アクシデントが身に降りかかっても、

「これって、ネタになる」

と自然に思えてしまう。


この「ネタになる」という発想法は、実に痛快なものだ。


同じ出来事でも、視点を変えれば、価値も変わる。


例えば、進学に失敗した子供がいるとする。

希望の学校には入れなかったことは、「失敗」かもしれない。

しかし、その学校に入らなかったことで開ける道もある。

人生をトータルで考えれば、その「失敗」こそが「成功」へのプロローグかもしれない。


どんな失敗も、どんな欠点でも、

他人にとっては、どうってことないことです。


人間が抱える病のひとつに、「自意識過剰」という病気(?)がある。


人は、ほぼ他人には興味がないものです。

これは、ある意味、絶対の法則。


昨日、誰に会ったか覚えていても、

その人がどのような服装をしていたかなんて、まず覚えていません。


寝ぐせがあろうと、化粧が落ちていようと、

本人以外にとっては、一瞬の記憶に過ぎない。


笑っちゃうくらい、他の人のことなんてどうでもいいものです。

だからこそ、失敗だの、欠点だのいったところで、

本人以外にとっては、「ああ、そうだっけ?」で終わり。


とはいえ、この事実を簡単に理解できない心情もよく分かります。


自分の欠点が気にならない人はいないですし、

やってしまったミスを、気にしないでおこうとすればするほど、気になってしまうもの、事実。


ここで、発想の転換に効く“魔法の言葉”の登場。


それこそ、「ネタになる」なんです。


失敗話の最大の価値は、他人に安心感を与えるということ。

自分の失敗は笑えなくても、他人の失敗には思わず笑ってしまうのが、人間。


それは、いびつな優越感を刺激するということではなく、
失敗に伴う「人間臭さ」を感じさせるということ。


成功した話より、失敗した話のほうが面白いことが多いですからね。


関西では「笑い」が、価値基準のトップです。


子供の頃から一目置かれる存在とは、

頭がいいでも、カッコイイでも、スポーツ万能でもない。

面白い。

これこそが、関西人の価値基準の根幹です。


「ネタになる」というスイッチが頭の中にあると、

アクシデントにも対応できる。


自分に責任がないと思える不幸にも、

「これってネタ的に、おもろいな・・・」と思えれば、

そのつらい現実にも、一筋の光が見えてくる。


人生を楽しく生きるためのポイントは、見る角度を変えること。

事実はたった一つですが、その人にとっての真実は、視点を数だけ存在する。


視点を変えるひとつの方法として、「ネタになる」という発想法がお勧めです!


関西人がすばらしい、なんてこれっぽっちも思わないですが、

この「笑い」という文化だけは、誇りに思っています。