ドラキュラから逃げ延びた一人の男の物語! | 何でもアル牢屋

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惨劇の舞台から、たった一人だけ逃げ延びた男の物語。人はそれだけでワクワクするものだ。
前回書いた「レンフィールド」と同年に公開された作品「ドラキュラ デメテル号・最期の航海」。ドラキュラ物語を知っている者ならば、この物語の結末は既に判っている。ドラキュラと言う悪が勝利する事が確定している絶対的な条件下での話なのである。当然、登場人物はドラキュラの餌食になり、船内は惨劇の舞台と化す。
主人公は医者である。何故、医者なのかと勘繰れば、ドラキュラと対峙する有名なハンターのバン・ヘルシングの職業も元々は医者なのである。アクション要素が強くなった最近のドラキュラ映画では、バン・ヘルシングが闘志満々の吸血鬼ハンターみたいな描かれ方をするのだが、彼の本職は医者であり、そもそもモンスターを狩るハンターではない。伝説化したドラキュラと言う存在に興味を持つ、ちょっと風変わりな医者と言った方が当て嵌まる。

デメテル号と言う箱庭に目を付けたのは中々のアイデアであった。ドラキュラの舞台はイギリスだが、ドラキュラが最初からイギリスに居た訳ではない。彼はルーマニアのドラキュラ城から航海してイギリスに来たのである。何故、イギリスなのか?と言う点については作品ごとに動機が違う。例えば、クリストファー・リーの傑作「吸血鬼ドラキュラ」では、主人公のジョナサン・ハーカーの美しい妻を狙ってイギリスに渡る。ゲーリー・オールドマンの「ドラキュラ」は少し捻って、ジョナサンの妻が、昔、非業の死を遂げた妻に似ていると言う理由が動機だった。
この作品のドラキュラの動機は判り易い。餌が無くなってきたからやってきたのだそうだ。ルーマニアの山村では狩り不足になった。だから餌の多い土地へ行こうとなった。リーやオールドマンのドラキュラは、どこか人間っぽく不純な<不倫劇>を彷彿させるが、このデメテル号のドラキュラは、心そのものが無い根っからの怪物である。
要はルーマニアからイギリスへの途中劇であり、従来のドラキュラ物語の中で呆気なく語られる、漂着した沈没船で何が起こっていたのか?と言う点にスポットライトを当てた作品なのである。

実の所、ドラキュラ物語に精通している人からすれば、この船での惨劇に違和感を持ってる人は意外に多いのかもしれない。

まず、ドラキュラは空を飛べる能力がある筈なのに、何故、船なのか?この疑問に対してはあっさりとした答えが浮かぶ。飛行で夜明けまでに辿り着くのが困難だからである。飛行機だって無い時代だから船での移動となる。まあ無理の無い設定だ。
何故、乗組員が殺されなければならないのか?乗組員たちは未知の怪物と勇敢に戦って死んだのではない。只の航海中の餌だった。ドラキュラは目的地まで大人しく寝ている訳ではなく、人間と同じ様に腹が減るのである。彼は野生動物の様に、餌以外の殺生をしようとはしない。危険な存在と認識すれば襲い掛かる点でも野生動物と同じである。

この点で分析すると、最近の吸血鬼映画の吸血鬼は、シリアルキラーの様に面白がって人を殺している風にも見える。その見せ方は違うだろうと個人的に思う訳だが、どうやら世間が求める<人気の取れる吸血鬼>とは、無益な殺生をする殺人鬼でなければならないようだ。

だが、この映画には魅力が確かにある。

航海前の荷積みの場面で乗組員の一人が、長方形の木箱に描かれたドラゴンの紋章を見て顔色を変え、この紋章の意味する不吉さに戦慄する。何故ならば、ドラゴンの紋章はドラキュラの家紋だからである。不吉の象徴、先行きへの不安の印として物語に厚みを加える。
闇夜に包まれた船内と言う舞台も効果的で、僅かな明かりと、船内の軋む音、波の音しか聞こえない夜の海。乗組員は「舟から鼠どもが消え失せた・・・」と不安そうにぼやく。鼠が居てこその健全な船旅だと彼は言う。船旅とはそう言うものなのかと、このシーンで視聴者は、ちょっとした知識を教えられる。
ふと望遠鏡で辺りを見回すと不吉な何かが居た。それがハッキリと何かは判らなかったが、人間ではない何かである事だけは判った。人ではない何かが、この船に乗っている。「いいぞ、いいぞ」と視聴者のテンションは上がってくる。こう言うセンスがホラーには必須なのである。

終わってみると、この映画の位置付けは<ドラキュラ エピソード0>なのである。
ドラキュラと主人公の医師は船内でバトルを繰り広げ、細かいネタバレは避けるが、両者ともにイギリスに上陸する。医師は知っている。あの怪物が上陸し、このイギリスの何処かに潜伏しているのだと。医師は、一連の出来事を経て、自分は、あの怪物を追跡しなければならないのだと、自分に言い聞かせるように決意をする。
ドラキュラ物語の裏エピソードと言ってもよく、この主人公が、どう暗躍していくのか想像すると楽しくなってくる。バン・ヘルシングと何かの縁があるのかもしれないとか、単身、ドラキュラ城へ乗り込んで探索を開始するとか。この映画は続編を作るべきだ。商業映画を抜きにしてでも続きを観たいと思わせる魅力がある。
ネットで評判を見てると酷評に近い評価が比較的多いが、そう言う人ってドラキュラ物語に思い入れが無い人なのかもしれない。あのエンディングを観せられたら、期待と想像が膨らむばかりだろう。