グローバルな社会になり、人や物が世界を行き来するようになりました。
その地域には存在しなかった動物や植物が、故意か偶然かは別にして、元々あった種を凌駕する勢いで増殖することがある。
有名どころでは、ブラックバス。
いまや日本中のほとんどの湖に生息する。
こうなってくると固有種は、かなり数を減らす。
絶滅する可能性も出てくる。
「日本固有の動植物も守れ!外来種を排除せよ!」
と声高に主張する識者も大勢いる。
ふと、疑問に思う。
そもそも、日本固有の「種」とは、なんなんだろう、と。
「そんなの簡単さ。昔から日本にあったものだよ」
こう思っている人もいるでしょう。
でも、その「昔」がどのくらい過去を指すかによって、話はややこしくなる。
例えば、お米。
「日本といえば、お米の文化でしょう」
なんて気軽に考えている方も多いと思いますが、お米は日本に古来からある植物ではありません。
あきらかに、大陸からの「外来種」です。
アジアの(亜)熱帯地方から中国・朝鮮を経由して、日本にもたらされた、外国の植物。
歴史的には数千年たっていますが、人類の歴史からすれば、つい最近のこと。
これほど日本中に田園がはびこっている現実を見ると、ブラックバスどころの騒ぎではない。
「今すぐ日本から外来種のお米を排除せよ!」
こんなことを言う人がいたら、みなさんはどう思うのでしょう。
私なら、「なに言ってんだか」と呆れてしまう。
お米が外国から入ってきた物だって、今では立派な日本の一部だよ、と。
人間も自然界のファクターのひとつ。
その人間がもたらした自然に対する干渉も、噴火や洪水によってもたらされる生態系の変化と同じことではないか。
固有種がずっと「固有」であることのほうが不自然だ。
10年、100年なんて単位で世界を見るから、ピントがずれる。
生き物も偉大さは、その適応能力であり、遺伝子を変化させてまで、「命」をつなぐことにある。
ひとこと言わせていただきます。
お米も外来種である。
だから、外来種を駆除すべきという発想は、日本の歴史を守るのではなく、否定する思想である。
日本列島に元々いたものなんて、すでに激減している。
それが自然な流れであり、人間は自然の一部にすぎないのですよ。