オリエント急行の「時刻表情報」を、淡々と追いかけていくシリーズです。

 

1980年代に入っても、運転区間そのものに劇的な変化があったわけではありません。パリ〜ブカレスト間という大きな枠組みは保たれたまま、その内側で運転時刻や編成内容が少しずつ調整されていきます。

 

そのため今回は、運行時刻と編成を中心に、この10年間で何が動き、何が動かなかったのかを丁寧に確認していきます。対象は1980年夏ダイヤから1989〜90年冬ダイヤまでの約10年間です。ひきつづき、手元にある時刻表をデータ化し、その内容を整理しながら、当時のオリエント急行の姿を追っていきます。

 

 

 ご覧になる際の注意事項

詳細はクリックで展開

 

本記事に掲載している各種データは、当時の資料に基づいて整理したものです。

以下の点をご理解のうえお読みください。

 

■ 掲載時刻について

掲載している発着時刻は、当時公表された時刻表の内容をそのまま使用しています。その後のダイヤ改正や臨時変更などにより、実際の運行時刻と異なっている場合があります。あらかじめご了承ください。

 

■ 時差の取り扱いについて

オリエント急行の通過各国(※イギリスを除く)は、それぞれ時差が異なります。本記事では、すべて各国の現地時刻で表記しています。時刻を比較される際は、時差にご注意ください。

 

■ 駅名表記について

駅名は掲載当時の名称を使用しています。2026年現在と大きく異なる場合のみ補足を付しています。なお、ドイツ国内の駅については、特に断りのない限り「中央駅(Hauptbahnhof)」発着として扱っています。

 

■ 編成構成の表記について

本記事における編成表記は、等級含め当時の資料に基づいています。

    •    「座席車」=コンパートメント(個室座席車)を指します

    •    食堂車・バー車・カフェテリア車の区分は、当時の記号表記に準拠しています

なお、実際にどのような供食サービスが提供されていたかまでは検証していません。

そのため、記載内容は車両種別の分類を示すものであり、サービス内容そのものを保証するものではありません。

また時刻表内には編成「両数」の記載はありません。文末に参考情報として編成両数を提示していますが、当時をイメージするための参考としています。

 

■ 併結される直通客車について

ヨーロッパの国際列車では、本体列車に他列車からの直通客車を併結する運用が一般的に行われていました。本記事では、こうした併結される直通客車についても、可能な限りオリエント急行の構成要素として収録しています。

 

■ 所属事業者の記載について

寝台車・食堂車・クシェット車には、所属事業者名を記載しています。歴史的に見ると、オリエント急行は当初、Compagnie Internationale des Wagons-Lits(通称ワゴン・リ社)の寝台車・食堂車と、沿線各国国鉄の座席車による混合編成で運行されていました。その後、1970年代にはワゴン・リ社は寝台車の運営から撤退しています。本記事における事業者名の表記は、原則として車両保有者を示すものとしてご理解ください。

 

 

 運行時刻の変遷

1980年夏ダイヤ運転時刻

【東行】(263列車)パリ東駅発23:15→ ストラスブール(4:04着/4:23発)→ ケール(4:35着/4:51発、D263列車)→ カールスルーエ(5:40着/5:44発)→ シュトゥットガルト(6:51着/7:03発)→ ウルム(8:04着/8:08発)→ アウクスブルク(8:54着/8:57発)→ ミュンヘン(9:33着/9:46発) ザルツブルク(11:27着/11:57発、Ex263列車)→ リンツ(13:22着/13:25発)→ ウィーン西駅(15:25着/16:10発)→ ヘジェシャロム(17:35着/18:00発、263列車)→ ブダペスト東駅20:40着/21:30発)→ クルティチ(0:50着/2:40発)→ ブカレスト北駅着12:45

所要時間(パリ→ウィーン間):16時間10分

所要時間(パリ→ブカレスト間):36時間30分

※所要時間について、時差調整をした上での実質時間となります(以下同様)。

 

