http://jp.youtube.com/watch?v=XWtHEmVjVw8
バグルスのヒット曲「ラジオスターの悲劇」
原題は「ビデオがラジオスターを殺した」だけど、なぜTVじゃなくてビデオなのかと思ってたけど、この曲ってレンタルビデオ開始当時の曲だからかな?日本ではともかく英米ではその時期だったはず。
http://jp.youtube.com/watch?v=XWtHEmVjVw8
バグルスのヒット曲「ラジオスターの悲劇」
原題は「ビデオがラジオスターを殺した」だけど、なぜTVじゃなくてビデオなのかと思ってたけど、この曲ってレンタルビデオ開始当時の曲だからかな?日本ではともかく英米ではその時期だったはず。
プロ野球にも一軍と二軍がある。
喩えるなら、国語辞典は一軍、カタカナ語辞典は二軍である。
辞書に載ってない言葉がある。
たとえば、ある家族でしか通じない言葉。お母さんのお得意メニューの名前とか。それは二軍であるカタカナ語辞典にも載ってないだろう。それらのコトバは、草野球選手だ。
「レーゼシナリオ」は、いちおうプロ野球選手だがいまのところ二軍だ。これが一軍入りすればいいなと。和製カタカナ語だから二軍に永遠に甘んじなくてはいけないということもなかろう。「バックシャン」は、レーゼシナリオと同様に英独混血だが、一般辞書にも載ってるようだ。
このブログなどで再三繰り返してきたけど、映像劇が政府機関によって文化的なものと認められたのは平成以降であろう。家族で観るような健全な映画であっても、映画興行は一種の風俗産業ということで、映画館は繁華街でしか営業できなかった。テレビドラマのシナリオ「北の国から」が国語教科書に載ったのも平成以降、国立大大学院で映画が教えられるようになったのは西暦2005年でやっとだ。
一軍入りの条件はそろった?
何気なく手に取った『ヴィトゲンシュタインの箒』。読んでみたら面白かった。どこが面白いのかはうまく説明できない。
今月、亡くなってたんですね。合掌。
「ポストモダン小説」という言葉を知ったのもこの人を通してだった。その前から、ヴォネガットとかオースターとか読んでたけど。
http://image.blog.livedoor.jp/kk581983/imgs/7/4/745af154.JPG
サンテグジュペリの「星の王子さま」の著者自身による挿絵、ベルギーの漫画「タンタン」、そして日本のイラストレーターたむらしげるさんの絵みたいな画風が好きだな~。
私が旋律打楽器につけた愛称。「メロディアスなパーカッション」という意味。マリンバとかビブラフォンとかスティールパンとかさ。 ガムランもそうだな。楽器弾けないんだけど、そして、弾けるように練習したいとも思わないんだけど、この類の楽器ならやってみてもいいかな?と思うね。なぜか分からん。
旋律的じゃない打楽器はやりたいと思わないんだけど。小学生時代に鼓笛隊でシンバルやらされて自分が猿になったような気がしたからさ。いちばん音楽的に駄目なやつが鍵盤ハーモニカやらされるんだけど、それより下層な感じがしたorz
弦楽器だけど琴、習ったことがあったな。一年ほどだけど。師匠が引っ越しちゃって。流派は何流だっけ?山田流とか言ったな。「荒城の月」とかやらされたな。「六段の調べ」というのが一つのステップアップだったんだけど、その直前にやめてしまって残念。
木琴、鉄琴とかメロンパンにも「琴」の字が入るのはなぜ?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q107031500
漢音系では日本は「ジッポン」だって。Jリーグ、Jポップ、J文学(後ろの二つは廃れた、または廃れる呼称)などという言い方もあって、日本は「J」なんだから、これからはジッポンと呼んだほうがいいな。前にも書いたか?漢音系うんぬんは初めてのはず。
最近の映像機器は、シネマトグラフよりキネトスコープに近い。パーソナル化したってことだ。よって、エジソンの勝ち。 「エジソン」っていう映画批評雑誌、誰か出せよw
時間的に先に生まれたほうが歴史が深いゆえに根源的である、という考えに従っても、キネトスコープのほうがちょっと早い。
そうすると、映画館でやってる映画こそが映画だ、という考え方は、日本の人文系に巣食ってた「フランス中心主義」によるものでしかない、ということになる?
無声映画の草分けサラ・ベルナールは映画発明する前のエジソンとも仕事したことあるんだってさ。勝利の女神はこっちに微笑んだ?(なんのこっちゃw)
ワードパッドで、フォント欄(MSゴシックなどと表示されるところ)に@をフォント名の頭につけると縦書きになるというのを初めて知った。
ヘルプの検索で「縦」で調べても何も出なかったのに、こんな裏技的な・・・・・。