クマ、カヴァフィス | 研のゲイ術的生活

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Du er en bjørn.   「君はクマだ(ね)」というスェーデン語。

Duolingo で昨年からやっている。

クマとはそういう意味なのか。

台湾のサイトを見ていると、けっこう、クマみたいなタイプの動画が揃っている。

あと、3人以上、いわゆる複数が多い。

日本もそういうのに人気があるのだろうか。まったく知らない。

私はむしろ顔を背けたくなる。

そもそも、クマに人が食われて死んでいるではないか。



De gustibus non est disputandum.

好みについては議論すべきではない



というのが古代ローマの知恵である。

なんでクマが嫌いなのか、なんでメガネが好きなのか、なんでデブ、マッチョが嫌いなのかと 、などと聞かれても合理的な理由はない。

そもそも理由を探す必要さえない、と、このことわざは言っているのだろう。

中井久夫訳『カヴァフィス全詩集』(みすず書房)はゲイ必読の詩集である。

岩波文庫にも別の人の訳があるが、読めたものではない。

中井先生はゲイだったかもしれないと思う。少なくともゲイの心の中はよくわかっていた。

注釈を引用する:


同性愛者には・・・何歳前後のどういう体型のどこがどうなってこうなっている顔というそれぞれの具体的規定はまったく動かしがたいものであって、この「理想」から僅かでも外れれば、魅力の対象であることをまったく失うのである・・・したがって頻繁なパートナー変更が普通であり、同性愛者の偕老同穴はごく稀である。


今は少し変わってきているかもしれない。これは日陰者だった昭和のゲイだろう。

カヴァフィスが書くのもアレクサンドリアの、日陰者のゲイ。

しかし、昨今は、ゲイの偕老同穴(カイロウドウケツ)、最期まで添いとげること、もよく耳にする。

しかし、本質的には脳の問題だから、社会的に、制度的に変わっても、ゲイの本質は変わるはずがない。

いまや、頻繁なパートナー変更をせず、自制するかどうかが、ゲイの良心だろう。