【西行】(262列車)ブカレスト北駅発19:05→ クルティチ(4:40着/5:20発)→ ブダペスト東駅(7:33着/8:50発)→ ヘジェシャロム(11:25着/12:05発、Ex262列車)→ ウィーン西駅(13:25着/15:00発)→ リンツ(16:52着/16:54発)→ ザルツブルク(18:25着/18:52発、D262列車)→ ミュンヘン(20:35着/20:47発)→ アウクスブルク(21:22着/21:25発)→ ウルム(22:12着/22:15発)→ シュトゥットガルト(23:16着/23:34発)→ カールスルーエ(0:38着/0:42発)→ ケール(1:25着/1:38発、262列車)→ ストラスブール(1:49着/2:06発)

→ パリ東駅着6:44

所要時間(ブカレスト→パリ間):36時間39分

所要時間(ウィーン→パリ間):15時間44分

 

1989〜90年冬ダイヤ運転時刻

【東行】(263/D263列車)パリ東駅発23:15→ ストラスブール(3:53着/4:24発)→ ケール(4:35着/4:51発)→ カールスルーエ(5:40着/5:44発)→ シュトゥットガルト中央駅(6:48着/7:02発)→ ウルム(8:02着/8:05発)→ アウクスブルク(8:53着/8:55発)→ ミュンヘン中央駅(9:32着/9:44発)→ ザルツブルク(11:25着/11:53発)→ リンツ(13:14着/13:17発)→ ウィーン西駅(15:17着/16:22発)→ ヘジェシャロム(17:27着/17:52発)→ ブダペスト東駅(20:10着/21:00発)→ クルティチ(ルーマニア国境)(1:20着/2:33発)→ ブカレスト北駅着12:23

所要時間(パリ→ウィーン間):16時間02分

所要時間(パリ→ブカレスト間):36時間08分

 

【西行】(262/D262列車)ブカレスト北駅発19:38→ クルティチ(5:14着/6:35発)→ ブダペスト東駅(8:53着/9:45発)→ ヘジェシャロム(12:05着/12:30発)→ ウィーン西駅(13:34着/15:04発)→ リンツ(16:57着/17:00発)→ ザルツブルク(18:25着/18:49発)→ ミュンヘン中央駅(20:27着/20:44発)→ アウクスブルク(21:21着/21:23発)→ ウルム(22:11着/22:15発)→ シュトゥットガルト中央駅(23:16着/23:34発)→ カールスルーエ(0:39着/0:43発)→ ケール(1:28着/1:45発)→ ストラスブール(1:54着/2:10発)→ パリ東駅着6:44

所要時間(ブカレスト→パリ間):36時間06分

所要時間(ウィーン→パリ間):15時間40分

 

2カ年を比較した総括

1980年夏と1989〜90年冬という約10年の間をあけたダイヤを並べてみても、発着時刻や所要時間には劇的な変化は見られません。

しかし各区間の走行時間と停車時間を順に比較していくと、時間の使い方には一定の方向性が見えてきます。

 

まず、パリ→ウィーン間の所要時間から見てみます。

  • 1980年は16時間10分
  • 1989〜90年は16時間02分

10年間で8分の短縮です。詳細には、ストラスブール以東の西ドイツ区間、そしてオーストリア区間では大きな停車時間の増加は見られません。到着時刻はわずかに前倒しされ、走行時間が微調整されています。

 

かつて1969年ダイヤでは16時間25分でしたから、ウィーン西側区間は20年を通して大きく崩れていません。ヨーロッパを横断する幹線としての骨格となるような接続は維持されたままです。

 

次に東行全体、パリ→ブカレスト間です。

  • 1980年は36時間30分
  • 1989〜90年は37時間08分

結果38分の延伸となっています。1980年から1989〜90年にかけて東行の所要時間がわずかに延びた主因は、ルーマニア国内のさらなる減速ではなく、もっとも大きいのは、ウィーンでの停車時間が約20分延長されたことです。ここでまず時間が積み上がります。

 

加えて、クルティチ到着時刻がやや繰り下げられており、国境到達までの流れに余裕が持たされています。そして西欧区間からオーストリア区間にかけて、数分単位の走行時間の微増が積み重なっています。

 

つまり延びた理由は、特定の区間での急激な減速ではなく、中間拠点での停車配分の見直しにあります。

 

一方、西行(ブカレスト→パリ)は性格がやや異なります。

  • 1980年は36時間39分
  • 1989〜90年は35時間06分

1時間33分の短縮です。

 

