さて、おうちの片付けも進み、なかなかいい感じになってきた。

 

そこで、もうひと工夫。

適当に本棚へ突っ込んでいた書籍、そしてCD・DVD・Blu-rayの類を、それぞれジャンルなどによって仕分けすることにした。

 

 

「本棚を見れば、そのひとがわかる」

というように、本棚に収められている書籍によって、そのひとの趣味嗜好、興味を持っていることなどがよくわかる。

 

わたしも、自分の本棚を整理してみて、あらためて自分を俯瞰することができ、(なるほどなぁ)と独りごちる。

 

 

音源・映像に関しても、本当によく集めたものだと思う。

 

聞き覚えはあるけれど、よく知らない曲。

でも、印象に残っていて、、、。

ふとしたことで、その曲のタイトルがわかり、音源を入手できたときは、ものすごくうれしいもので。

また、すでに亡くなってしまったアーティストの動く姿が観られるというのもありがたいこと。

 

 

 

本と音楽があれば、意外とやっていける。

 

そういえば、小学生のころから読書が好きで、まるでお守りのように本を手放さなかった。

そして、音楽によって、ずいぶん慰められ、救われた。

 

本の世界、音楽の世界に旅しているとき、わたしはひとりでも寂しさを感じることなく、自由にのびのび、自分らしくいられた。

 

本と音楽は、わたしの大切なともだち。

いまは配信などもあって便利な世の中だけれど、、、。

 

ともだちだから「実物」として、そばにいて欲しい。

 

 

 

ものを減らしたい。とは思うものの、、、。

 

書籍&音源は、まだまだ手元に置いておきたいと願う。

 

母から電話がかかってきた。

 

「お父さんにね、この間のことを話したのよ。そうしたらね、謝っておきたいと言うから、ちょっとお父さんに代わるわね」

 

 

この間のこととは、この件である。

 

 

 

これについては、もうすでにわたしはスッキリしていたのだけれど、どうやら母が腹に据えかねて、父に意見したようだ。

 

母は、ツラかったんだろうな。

久々に娘と会って話せると思ったのに、その娘を父が門前払いしたものだから。

 

母はどうしても父に言いたくて、、、。

なので、よく寝て、食べて、薬も飲んで、そこそこ父の精神状態が安定しているときを見計らったものと推測される。

 

 

父が言う。

「さっき奥さんから初めて聞いたんだけどな、、、なんだか失礼なことを言ってしまったようで、申し訳ない。最近は、顔と名前が一致しないことも多くて、、、」

 

父からの珍しく素直なことばに、キュッと胸が詰まる。

 

父は認知症ということを自覚していないようだが、できないこと、わからないこと、忘れてしまったことなどが増えてきているのは理解し、受け入れてはいるようだ。

 

 

 寂しいものだろうなあ。

 孤独感がつねに付きまとうんだろうな。

 ツライねぇ。

 

と、ホロッとしかけたら、

 

「誰かわかっていなかったとはいえ、おたくの旦那さんに申し訳ないことをしてしまって、、、。もしご立腹のようなら、悪いことをしたとちゃんと伝えておいて欲しい、、、」

 

ん?

なんだか話がすり替わっている。

 

父が威嚇し吠えたのは、わたしにだ。

でも、謝罪はわたしにではなく、うちの夫に???

 

 

あーーー。

こんなときでも父には、わたしに対するブロックがかかっているんだなあびっくり

 

多少なりとも情が湧いて、滲みかけていた涙だったけれど、一瞬にして乾いたわ。

 

 

娘であるわたしに、父が謝罪するなんて、ありえないこと。

父のなかでは、決してあってはいけないこと。

 

自分の非を認めたら、いままでのすべてが崩れ去ってしまうから。

そこは死守しなければ。

 

という、防御反応。

認知症であっても、防衛機能はしっかり働く。

 

 

 

 

父は、くどくど繰り返す。

「旦那さんが気を悪くされているのではないかと、、、」

「そんなつもりではなかったのだが、、、」

「またぜひ旦那さんにも顔を出してもらいたい、、、」

 

あはは!父の話に、わたしは登場せず笑い泣き

っていうか、その言い訳、誰の旦那に対してのことなのか、わかっていないかも。

 

 

でも、そう。

父はむかしから、他人には「いい顔」をするひとだった。

 

他人に、自分が失礼な態度をとったと思われ、なにか問題が起こると非常に困る。

なぜならば、自分はそんな非常識な人間ではないし、責任なんて取れないからだ。

自分は無実だ。

とにかく早急に誤解を解かなければ、、、。

 

見事である。

実に父らしい。

 

 

ただ、父の世界に「わたし」はいない。

本当は、いるのかもしれないが、見ないふり。存在の無視。

 

わたしとは関わりたくない。

というのが、父の本音なんだろうなあ、と思う。

 

でも、ま、これはお互いさま。

 

 

 

 

もちろん、電話の最後に、

「かしこまりました。ちゃんと伝えておきますので、ご安心ください」

そう、父に言ったよ。

 

ありがたいことに。

 

 

 

わたしの「片付けスイッチ」は、まだまだONの状態が続いておりまして、引き続き片付けの毎日を過ごしています。

 

クローゼットに突っ込んでいた数々の品々。

順番に引っ張り出していくと、うちの娘が赤ちゃんだったころに使っていたマザーズ・バッグが出てきて、しばし懐かしんでみたり。

なんのために買ったのか、理由は忘却の彼方のクーラーボックスがあったり。

とりあえず、とりあえず、、、と溜め込んでいたものを片付けて整理したら、ごちゃごちゃしたクローゼットが、ちょっぴりウォーク・イン・クローゼットに。

 

 

そして、キッチン。

なぜか何種類もあるフライパン。でも、使うのは決まってひとつ。

使わない調理器具、カトラリーも思い切って処分。

 

それから、ずっと気になっていた食器類も、大処分。

カップ&ソーサー、マグカップ、お皿、グラスの類などなど、気がつけばどんどん増えていく。

箱に入ったままのものもあった。

見てみると、なかなかおしゃれなものもあるのだけれど、それらはもったいないからと、仕舞い込んでた。

 

そう、普段使いは丈夫が一番、実用重視。

 

でも、そんなことしていたら、いつまでたっても日の目を見ることのない食器たち。

せっかく食器として生まれたからには、役に立ちたかろう、なにかを入れたかろう、乗せてもみたかろうと、日常でも使うことにした。

 

そのぶん、フチが欠けているものや、いまの自分の好みに合わないもの、色褪せや変色のあるものなどは、お役御免でさようなら。

 

 

居住空間が、だいぶんすっきりしてきたよー♪

 

あー、今日もよく働いた!照れ