第九コンサート、本番を1週間後に控え・・・ | まーすけ&佐田真衣のお気楽よもやま話

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 ども、まーすけこと、佐田真衣です。
 前回のブログで、7回目のレッスンレポートをお届けしたんですが、そこでも書ききれなかったお話を、この場を借りてさせていただきたいと思い、新たにトピックを立てることにしました。われわれ市民第九合唱団にとって、また、第九を愛している方々にとって、とてもショッキングなお話です・・・。
 
 最初のレッスンレポでも書かせていただいたのですが、堺市が政令指定都市になったのを記念して始まったこの“はばたけ堺! 歓びを歌声に”と題されたこの第九コンサートも今回で5回目となり、ある意味節目の時に出演させていただくことになったんです。そういえばわたしにとって初めての第九も“サントリー1万人の第九”の25回記念公演だったので、そういう方面では縁があるのかもしれませんね。
 でも、毎年恒例になりつつあるこの第九コンサートも、今回で最後になるかもしれないんです。堺市版の“事業仕分け”がこの夏に行われることになっていて、このコンサートも廃止の方向で話が進む確率が高いそうです。わたしが出演させていただくことになった今回の公演に関しては、昨年の今頃の時点で実施が決まっていたそうなんですが、次回、つまり来年の公演に関してはまだ実施の見通しが立っていないとのこと・・・。最近は国だけじゃなくどこの自治体でもそうですが、財政のムダを省くということでどんどん経費削減の方向へ舵取りがされていますが、その対象が文化事業に関しては特に顕著になりつつあります。
 合唱指揮の中村貴志先生曰く、われわれ“はばたけ堺! 第九合唱団”は例に見ないほど優秀らしくて、実際、今回本番で指揮をしてくださる現田茂夫先生も、われわれの第九は完成度がとても高いとおっしゃってくださっているそうです。それだけにこのまま合唱団が解散するのは惜しい、もったいないと・・・。5年という、短いようで長い年月をかけて市民の手で作りあげてきた文化を、これ以上維持することができないとなれば本当に悲しい話です。しかも、第九は世界中に知られた曲でもありますし、日本国内を中心に、今でも世界各国で歌い継がれているわけですから、歴史的に世界との交流や文化振興にもっとも力を入れてきた街のひとつであるこの堺で、第九という世界的な伝統を後世に伝えていく手立てを失うことになれば、今まで受け継がれてきた堺の誇りの一部が失われるということになります。もしそうなってしまえば、堺という街にとって大きな痛手になることは間違いないと思います。現在、堺市は日本国内有数の大都市であり、政令指定都市にもなっているのでなおさらのことです。

 わたし自身はもともと堺市内で生まれたわけではありません。でも、1歳の時に越してきて、それ以来ずっと堺市内に住んでいるので、気持ちだけはずっと堺っ子のつもりでいます。10代の頃から夢見ていた第九のステージ・・・。3年前、大阪城ホールで開催された“サントリー1万人の第九”に出演させていただいたことでそれは実現しました。しかし、それ以来、やはり自分の暮らしているこの堺で第九のステージに立ちたいという想いがずっと自分の中にあったんですが、“1万人の第九”に出演したことで当時仕事仲間にずいぶん迷惑をかけてしまったので、次回どこかで第九のステージに立つ機会があれば、今度は仕事を辞めてからにしよう、それまでは仕事(と学業)をちゃんと頑張ろうと思っていたんです。でも、昨年の夏に仕事を辞めなければいけない状況になってしまい、それに伴って大学も中退せざるを得なくなりました(取得単位のことがあったので、正式に届けを出したのは今年の3月です)。それで完全に自分を見失ってしまい、どん底の自分を見られたくないという防御本能から、知人や友人とのオフラインでの交流を避けるようになっていました。ひどいときは死を考えるほど追いつめられたこともありました。ちょうど仕事を辞める前後あたり、大好きなはずの音楽に接することさえ苦痛でしかなかった時期もありました。
 しかし、そんな矢先に堺市の広報で今回の第九コンサートを知り、第九への想いが再びふくらんできたのです。“やっぱりわたしは歌が好きなんだ”、“悲しいときこそ、歌うことで幸せな気持ちを少しでも感じ取り、自信を取り戻せるようになれたら・・・”と思うようになってきました。それで、思い切って申し込むことにしたんです。
 経験者として申し込んだので、練習は3月の頭からでしたが、今まで約2ヶ月のレッスンを通じ、メンバー全員がひとつになり同じ目標に向かって進んでいることを実感することができましたし、それによってずいぶん勇気づけられ、今では“せっかく生まれてきた命、生きていることに感謝しなければ”と思えるようになりました。それだけに、このコンサートがなくなる可能性が伝えられたとき、改めて歌の力のすごさを感じ、絶対なくしてはならない、と心から思いました。ひょっとするとわたし以外にも、同じようなきっかけでこの堺の第九コンサートに出演されたり、もしくはステージを鑑賞されている方がいらっしゃるかもしれませんね。

 今後の堺市の更なる発展のためにも、現在のこの社会状況の中、人々の心を癒し、勇気づけるきっかけのひとつとしても、この第九コンサートはぜひ残して欲しいと心より願いつつ、まずは今回のコンサートが無事大成功を収められるよう、本番に向けてさらに自分の力や気持ちを高めていきたいと思っています。
 そして、今回第九コンサートの存続の危機がわれわれ合唱団のメンバーに伝えられたんですが、中村先生の呼びかけで存続を求める活動をしようと言うことになり、テノール担当のあるメンバーを暫定代表として、まずは署名運動から始めることになりました。でも、やはり今回のコンサートの成否が運命を決めるきっかけになりますので、会場中を歌という光で明るく照らし、喜びや幸せに包み込めるような、そんなステージを目指し、今後の堺市での第九コンサートの存続へ向けて、1週間後、心をこめて歓喜の歌を歌いたいと思います。