金田一映画 女王蜂 「お前は琴絵さんを幸せには出来ない~」 | 何でもアル牢屋

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市川版・金田一映画の四作目、女王蜂(78)
例えば、かつて自分が愛した女が自分の親友と結ばれ、その間に出来た娘を自分が育てる事になった時、人として父親として平常心でいられるかどうか。その育てた娘が成長し、昔愛した女に似てきたとしたら冷静でいられるのかどうか。横溝正史は女王蜂と言う作品を書きながら、そんな事を自問自答していたのかもしれない。或いは、それは世の男達、全てに突き付けた「あんただったら、どうする?」と言う挑戦状だったかもしれない。
横溝正史は、1950年代に連載小説として<悪魔が来たりて笛を吹く>を書いていた。後に書籍化され、映像化もされ、今も舞台で演じられるほどの人気作品な訳だが、その人気とは裏腹に、日本のミステリー小説の歴史の中でも史上群を抜いておぞましい話だと思う。横溝の悪魔が来たりて笛を吹くは、近親相姦の連鎖を生々しく描いた問題作なのである。

この女王蜂は、その近親相姦の片鱗を見せる作品であると私は思う。血の繋がらない娘を一人の女として愛そうとしてしまう父親の苦悩を描いており、その偏愛が殺人事件を引き起こす。

父親が娘を、母親が息子を異性として溺愛してしまう事を世間は許さない。近親相姦の現実は古今東西を選ばない。この日本でも60年代に実際に起きている。その事件は、酒に酔った父親が娘を夜伽(よとぎ)に使い、繰り返されたSEXによって娘は妊娠してしまう。それで産んだ子が何と4人。その内の二人は生んで間も無く死に、もう二人は今も何処かで生きている。事件の顛末は、娘が父親の寝首を掻いて殺す事で殺人事件に発展した。実際に、そんな事あんのか?と、ビックリ仰天のこの事件を切っ掛けに法の改正が行われた。それまで親殺しは死刑になるほどの重罪だったが、孕まされた娘の境遇が余りにも哀れで情状酌量の余地がある為、親子絡みの殺人も<通常の殺人事件>として扱われ、今現在に至っている。
で、市川崑監督は、この女王蜂を映像化するに辺り、かなり悩んだに違いない。なにせ原作通りやると、かなり陰湿な物語になる事は確実なので、大きな流れは変えず、それでいて人様が普通に観れるエンターテイメントを提供しなければならない。そうなった時に入れる要素と言えば<笑い>が定番になってくる。怖い話に笑いを取り込むのは市川崑の得意技なのである。それは金田一映画の一作目の犬神家の頃から一貫して貫いている信念で、作り手としての感覚的なものなのか、恐怖と笑いと言う相反する要素が実の所、非常に相性が良いって事に気付いていた。今の日本にスター的な監督が出てこないのは、まず技術重視で、こういった感覚的な部分が鍛えられていない事が一つの要因になっているからだ。
流石は市川崑監督で、この暗い話を見事な出演陣で華のある映像美作品として完成させた。高峰三枝子、仲代達矢、沖雅也、司葉子、岸恵子、市川金田一には必ず登場する坂口良子、三木のり平、大滝秀治、白石加代子。中でも一番陽の光を与えてくれるのは喜劇俳優の伴 淳三郎(ばん じゅんざぶろう)で、しがない初老のベテラン警官役なのだが、雰囲気、喋り方が独特で不思議な魅力を放っている。

見所の一つに白石加代子の怪演がある。事件の重要参考人として回想シーンで登場するのだが、その白石加代子が怖い。ボロ屋で瞬きせずモッタリと低い声で昔話をするシーンは子供の頃からトラウマで、同じ経験の人は意外に多いかもしれない。どうも、あの姿が作家の岩井志麻子に見えて仕方がない。そう言えば白石加代子は「病院坂の首縊りの家」でも同じ様に回想シーンで登場し、同じ様な演出で視聴者を怖がらせている。この演出は映像ならではの遊びで、市川監督の客を怖がらせようと言う悪戯心(いたずらごころ)が伺える。前にも書いたけど、本当に映像の遊びが好きなんだよな、この監督さんは。

映画・女王蜂ファンは、この人を抜きには語れない。「九十九と書いて「つくも」と読む」のセリフは有名。

まず、俳優・神山繁のロン毛が良い。彼の職業は霊能力者である。嘘か真か彼は念力で女を口説き落とす事が出来るらしい。あまりマシな使い方はしてないようだ。実は彼も、その昔に琴絵さんと言う大道寺家のマドンナに惚れていた男の一人。さすがの霊能力でも琴絵さんは落とせなかった模様。

そのリベンジとばかりに今度は琴絵の娘の智子に狙いをつける。智子を物にして欲を晴らそうと言う訳だ。茶会の席で智子に「開かずの間の秘密を教えてやるから研究所に来い」と誘い出す。まんまと智子は誘き出される。九十九は仕掛け部屋に閉じ込め智子を気絶させ「チャンス」とばかりに襲い掛かるが、何者かが天井からドスを3本投げつけ、それが背中に突き刺さり、違う意味で「イって」しまった