ブダペスト停車時間は明確に短縮され、ハンガリー区間での滞留時間(減速分)が抑えられています。さらにクルティチでも停車時間が圧縮され、国境通過にともなう時間のロスが小さくなりました。これに加えて、ウィーン西側区間でも数分単位の走行時間短縮が積み重なった結果が功を奏したといえます。その結果、ブカレスト発は繰り下げられているにもかかわらず、パリ到着は同時刻に保たれているわけです。

 

 

 編成の遷移

 

1960年代、パリから東ヨーロッパ、さらにバルカン方面へと広く展開する国際寝台列車網の中で、オリエント急行もその一角を担っていました。しかし1970年代に入ると、こうした広域的な列車体系は次第に姿を変えていきます。電化の進展や国境通過の見直し、各国の鉄道事情の変化などを背景に、列車の運行は徐々に再編され、パリからウィーン、さらにブダペストを経てブカレストへ至る形へと収斂していきました。

 

1980年代に入ると、この基本的な運転体系は大きく変化することなく維持されます。1980年夏ダイヤと1989〜90年冬ダイヤを比較してみても、パリ発着時刻や主要区間の所要時間には大きな差は見られません。ダイヤの骨格そのものは1970年代の段階でほぼ固まり、長距離列車としての枠組みはこの頃までに定着していたといえそうです。

 

しかし編成構成に目を向けると、徐々にこの列車の担う役割の変化が変わっていることが見えてきます。とくにザルツブルク、ウィーン、ブダペストという三つの都市は、列車の構造を読み解くうえで重要な節点となっています。

 

パリを出発した列車は、ザルツブルク、ウィーン、ブダペストを経て東ヨーロッパへ向かいます。その過程で、寝台車、クシェット、座席車、食堂車といった車両の役割は段階的に変化していきます。西ヨーロッパ区間では夜行列車としての利用が中心となる一方、ザルツブルク以東では昼行区間の都市間輸送としての性格が強くなっていく点が、1980年代のオリエント急行の特徴といえるでしょう。

 

パリからブカレストまで通して利用すると、旅程は二泊に及びます。この時間構造を見ると、列車全体が夜行列車として利用されていたわけではなく、西ヨーロッパ区間の夜行利用と、その先の昼行区間の都市間輸送が組み合わされた列車であったことが分かります。

 

以下では、これらの3つの都市を意識しながら車種ごとの構成を見ていきます。

 

寝台車

1980年代のオリエント急行を編成の面から見ていくと、まず注目されるのが寝台車の配置です。夜行列車としての性格がどこまで続いているのかは、寝台車の運行区間を見ることで比較的はっきりと読み取ることができます。

 

1980年代初頭のダイヤを見ると、西側の長距離寝台車はパリ〜ブカレスト間の長距離直通客車は存在しつつも、主としてパリ〜ザルツブルク間に集約されていきます。パリを夜に出発した列車は、翌朝にはドイツ南部を通過し、昼前にザルツブルクへ到着します。この区間が夜行利用の中心となっており、寝台車もそれに対応する形で配置されていたと考えられます。

 

一方、ザルツブルク以東では寝台車の構成がやや異なります。ウィーン以東では、ルーマニア方面へ向かう寝台車が曜日指定で連結されており、ウィーン〜ブカレスト、あるいはブダペスト〜ブカレストといった区間で別系統の寝台サービスが設定されていました。

 

1980年代後半になると、西側の寝台車はパリ〜ウィーン間を基本とする構成へと整理されていきます。これにより、それまで夜行区間の一つの区切りとなっていたザルツブルクの役割はやや後退し、列車の主要な節点はウィーンへと移っていきます。

このブログでのサブテーマともいえる、パリ〜ブカレスト間の直通寝台車の80年代での設定状況は時刻表を見る限り通年では設定されておらず、需要に応じて連結されたようです。ただ80年代後半になると寝台車に代わって座席車となっていたようです。

 

 

クシェット

 

寝台車に続いて見ておきたいのがクシェットです。クシェットは寝台車よりも簡易な設備ながら夜行利用を前提とした車両であり、その運行区間を見ることで夜行利用の範囲を読み取ることができます。

