『悪霊』 | Wind Walker

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ネイティブアメリカンフルート奏者、Mark Akixaの日常と非日常

悪霊 1 (光文社古典新訳文庫)

 

『悪霊』 ドストエフスキー著 1871年(光文社古典新訳文庫版は2010年)

 

 

以前、マリまりさんが「ドストエフスキーでは『悪霊』が一番好き」とコメント欄に書かれていたのを見て、私も『罪と罰』の次に好きだったことを思い出して久しぶりに読んでみました。

 

好きな割にはどんな話だったのかいまいち思い出せなかったのですけど、再読してみて納得。「なにやら裏がありそうな登場人物たちが謎めいた会話をする」という暗号めいたシーンが多く、話の全体像が今ひとつよくつかめません。

 

それが嫌で投げ出したくなってしまう人もいることでしょうけれど、個人的にはその「よく分からないからこそ惹きつけられる」というのが最大の魅力だと思います。そこがアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』とも共通するような気が。意外とエヴァ好きな人にも面白いのかも?

 

 

当時のロシアは農奴解放令の後、貴族社会の価値観が崩壊しつつある過渡期でしたが、その流れを加速させようと無神論などの新しい価値観をもった若者たちが秘密結社を組織して社会の転覆を狙うという図式。

 

タイトルの「悪霊」とは、「ルカによる福音書」のイエスによって人から追い出された悪霊が豚の群れに憑き、湖になだれ込んで溺死したというエピソードに由来しています。

 

1869年にモスクワで起こった内ゲバ殺人事件をモデルにしていて、本作でいう「悪霊」とは革命思想のことであり、革命思想に取り憑かれた若者たちの暴走と自滅が描かれています。この作品を読む限りではドストエフスキーは革命思想には明確に批判的でした。

 

実に主な登場人物の3分の1が非業の死を迎え、翻訳者である亀山郁夫氏の表現によると、「『悪霊』はドストエフスキーの『地獄篇』である。」

 

物語は滑稽なほど牧歌的に始まり、多くの死に彩られた悲劇で幕を閉じますが、ラストに得られるカタルシスはなかなかのもの。悲劇を好む方にはオススメです。

 

 

オススメといえば、またしても光文社古典新訳文庫ですよ。

 

全3巻ですけど3冊とも巻末に「読書ガイド」がついていて、『罪と罰』もそうでしたけど、これがまた知らなかった情報満載でとっても面白いのです。

 

スタヴローギンの名前の由来が「十字架」とか、シャートフの由来は「揺れ動く」とか、ドストエフスキーが思想的に一番肩入れしていた人物はシャートフだとか。

 

実は翻訳の亀山氏、ロシア語に詳しい方からは意訳・誤訳が過ぎると批判されている方なのですけど、ロシア語がまったく分からない私からすればここまで読みやすい日本語に翻訳してくれたことと、有能すぎる読書ガイドを書いてくれたことに感謝の念しかありません。

 

本作を過去に読んだことがある方も読書ガイドだけでも読む価値ありです。