モダン(modern)とは本来は「近現代」という意味でしたが、「ポストモダン」という言葉が流行ってからは、「真っ只中の現代」という意味合いでモダンという語を使うのは困難になってきたと思う。モダンといったら、どうしても近過去(60年代以前)という感じがしてしまう。


そこで、現代=”コンテンポラリー”というのを定着させたらどうか?”エンターテインメント→エンタメ”に倣って、”コンポラ”なんて略語も悪くない。

もう一生無理かな?と思ってたのに……。ヤッター!

投資家バフェットについての漫画が面白かった。

バフェットの師匠グレアムによると、割安の株を買うと、その株価はいずれは本来の価値に戻るので、そのとき売れば差額で儲かるのだそうな。

文芸誌『國文學』(学燈社)が「映画文学」特集(芥川のレーゼシナリオについての言及もあった。”レーゼシナリオ”という語は出てこなかったが)、小説トリッパー(朝日新聞社)が「脚本という表現」特集。


もしかして俺の影響?(笑)

ようやくティッピング・ポイントか?

http://akizukiseijin.wordpress.com/2008/06/02/%E3%80%80%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E3%80%8C%E8%A9%95%E8%AD%B0%E4%BC%9A%E5%88%B6%E5%BA%A6%E3%80%8D/


ハンナ・アーレントいわく『まったく自発的に、それまでにまったくなかったもののように出現する』

具体例:フランス革命、アメリカ革命でのジェファーソン、パリコミューン、ロシア革命、一次大戦のドイツとオーストリアでの革命への盛り上がり、そしてハンガリー動乱

2004年の統計。世帯別パソコン普及率。沖縄以外は全都道府県で過半数超えてる。沖縄も40%は超えてるので、4年後の今年あたり過半数超えたかな?


ともかく、一家に一台パソコンは、四捨五入で考えれば、ほぼ実現。

岸田国士原作、成瀬巳喜男監督の映画、観たいな。

レイモンド・チャンドラーとビリー・ワイルダーのシナリオ「深夜の告白」が小学館から出てるよ。この二人の巨匠の共同作業だから絶対相乗効果で傑作になると製作者側は見込んだのだろうが、リスクも2倍になるとは思わなかったんだろうか?シナリオは面白い。出だしのト書きの長さは小説並みw。


書式も、普通の小説みたいにト書きが台詞より文頭落ちしてる表記ではなく、小説の地の文みたい。もちろん、台詞部分とト書き部分の間は一行空けている。私が書いたレーゼシナリオと全く同じ書式だ。


解説や写真を除くシナリオ本文だけの総頁数は、約175ページ。