こんにちは

まーにゃですニコ



江戸時代のお正月には

さまざまな芸をする人たちが

家々を回ってきました。


家の門の前で芸をするので

門付け芸」と呼ばれていました。



獅子舞


豊国/珍図獅子舞

かっこいいですね❤︎


新調した衣装と手拭い、黒足袋といった服装で

依頼のあった家へ行き舞を披露しました。


獅子舞には、

悪魔祓い飢饉や疫病を追い払う意味が

込められています。



私が子供の頃には

獅子舞が家に回って来ました。

頭をかじられると病気をしないと言われて

泣く泣くかじってもらった記憶があります。

▼まさにこんな感じですww

歌川国芳 /はやくにげたい 下総 葛西海苔


最近は

家々を回る獅子舞は

見かけなくなりましたね。



万歳

歌川広重「冨士三十六景 東都駿河町」

中央を歩く二人組みが万歳。

左の編笠の女性は「鳥追」です。


万歳は話芸と呼ばれる芸能のひとつで

起源は朝廷で大工が仕事始めに唱えた

「千秋万歳」だと言われています。


麻の素襖(すおう)の烏帽子姿の太夫

半袴姿の才蔵の、2人1組でした。


才蔵が打つ鼓に合わせて

お祝いの言葉を述べたり

こっけいな掛け合いをしたりして

家々の繁盛と長寿を祝ったそうです。


英一蝶/十二カ月の内 正月

三河万歳は

江戸城や大名屋敷にあがって舞うことが

許されていたそうです。



鳥追


歌川豊国 /鳥追い『江戸名所百人美女』「赤羽」


新年に門口で、扇で手をたたきながら祝言を述べ、米銭の施しを得たもの。

江戸初期、京都悲田院の

与次郎が始めたとされています。


江戸中期以降、新年に女太夫たちが

新しい着物に日和下駄・編み笠姿で

三味線などを弾きながら鳥追い歌を歌って

家々を回ったそうです。

なお
阿波踊りの女性の扮装は
鳥追い女の装束に倣ったものだそうです。

庭山耕園が描いたとされる鳥追女


さまざまな芸人たちが

江戸のお正月を賑やかに華やかに

盛り上げていたんですね♫
















こんにちは

まーにゃです{emoji:ニコ}



1月11日は鏡餅の「鏡開き」ですね。



鏡開きのルーツは

武家の「具足開き」がルーツだそうです。


幕府の年中行事

御具足餅開き「柏書房『復元江戸生活図鑑』」より

この絵を見ると武家にとって

具足がいかに特別なものか分かりますね。


具足開きとは正月の間

床の間の具足(甲冑)に添えられてた

具足餅(丸い餅を重ねたもの)を

11日に飾りを解いて下げ

その日の夜に雑煮などにして

食べる行事のことです。

久能山東照宮 具足祭

13代将軍・徳川家定の青絲威具足


{emoji:ピンク薔薇}


女性が使う鏡にも

丸い餅が供えられ「鏡餅」と

呼ばれていました。



鏡餅というと丸いお餅を使用しますが

これは昔の鏡を例えたものになっています。

今では丸い鏡よりも

四角い鏡のほうが一般的ですが

昔の鏡は青銅製で丸い形をしておりました。


鏡開きという言葉は

ここからきているそうです。


{emoji:ピンク薔薇}


武家では餅を「切る」というと

「切腹」に通じて縁起が悪い、とされ

餅は切らずに

手や木槌などで叩き割って食べ

開く」という言葉が使われました。


「開く」という言葉には

末広がりという意味もあり

「具足開き」は一家の繁栄を願う行事でした。


具足餅は

細かくして家臣たちにふるまわれました。


最初は雑煮にしていた具足餅ですが

19世紀中頃の天保年間に

汁粉に入れるようになったそうです。



もともと江戸の庶民は

1月4日に供えたいた餅を下げて

食べていましたが


やがて武家の習慣を真似て

11日に木槌を使って

鏡開きするようになったそうです。


江戸時代は旧暦でした。

2022年の旧正月は2022年2月1日です。

旧正月は旧暦にもとづく祝日なので

日付が毎年違います。


来年、2023年の旧正月は

1月22日になります。


ちょっとややこしいですねニコニコ


鏡開きのお餅の活用いろいろ


鏡開き開きで細かくしたお餅で

いろいろ作ってみましよう♫


雑煮


あられ


モダン焼


いろいろ見ていたら

お腹が空いてきましたww{emoji:ニコニコ}












こんにちは

まーにゃですニコ


今日は1月7日は

七草粥を食べて祝う習慣が有りますね。


▼味噌探訪記

【レシピNo.21】柚子みそ風味の七草粥柚子みそ風味の七草粥七草粥は出汁と塩でシンプルな味付けで作られることが多いですが、ほんのり柚子みそが香る七草粥はいかがでしょうか?リンクmisotan.jp


春の七草をお粥にして食べる習慣は

飛鳥時代平から始められ

江戸時代より一般に広まったと言われています。


セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・

ホトケノザ・スズナ・スズシロ

(味噌探訪記より)


1月7日の人日の節句は

3月3日の上巳の節句(桃の節句)

5月5日の端午の節句

7月7日の七夕の節句

9月9日の重陽の節句

の「五節句」の一つです。


七草粥は

年末年始やお正月の後に

疲れた胃や身体をいたわるため

また

生命力に溢れたに七草粥を食べ

今年一年の無病息災を願う行事として

根付いていますね。


年の初めに

芽が出始めたばかりの春の野草を摘む

「若菜摘み」の風習は

古くから日本にあったそうです。


人日の節句の日

江戸城では将軍以下全員が

長裃を着てあらたまり

前夜からお囃子つきで

恵方に向かってついておいた七草を

入れたお粥を食べ

無病息災を願ったそうです。


▲四代目歌川広重/江戸府内絵本風俗往来」

七草を準備しているところのようです


もともと七草粥を食べる習慣は

武家にあったものですが、


江戸時代になると

庶民も食べるようになりました。

七草粥に入れるものは

7つ揃っていなくてもよかったそうです。


三代歌川豊国 /

春遊娘七草(七草がゆをつくろうとするの女性)


人日の節句が終わると

いよいよ江戸の松の内も幕を下ろします。


この節句は区切りの行事として

大事にされていました。


現代も七草粥を食べ終わると

日常が戻った感じがしますね🌿