Trans Europ Express(TEE)を、当時のトーマス・クック鉄道時刻表の紙面から振り返る企画です。

 

35回目は、これまたTEEの歴史で名高い列車、ミストラル(Mistral)号です。TEEが国際列車である前提をくつがえし、フランス国内TEE列車の第1号となった「記念すべき」列車でもあります。

 

この「国内TEE」はTEE憲章からすると「例外」なわけですが、議論は西ドイツ国鉄の代表列車ラインゴルト号のTEE化がきっかけで、1965年夏ダイヤで登場した国内列車ラインプファイル号ブラウエル・エンツィアン号ラインゴルト号と同じ車両を使うという理由でTEE化が受理されました。そこで、フランス国鉄も「負けじと」同じ1965年夏運転開始予定のミストラル号もTEE申請し、登場します。ここでもドイツ・フランスの「バチバチぶり」がわかりますw。

 

なお、列車名のフランス語名は「ル・ミストラル(Le Mistral)」と冠詞がつくのですが、ドイツ語資料をあたっていることもあり、このブログでは冠詞なしの名称を扱うことにします。

列車名の由来は?

TEE列車には人名、地名が由来のものが多い中で、このミストラル号は気象現象が由来です。フランス南東部の地方風で、アルプス山脈からローヌ河谷などの河川をたどり、地中海に吹き下ろす風のフランス語名です。

 

 

運行されていた国 フランス
 

運転時期と区間

1950年に急行列車として登場

 

1965年5月30日 〜 1981年9月26日

パリ・リヨン駅 〜 リヨン 〜 マルセイユ 〜 ニース

 

TGV南東線開業により、国内急行列車に降格

 

使用された車両、編成

客車列車

このミストラル号の運用に就いた客車は、別途ブログでまとめようと思うほどに歴史的、機能的に興味深い客車です。この客車は、DEV客車とか、イノックス客車と呼ばれるステンレス製客車ですが、それぞれの意味は、DEV(Division des Études Voitures)はフランス国鉄の客車開発センターの略称、イノックス(Inox)はフランス語inoxydable(≒錆びない、耐食性の高い)ということです。

 

【フランス】

ミストラル56型客車 1965年5月30日〜1969年2月8日

編成両数について、

【1965年運転開始時:16両】 ピーク期は最大21両編成あり

リヨン切り離し5両:A8型4両と食堂車1両

マルセイユ切り離し3両:A8形3両

終点ニースまでの8両:電源車、プルマン車、食堂車、バー・1等コンパートメント合造車各1両、コンパートメント車4両

なお、電源車、プルマン車、食堂車は新造の56形ステンレス客車ではなく従来の鋼製車であったことは特筆点です。

 

ミストラル69型客車 1969年2月9日〜1981年9月26日

 

編成両数について、通常マルセイユ切り離しが5両、ニースまでの編成が9両という14両編成であり、食堂車(2両、1979年9月からは1両)、バー車(秘書室、美容室など含む)、コンパートメント車、オープン座席車、電源・1等オープン座席合造車で構成されるようになります。編成内に従来の56形にはなかったオープン座席車が組み込まれたのはパリ〜ブリュッセル〜アムステルダム間での運行実績があっての話だったようです。なお、この客車導入と同時に従来存在したリヨン切り離しが廃止されています。

 

最後にこのミストラル号が後世の語り草になるゆえん、設備・サービスについて。国内完結特急とはいえ1等車のみ、全車エアコン完備、食堂車はもちろんのこと、ミストラル69型からは長さ8メートルのカウンターを有するバー、秘書室、書籍の販売スペース、美容室といった、今の日本の豪華列車にも存在しないコンセプトで製造された車両。本物を見てみたいものです。

 

 

牽引機

【フランス】

BB 67000型ディーゼル機関車 1965年〜68年夏

マルセイユ〜ニース間のうち、カンヌまでは非電化区間だったため、1965〜68年夏までのわずかな期間ですがディーゼル機関車が牽引を担当していた時期がありました。電化開業区間を仔細に追ってみると、

  • 1965年12月12日にマルセイユ-レザルク間(機関車交換はトゥーロン)
  • ?年 レザルク-サン・ラファエル間(機関車交換はサン・ラファエル)
  • 1968年2月13日にサン・ラファエル-カンヌ間 ※全区間電化

 

 

電気機関車

【フランス】

直流区間(〜マルセイユ) BB9200、BB9300、C6500、BB7200型

交流区間(マルセイユ〜) BB25500、BB25200、BB22200型

前提として、パリ〜マルセイユが直流電化、マルセイユ〜ニースが交流電化ということで、マルセイユ駅で機関車の交換が発生しています。

※交流区間について、1968年夏までのマルセイユ〜カンヌ間の電化工事の進捗によってトゥーロン、またはサン・ラファエルでの機関車交換となった時期もあった

 

下記写真は直流区間で1970〜1979年で牽引担当だったCC6500型機関車です。

 

 

実際の時刻表紙面

1969年夏ダイヤ
1列車 パリ・リヨン駅発13:20 → ニース着22:26
2列車 ニース発14:33 → パリ・リヨン駅着23:36
パリ、ニースをそれぞれほぼ同時刻に出発するダイヤで運転されました。時刻表記事からパリ〜マルセイユで切り離す編成が存在し、例の美容室、書籍販売スペースのある車両がニースまで連結されていることがわかります。
Cook Continental Timetable August 1969 より
 
 
1980年夏ダイヤ
11列車 パリ・リヨン駅発13:15 → ニース着22:28
12列車 ニース発13:10 → パリ・リヨン駅着22:21
ダイヤ自体は運転開始当時から大きく変わらないものの、夏のバカンスシーズンといった繁忙期のみ、記事の通り「リリーフTEE列車」=臨時ミストラル号が、定期ミストラルの3分後に後追いで設定されていることがわかります。1等車のみ14両編成が2本連続で出発していった時代、圧倒されますね。
ThomasCook International Timetable September 1980 より
 

今回は以上です。

 

すでに取り上げたTEE列車の一覧ページです。こちらもご参考ください!

 

 

参考資料:

・Cook Continental Timetable、Thomascook International Timetable

・Das Grosse TEE-Buch 40 Jahre Trans-Europ-Express /Jörg Hajt/HEEL 1997年

・TEE, la légende des Trans-Europ-Express : entre luxe et grande vitesse/Maurice Mertens、 Jean-Pierre Malaspina/LR PRESSE 2007

・Die Geschhichte Des Trans Europe Express /Maurice Mertens、Jean-Pierre Malaspina 2009

参考サイト:TEE、ル・ミストラル(列車)(ともにWikipedia)

ページ内写真:Flickr の各リンク

カバー画像:Deutsche Bahn AG, converted by  , Public domain, via Wikimedia Commons