 

1980年代のダイヤを見ると、西側ではクシェットは主としてパリ〜ザルツブルク間に設定されています。この区間は寝台車と同様に夜行利用の中心となる区間であり、クシェットもその補完的な役割を担っていました。

 

一方、ザルツブルク以東ではクシェットの設定は多くありません。1980年代の各ダイヤを見ても、主な区間はブダペスト〜ブカレスト間に限られています。

 

この配置から、1980年代のオリエント急行では、西欧区間の夜行利用と東欧区間の長距離移動という二つの役割が分かれていたことがうかがえます。

 

座席車

座席車の配置を見ると、1980年代のオリエント急行の性格がよりはっきりと見えてきます。寝台車やクシェットが夜行利用を前提とした車両であるのに対し、座席車は昼行区間の輸送を担う車両です。1980年代のダイヤでは、西側ではパリ〜ウィーン、あるいはパリ〜ブダペストといった長距離区間に座席車が設定されています。

 

さらに途中区間では、

 

・シュトゥットガルト〜ブダペスト

・ウィーン〜ブカレスト

・ブダペスト〜ブカレスト

 

といった区間に座席車が設定されており、列車は中欧・東欧の都市間輸送列車としても機能していました。この配置を見ると、ザルツブルク以東では夜行列車としての性格は次第に薄れ、列車は昼行の国際列車としての役割を強めていくことが分かります。

前述の通り、パリ〜ブカレスト間の長距離区間での座席車は、寝台車に代わって設定されたので、乗客の属性なども反映していると見ることもできます。

 

食堂車とカフェテリア

食堂車の配置を見ると、国際列車としての運行構造がよりはっきりと見えてきます。1980年代のオリエント急行では、西側ではシュトゥットガルト〜ウィーン間に食堂サービス、あるいはカフェテリアが設定されていました。

 

一方、ウィーン以東では食堂車の担当が切り替わり

 

・ウィーン〜ブダペスト

・ブダペスト〜ブカレスト

 

といった区間で、それぞれの国の鉄道会社による食堂車が運用されていました。このように食堂車の担当区間が段階的に変化する構造は、複数の鉄道会社が関与する国際列車の特徴をよく示しています。

 

編成例

 

ここまで見てきた構造を具体的にイメージするため、1980年代初頭と1980年代末のダイヤから、それぞれ編成例を見てみます。実際のダイヤでは曜日や季節によって多少の違いがありますが、ここでは代表的な構成を簡略化して示しています。

 

具体例①:1980年夏ダイヤ 編成構成

【毎日】

■ 寝台車

・1・2等 パリ〜ザルツブルク間

 

■ クシェット

・1・2等 パリ〜ザルツブルク間

・2等 ブダペスト〜ブカレスト間

 

■ 座席車

・2等 パリ〜ザルツブルク間

・1・2等 パリ〜ウィーン間

・1・2等 パリ〜ブダペスト間

・1・2等 シュトゥットガルト〜ブダペスト間

・1・2等 ウィーン〜ブダペスト間

・1・2等 ブダペスト〜ブカレスト間

 

■ カフェテリア

・シュトゥットガルト〜ウィーン間

 

■ 食堂車

・ハンガリー国鉄 ヘジェシャロム〜ブダペスト間

 

【曜日指定】

■ 寝台車(ルーマニア車)

・1・2等(月・木) ウィーン→ブカレスト

・1・2等(火・土) ブカレスト→ウィーン

 

■ 座席車

・1・2等(火・土) ウィーン→ブカレスト

・1・2等(木・日) ブカレスト→ウィーン

 

【期間指定(毎日)】

■ 座席車

・1・2等(6月20日〜9月21日) パリ→ブカレスト

・1・2等(6月18日〜9月19日) ブカレスト→パリ

 

【9月下旬以降の寝台車増発】

■ 寝台車

・1・2等(月・水・金・土/9月27日以降) パリ→ブカレスト

・1・2等(月・水・金・日/9月28日以降) ブカレスト→パリ

 

