驚くべき事に、ウクライナのゼレンスキー大統領は私より3歳も年下だった。
75年生まれの世代は、今年50歳の大台に乗る。去年で40代が終わってしまったのである。それ故に去年一年は、それなりに感慨深い年になった。身の周りを取り巻く状況や環境、先行きや健康への不安。振り返れば、こう言った想いは、10代、20代、30代の頃には考えもしてなかった様に思う。40代になって少し考え始めた。何の不安なのか考えてみると、見えない先に対して、あれこれ考える様になる。そして嫌な想像ばかりしてしまう。何故か明るい未来と言うポジティブな気持ちになれない自分が居る。
ふと、ゼレンスキーに想いを巡らしてみる。年下で、今まさに危急存亡と言うか、国を背負い、生きるか死ぬかの毎日を彼は送っている。
ゼレンスキーにとって強烈な不安だったのは、去年のアメリカ大統領選だったに違いない。当てにしていたバイデン大統領が体調不良で副大統領のハリスに変わった時、勢いがトランプに流れるであろう事を予想したに違いない。そのトランプは、大統領になる以前からゼレンスキーに不信感を持っていた。「ゼレンスキーは世界一のセールスマンだ」と言う言葉に込められた痛烈な皮肉からしても、好意を持たれていない事は明らかだった。
トランプが大統領になったら、もう支援をして貰えないかもしれないと言う予感。トランプに痛い所を突かれたのは、カードが無いと言う指摘だった。この際、カードと言う言葉の意味は、交渉のアイテムと言う例えで、ビジネスマン出身のトランプは、何事も取引であり、外交とは、そう言うやり取りが必要であり、その上で互いの腹を探り合い、落とし所を見つけ、損得を考え、納得のいく形で交渉を成立させる。ビジネスに生きる人達なら、それこそが鉄則とも言えるルールなのだと、トランプの交渉術に理解を示すのかもしれない。
事実、ゼレンスキーの此処までの交渉術はプレゼンテーションに近かった。ぶっちゃけてしまえば、無償の援助をしてくれと言う内容だった。この無償の援助に関してゼレンスキーは切り札を持っていた。それは物や金ではない。国同士が交わした<条約>と言うカードだった。
その条約とは、ウクライナが核を捨てると言う条件で、外国が安全保障をすると言う約束だった。その外国の中にアメリカとロシアも入っていた。直後、ロシアは裏切った。裏切ったロシアに対し、アメリカは何も制裁しなかった。ウクライナの領地は次々と武力で切り取られた。ヒラリー、オバマ、バイデン、トランプ、アメリカの大統領達は何もしてくれなかった。ホワイトハウスで起きたトランプとゼレンスキーの歴史的な口論の発端は正にそこだった。
日本時間の早朝4時過ぎ、私用を終えてテレビのチャンネルをNHKに回した所、偶然にもホワイトハウスで行われたゼレンスキーとトランプの安全保障をめぐる記者会見を放送していた。放送は生ではなく録画だったが、日本の何処のテレビ局よりも、いち早く放送したのはNHKだった。
キーワードになった<安全保障>と言うのは、時の大統領の気分で変わっていいモノではなく、国と国との約束として考えなければならない筈で、ウクライナが核を廃絶した時点で、非武装となったウクライナが外国によって守られなければならない事が成立しているので、「俺は知らん。前の大統領達が決めた事だ」と突き放すのは詐欺行為に近いのではないか。
要するにゼレンスキーは裏切られた被害者の立場で、条約にアメリカが関わっている以上、そこに関してはどう請け負ってくれるんだと怒気を含んだ物言いになったのは自然な反応だった。
会見後の世界の殆どの反応はゼレンスキーを評価した。アウェイと言う立場でありながら、ゼレンスキーは現状と状況と、これまで経緯を嘘偽りなく正直に訴えた。
トランプとゼレンスキーのやり取りは、判り易く例えれば、金持ちが貧乏人に「俺達が恵んでやってるから御前等は生きてられるんだろう?」と言うニュアンスに近い響きがあった。でなければ、昔の日本の親父たちが発した「誰の御蔭で飯が食えてんだ」と言う響きにも近い。あの会見は見ようによっては親子喧嘩みたいでもあり、実際、二人の年齢差は親子に近い。
世の中には、喧嘩して仲良くなると言う展開も実際ある。何故そうなるか?と言うと、喧嘩ほど相手の人物が見えるモノは無いからだろう。その時は互いがヒートアップしていても、時間が経てば冷静になり、その喧嘩がどう言う類のモノであったのかが見えてくる。
喧嘩相手が何を言いたかったのか?
何を訴えたかったのか?
何を求めたのか?
ジックリと煮込んだ旨いシチューの様に味わいのある喧嘩であった事にジワジワと気付いてくる。そうやって気心が互いに知れて来る。
ウクライナにとって最良の展開とは、頑固親父のトランプが「ゼレンスキーの小僧は中々やりおる。面白いから手を貸してやるか」となれば、不名誉な会見が一変して、歴史的な名誉ある会見となるに違いないのである。
