仕事が定年になり、田舎で畑作りをしている人とお話しする機会があった。
もちろん本格的な農業ということではないけれど、長年の私の疑問に答えてれる内容でした。
長年の疑問とは、「土地に対する執着心」である。
「この土地は、先祖代々の土地だから、誰にも譲らん」なんて話を時々聞くことがある。
成田空港の話題になるといつも思う。
「別にそこで農業しなくてもいいじゃん。保証金で、違うところでやればいいのに」と。
先祖代々とはいえ、はて何年くらいのことなんだろう。
たぶん100年くらいのことでしょう。
がんばって、数百年。
数千年、先祖代々の土地なんて、日本じゃ天皇家か神社、お寺さんくらいじゃないのかな。
ということは、歴史から見ると、ほんの一瞬の出来事に過ぎない。
だからこそ、異常なほどの「土地に対する執着心」がどこからくるのか分からなかった。
でも、畑をしている人の話を聞いてみて、「なるほど」と思わず膝を打った。
つまり、野菜を作ろうと思えば、まず土を作ること。
いい土がなければ、いい野菜は育たない。
そして、いい土を作るためには、何年もの歳月が必要とのこと。
私は、野菜を育てたことがない。
土が重要であろうとは、なんとなく知っているが、それほど年月がかかるとは思っていなかった。
さらに、休ましている畑でも定期的に空気を入れたり手入れをしないと、いい状態にはならないそうです。
私のような農業無知な人間は、種をまいておけば、勝手に実がなるんじゃないかな・・・レベルの発想でした。
まあ、肥料をやれば大きくなるでしょう・・・なんてね。
そんなものではない、と。
野菜により肥料の調整しなければならないし、多ければいいってこともなく、それこそ経験がものを言う世界のようです。
定期的な手入れも必要だし、数年、数十年という長いスパンで土地のことを考えなければならない。
確かにこうなると、他人には任せられないですよね。
一生懸命いい土を作っても、それをきちんと継続してくれるかどうかは後継者しだい。
だから自分の子供ないしは一族でその土地を守りたいという心理にはなるでしょうね。
これこそ、異常なほどの土地に対する執着心の根本なんでしょう。
自然相手の仕事は、人間の都合で簡単に変化させることができないもの。
散々減反させといて、急に米が必要なんだよねって言われても困るよ、ということでしょう。
農業における「土作り」の重要性は、人間における「体作り」の重要性と同じだと思う。
身体も自然そのものです。
頭でどうこう考えても、どうにもならないものこそ、この「身体」なんです。
だからこそ、なんとかいい状態を保てるように手入れ(ケア)をする。
数年単位で、体の状態の改善を目指す。
すぐに野菜を大きくしたいからと、たっぷり肥料をやっても、腐るだけ。
すぐに健康になりたいからと、激しい運動や多量のサプリメントを摂取したって、体調を崩すだけ。
自然相手は時間がかかる。
というよりも、人間の一生が、ほんの些細な時間でしかないということでしょう。
長くて、120年。
がんばっても、寿命はそんなもの。
数十億年の地球の歴史からすれば、ゼロです。
だから少なくても、半年や一年で体が改善することを期待しないほうがいい。
短期間での変化は、改善したというよりも、「誤差」の範囲のことですから。