意外に知られていないプロレスラーの裏舞台! | 何でもアル牢屋

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プロレスって世間では、どう思われてるんだろう?

偏見的な見方では「頭の悪そうな力馬鹿たちのイカサマ商売」と見る人も居るかもしれない。よくテレビで見かけるプロレスラー達の発する<野蛮で頭の悪そうなオーラ>は、酷い表現だと怒られるかもしれないが否定しずらい部分もある。そのオーラは真正ではなく演技なんだろうと言う事は見ている側も暗黙で察している訳だ。
過去形の書き方になるが、私自身、プロレスにハマった時期がある。14歳から20歳までがピークで、以降、プロレスに対する熱がグーンっと急降下し冷めていった。嫌な事があったとか、そう言うのではなく、興味がなくなった。同じ頃に漫画を読む機会も減り、活字を好む様になった。何かが切り替わる転換期だったのかもしれない。
活字を読む様になって常日頃、感じる事の一つに、記者と呼ばれる人達の書く文章に圧倒される事が多々ある。取材力、構成力、動きのある生きた文章、何もかもが在野の書き手とは明らかに違う。プロレスと言うジャンルに興味を無くしたにも拘らず、本屋で見掛けると手に取ってしまう自分が居る。しかも懐かしのプロレスラー、レジェンドともなれば、妙に興奮してしまう。消滅したかに見えたプロレスへの関心と執着が頭の片隅に残っているんだろうか。そうとしか思えない。
 

田崎健太と言う作家。68年生まれで大学卒業後、小学館に入社。経歴を見ると週刊ポストの編集者であったらしい。つまり記者である。99年に退社し、以降はフリー作家としてスポーツ、芸能、政治と幅広く現在も執筆活動をしている。彼の書いた「真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男」「真説・長州力 1951~2018」の両作品は傑作である。この両作品は二つで一つと言っても良い。片方を読んだら、もう片方も読みたくなるタイプの本。前編&後編と捉えても良いかもしれない。
両作品ともに共通しているのは<プロレスの光と闇>であり、世間一般が見ている表のプロレスと、その表の裏にうごめく魔物と本人を取材して生々しく見事に書き綴っている。一言で書けば「世間一般はプロレスを知らなさ過ぎる」のである。メディアで見せる飄々としたレスラー達の姿からは想像できない闇が、裏舞台には存在していたと言う事実。
本を読む前、プロレス業界は札束が飛び交う派手な世界を勝手に想像していた。試合が終わるとレスラーは意気揚々と控室に引き上げ、人目を気にせず缶ビールを空けてグビグビと豪快に飲む。前もって沸かしてあった風呂に飛び込む輩もいる。その後は、お決まりの頭の悪そうな野蛮なトークを記者陣の前で展開させ、誌面のネタを提供する。そんな業界だと思っていた。
 

プロレス業界は、例外はあるが、基本的に団体のトップレスラーが経営者として君臨する。代表的な所では、ジャイアント馬場やアントニオ猪木がそうだろう。長州力も初代タイガーマスクの佐山サトルも新日本プロレス出身者で、共にアントニオ猪木の手ほどきを受けた愛弟子である。

昨年死去したアントニオ猪木は驚くほど経営が不得手で、多くの社員やレスラーに迷惑を掛けたらしい。あらゆる経営に手を出したが、その殆どが失敗で半端ないほど借金を作り、有名レスラーに払うギャラですら困窮していた。なるほどって感じなのは、確かに数あるプロレス団体の中でも新日本プロレスの分裂騒動は類を見ない。出たり入ったり離合集散を繰り返す新日本プロレス。全く真逆なのはジャイアント馬場が経営する全日本プロレスで、選手の裏切り、離脱はあったが、経営難と言うのは聞いた事が無い。そんな極端な二人を著者の田崎は、思い付きの猪木と深謀遠慮の馬場と評している。
 

長州力と佐山サトル。共に80年代のスーパースターの二人だった。長髪をなびかせ剛力でねじ伏せる長州をテレビで観て、怖さを感じた。現在、変なオジさんみたいなキャラになった長州からは想像できない変わり様だ。

佐山サトルはどうか?SNSが普及して巷でブレイクしたのが<佐山の暴力動画>だった。どこぞの学校でキックの練習中、竹刀を片手に生徒をバシバシぶん殴って怒鳴っている姿が話題になった。

思わず「うわっ・・・」と引く様な凄惨な映像にも関わらず、観た視聴者はゲラゲラ笑うと言う怪現象が起きた。田崎は、この映像について佐山に取材で切り込む。佐山によると話題作りの芝居であったと本の中で明かしている。暴力が笑いに変わると言う現象はプロレスだけが持っている要素であり、他の格闘技では余り見られない不思議なジャンルと言えるだろう。
この本でとにかく印象に残るのは、プロレスラーのずさんな経営能力で、猪木は勿論、長州、佐山の二人も認めている。例えるなら、喧嘩で勝ったガキ大将がトップに立ち、負けた奴は下っ端の役員として就くと言う感じで、まるで中国の水滸伝みたいだ。

経営に対する恐怖心が無く、社員に給料が行き渡らなくても平然としている。ヤクザの世界ですらソコまではいかないのに、プロレス業界はそんな非常識がまかり通っていた時代があった。当然、内乱が起きる。内乱を起こした首謀者は誰かを引き連れて旗上げをする。その首謀者も経営能力が欠けているから同じ悲劇が起きる。笑えるほど滑稽な業界に思えるが、その辺の内部事情を田崎健太が上手く描いており、不思議と嫌悪感は無い。何処か愛嬌があり、憎めないプロレスラーと言う人達の人生が、田崎の本には詰まっている。