具体例②:1989〜90年冬ダイヤ 編成構成

【毎日】

■ 寝台車

・1・2等 パリ〜ウィーン間

・1・2等(ルーマニア国鉄) ウィーン〜ブカレスト間

・1・2等(ルーマニア国鉄) ブダペスト〜ブカレスト間

 

■ クシェット

・1・2等 パリ〜ザルツブルク間

・2等 パリ〜ウィーン間

・2等 ブダペスト〜ブカレスト間

 

■ 座席車

・1・2等 パリ〜ウィーン間

・1・2等 パリ〜ブダペスト間

・1・2等 ウィーン〜ブカレスト間

・1・2等 ブダペスト〜ブカレスト間

 

■ 食堂車

・シュトゥットガルト〜ブダペスト間(ハンガリー国鉄)

・ブダペスト〜ブカレスト間(ルーマニア国鉄)

 

ここまでの配置をあわせて見ると、1980年代のオリエント急行は一つの長距離列車でありながら、区間ごとに異なる役割を持つ構造になっていたことが分かります。その構造を理解するうえで鍵となるのが、

  • ザルツブルク
  • ウィーン
  • ブダペスト

という三つの都市です。

パリからザルツブルクまでの西欧区間では夜行列車としての利用が中心となり、ザルツブルクからウィーン、さらにブダペストへと進む中欧区間では昼行の都市間輸送としての役割が強くなります。そしてブダペストからブカレストへ向かう東欧区間では、再び長距離移動に対応する編成が組み合わされていました。このように1980年代のオリエント急行は、

 

西欧の夜行区間

中欧の昼行区間

東欧の長距離区間

 

という三段階の構造を持つ列車であったといえます。

 

 

 参考:実際の編成「両数」について 

 

私がよく参考にしているVagonWEBに、1987〜88年冬ダイヤのルーマニア国内のオリエント急行編成情報が掲載されていましたので、情報をまとめておきます。時刻表情報とは異なる「リアル」な情報なので、あくまでも参考としてください。

 

東行 R24列車(ルーマニア国内での列車番号の模様) 適用:1987年夏時点

 

至ブカレスト

①荷物車 ルーマニア国鉄 Ta ブダペスト〜ブカレスト間

②2等座席車 西ドイツ国鉄 Bm シュトゥットガルト〜ブカレスト間 ※曜日指定

③2等座席車 西ドイツ国鉄 Bm シュトゥットガルト〜ブカレスト間 ※曜日指定

④1・2等合造座席車 ルーマニア国鉄 AB ウィーン〜ブカレスト間

⑤1・2等寝台車 ルーマニア国鉄 WLAB ウィーン〜ブカレスト間

⑥2等座席車 ルーマニア国鉄 B パリ〜ブカレスト間

⑦1等座席車 ルーマニア国鉄 A ブダペスト〜ブカレスト間 ※日により異なった

⑧2等座席車 ハンガリー国鉄 B ブダペスト〜ブカレスト間

⑨2等座席車 ルーマニア国鉄 B ブダペスト〜ブカレスト間

⑩1等座席車 ルーマニア国鉄 A ブダペスト〜ブカレスト間

⑪2等座席車 ルーマニア国鉄 B ブダペスト〜ブカレスト間

⑫食堂車 ルーマニア国鉄 WR ブダペスト〜ブカレスト間

⑬1・2等寝台車 ルーマニア国鉄 WLAB ブダペスト〜ブカレスト間

⑭2等クシェット ルーマニア国鉄 Bc ブダペスト〜ブカレスト間 ※ハンガリー国鉄の日もあった

⑮1・2等寝台車 ルーマニア国鉄 WLAB ブダペスト〜ブカレスト間 ※ハンガリー国鉄の日もあった

⑯荷物車 ルーマニア国鉄 Fafd ブダペスト〜ブカレスト間

⑰荷物車 ルーマニア国鉄 Fafd ブダペスト〜ブカレスト間 ※需要に応じて

 

至ブダペスト

 

 

ルーマニア国内の牽引機:CFR 060EA(電気機関車)の重連 ブラショフ〜プレデアル間、その他区間不明

 

本日は以上です。
 

参考資料:過去ブログ記事、Orient Express(Wikipedia)、カバー写真は本文同様Wikipediaからの引用です、Cook's Continental TImetable(各号)