こういう記事を読む度に、外国人労働者の問題の本質を本当に見抜いていないなと実感いたします。移民を受け入れるかどうかの議論なしに、どうしてこういう風に既成事実を作りにいっているのか、結局そこに日本政府のご都合主義が垣間見える気がします。
特定技能はもともと成立のときから問題ある制度です。各省庁間の事前の打ち合わせもなく、外枠だけ作って中身は後からで、受け入れ人数だって国会で野党の突き上げがあったので、急遽作り上げた数字であり、送出し国から何が始まったのかわからず、ベトナムでは全くやる気のない制度でございます。
だいたい無制限にしても、同じ会社にずっといるわけではありません。日本人若者の就労で一番の問題は定着率にもかかわらず、外国人がちょっとでも転職するようになれば、あえて言葉の不自由な外国人を使う理由にならないでしょう。
技能実習制度も本音と建前の制度ですから、廃止だーとわめく一部の人権派の意見も私は全面的に否定するつもりはありません。そもそも制度に矛盾があるからこそ、その隙間をぬって様々な問題が発生するわけですから、やっぱり今後外国人労働者とどう向き合っていくのか、日本人の中で意見を戦わせなければいけないと思います。
どうせ無制限といいながらも、後からいろいろとやっかいな要件をつけてくると思います。この国は本当に後出しじゃんけんが大好きで、衆議院選挙も終わればまた元の通りに、緊縮財政を盾にコロナ禍で苦しんでいる国民を救わないでしょう。私たちも何度自民党を含め政治家に裏切られているのか、特に高齢者の皆様は気づかないとダメだと思います。
移民に関しては、移民政策のトリレンマということがあります。移民を受け入れ、国民の自由、安全な国家の3つは同時に2つまでしか成立させることはできないということです。ヨーロッパで起きている移民政策の失敗を私たちは学ばなければなりません。外国人を受け入れることによって、日本社会としてどういう問題が発生するのか、すでに日系ブラジル人等の受け入れで今何が起きているのか、そのことに関して日本政府として何を学んだのでしょうか?
すべてが中途半端なのです。それによって様々な迷惑を被るのは一緒に生活する国民であり、そして来日する外国人労働者です。このままではお互い対立と憎しみを生み出す方向にしかいきません。そりゃそうでしょう。いい加減気づいて下さい。育っている環境も教育も価値観、宗教も政治的信念も違うのですよ。まずは互いの違いを認め、理解し合わなければなりませんが、それだって一長一短でできることではないのですよ。
単純にゴミの出し方一つ、地域でのコミュニケーション一つ、仕事への取り組み方一つ、全部違います。そして、中国人、韓国人、フィリピン人、ベトナム人、タイ人、インドネシア人、ネパール人、スリランカ人、インド人、アメリカ人を始めとした西洋の人々、全部考え方も価値観も違います。郷に入らずんば郷に従えというわけにはいかず、民度の違いもあり、そういう人たちがごちゃごちゃになって、日本で働くということになったとき、日本で働くためのルール作りをしておかなければ、混乱するのは当たり前でしょう。それが移民政策であり、移民法なのです。そして、外国人を受け入れるために日本として、何を得て、何を捨てなければならないのか、その覚悟を決めなければならないと思います。
覚悟もなしに外国人を受け入れるなかれ!
今の日本のやり方が一番悪い状況です。国民が外国人労働者を覚悟もなしにただ仕事ができるから、安いから、言うことを聞くからといって受け入れ、そのリスクをきちんと理解していません。今は毎日ベトナム人の犯罪報道が流れない日はないでしょう。大量に受け入れれば、どんなにしっかり面接をして受け入れようとしていても、必ず穴は出てきます。その中にはベトナムでも悪い人間が入ってくるでしょう。彼らが起こす犯罪に巻き込まれても、それは受け入れた側のリスクとして許容しなければなりません。
それが嫌なら、外国人を受け入れずに日本人だけで今後生活していくのかの選択をしなければならないのです。
そういう議論をすぐにでもしなければならないのです。
結局ね、日本政府は逃げているのです。外国人を受け入れることによって、生じる責任は取りたくないのです。ですから、あえて技能実習制度とか特定技能とか、責任逃れの法律を作り、形だけ受け入れるようにして、そこで起きた問題はすべて受け入れた民間に取らせようとしています。本来ならば、少子高齢化を迎えた日本として、この外国人労働者問題は国策として今後の日本の行く末を決める大事なことです。
農業や建設に起きている人手不足は、今後の日本の安全保障にも関わる重要な事ですよ。誰が私たちの食料を生産しているのですか?誰が災害などが発生しないようにインフラ整備をしているのですか?
今、あなた方の便利な生活を一体誰が支えているのですか?
この国の在り方すら変えてしまうかもしれないことなのに、どうしてきちんとした議論をしないのでしょうかね。もう本当に私は呆れてしまっているのです。

