『ラブカは静かに弓を持つ』 安壇美緒著 2022年
JASRACの職員が身分を隠して2年間ヤマハの音楽教室に生徒として入会し、「音楽教室での演奏に著作権料が発生するか」という裁判へ向けた証拠集めを行っていたという事実が数年前に発覚しました。本作はそれを元に書かれた小説です。
あらすじ:主人公は著作権団体の一職員。過去にチェロを習っていた経歴からミカサ音楽教室へ2年間生徒として潜入するように命じられる。子供の頃の誘拐未遂事件から他人とうまく関係をもてなくなってしまっていた主人公はレッスンに通ううちに、音楽教師や教室仲間、そして久しぶりに触れた音楽によって徐々にトラウマが解消されていき・・・といった内容。
音楽教室著作権問題に関心があったのと、「音楽×スパイ小説」というジャンルに興味を覚えて読んだのですが、それは設定にすぎなかったというか、教師と生徒、あるいは仲間同士の絆は他の誰かと代替のきくものではない、ということが主題であったように感じました。
私は著作権によって守られている作曲者であると同時に楽器を教える先生でもあり、「楽器が好き」という共通点だけで繋がっている生徒同志の絆を目の当たりにする者であり、他者との関係性がうまく築けない欠落者でもあるので、さまざまな点から久々に刺さりまくる一冊でした。
あと皆さんにはどうでも良いことでしょうけれども、作品の舞台が過去に住んでいたことのある二子玉川だったことも「自分の物語」として引き込まれた一因です(笑)。
ちなみにタイトルの「ラブカ」とは、作中に登場する架空のスパイ映画の題名。
その映画を見た主人公が「別人として生きている間だけ、その男は満足そうな笑みを浮かべていた。」という感想を抱くのが印象的でした。
ネタバレを避けるために物語がどうなっていくのかは触れませんが、最後は泣けます。
音楽がいかに人生を豊かにしてくれるのかという話でもあるので楽器を習っている方にはより刺さると思いますけど、そうでない方も読んだら楽器を習いたくなるかもしれません。
「音楽×スパイ小説」というジャンルからは予期できなかったほど心を揺さぶられました。おすすめです!
ところで音楽教室著作権裁判は2020年に最高裁で決着がつき、教室での生徒の演奏は著作権対象外という判決でしたので、生徒の皆様はどうぞご安心ください。