蕎麦湯は濃くなければならない。
蕎麦湯を知らない人がいて、驚くことがある。
30数年前、今はなくなったらしい池袋三越のレストランで、蕎麦湯ください、と言ったら、さらに蕎麦つゆが出てきて愕然とした。
この画像の蕎麦湯は少し薄かった。同じ店でも毎回濃度が違うのだ。
ときにはドロっとしていることもあって、それは栄養がありそうでうれしい。リチンが、レジンだか知らないが、なんか入っているはず。
濃い時は、台湾のゲイに画像を送り、ほら、濃いだろ? 蕎麦の栄養はすべてここへ溶け出しているのだ、などと言う。
はいはい、もう何度も聞きました、你說過、と言われてしまう。
昨今のXは青年たちが射精しているポストが多い(というか、私がそういうのをフォローしているだけなのだが)。
飛距離と、その量にいつも驚く。あんなに飛ぶんだ。あんなに出るのか。
しかし濃度は中年とあまり差はないような気がする。
飛距離というが、中高年の場合、飛ばないだろう。出るだけだ。
子宮の奥に向かって精液を届ける必要はもはやない。
青年たちは70センチも飛ばしているが、亀頭から子宮底までの距離は数センチにすぎないだろう。
70センチは無駄に長いのではないか、知らないが。
飛距離不足で妊娠しないことがあるのだろうか。
不妊治療でも精子の量と活力しか検査しないだろう、知らないが。
医師が、飛距離調べますからちょっと出してみてください、なんて聞いたことがない。エロ動画になってしまう。
それはともかく、精子は精液の中に5000万個以上ないと妊娠しないと医師が書いていた。
面白いものだ。受精するのは1、2個なのに。
卵管の左右どちらかにしか卵子はないから、左にあるとき、右に行ってしまった精子は全滅だ。
いやいや、右に行って、卵子にありついた精子も早く入らないと幕(?)を張られて入れなくなる。
早いものがちなのだろう。
人生の最もはじめに、50%の運が待ち構えていおり、そのあとがスピードというのは示唆的である。
と思って、チャッピーに聞いてみると、やはりそんな単純ではなかった。
早すぎると途中でダメになる。
受精は実際には
速さの競争ではなく
- 形
- 持久力
- タイミング
- 卵子との化学的適合
で決まる「多段階選抜」です。
ということらしい。
卵子の方もいろいろ出して誘いをかけているという。
ただ待っているだけではないのだ。
やはり、人生は2つの要素で語るほど単純ではなかった。
しかし、チャッピーが上に出してきた条件も過半数は運だ。
還暦を過ぎると、やはり運だなー、と思うことが多い。
アメリカの博士号持ってるのにFランの准教授のままの人。
博士号持っていないのに東大へ戻れた人。
しかし、運を多少良くすることはできる。
とりあえずは、黒っぽい服を着ないとか、掃除、ネガティヴな言葉を使わないとか。
できることからやれば良い。運なのだから。


