昨日は
虫の声を楽しむ日本人の文化
についてのお話でした。
世界的にみて
虫の声を「声」として認識できるのは
日本人とポリネシア人だけの特徴なのだそうです。
日本人と中国人、そして西欧人にコオロギの鳴き声を聞かせ脳波を観察したところ
日本人では
言語をつかさどる左脳が優位に活動したのに対し
その他の人々では
直観や感覚的な処理を行っている右脳が優位に活動したそうです。
この結果は
牛の声、小川のせせらぎ、尺八の音でも
同じような結果だったそう。
日本人は虫の音をはじめとした自然の音を
【言葉】として聞き、それ以外の人々は
【音】として聞いているということなのだそう。
この特徴は
日本語を話さない日系2世には見られないそうで
人種的な特徴はではなく【日本語を話す】ということが独自の思考回路がを形成する
と考えられているとのこと。
サラサラ
ザーザー
ゴーゴー
シトシト
ザブンザブン
…
日本語には実に沢山の擬態語・擬音語があり
いろいろな音を繊細に感じて聴き分けて
そして表現しています。
谷川健一著
『日本の神々』より
「大昔、森羅万象がアニマ(霊魂)をもっていた時代、植物も岩石もよく言葉を話し、夜は炎のようにざわめき立ち、昼はサバエが沸くように沸騰する世界があった。存在するのは善意にみちたものばかりとは限らなかった。夜は蛍火のようにかがやく、あやしい神がいるかと思えば、昼はサバエのように悪い神がうろついた。サバエは稲の害虫であるウンカをいう。もっともつつましい存在と見られる青水沫(あおみなわ)さえ、自分を主張して異議を申立てた。日本列島の到るところ、動植物はいうまでもなく、岩石や火や水までも人間とおなじように喜怒哀楽の感情をあらわにし、生き生きと動いていた光景を「日本書紀」は次のように活写する。
葦原中国(あしはらなかつくに)は、磐根(いはね)、木株(このもと)、草葉(くさのかきは)も、猶(なほ)能(よ)く言語(ものい)ふ。夜は熛火(ほほ)の若(もころ)に喧響(おとな)ひ、昼は五月蠅(さばへ)如(な)す沸(わ)き騰(あが)る【神代下】
日本人は
人間以外の存在にも感情や声があること
どんな些細な存在にも営みがあること
諸行無常の時の流れの中では全てがひとつということ
そのようなことを
潜在意識の中で感じて暮らしてきんですね。
他の国の人にとっては騒音になるような虫の声の
美しさ儚さ愛しさを感じる感性
そんな感性のある国に生まれて
良かったなぁと
しみじみ思いました
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