第285話 資質
靴も脱がないまま唇を重ねた。
首に手をまわし
熱い舌をさしこむ。
唇を離し
俊ちゃんを見つめる。
彼の仕草はぎこちなく不様で
どこか迷いがあるように感じられる。
ついこのあいだまでのような
無防備な喜び方をしてくれないことに
私は自分勝手な不満を募らせる。
「ごめんね。 こんなに遅くなっちゃって。
いっぱい謝らなきゃいけないことあるなぁ
本当にごめんなさぃ。 待ちくたびれちゃったわよね?」
しきりに謝りながら部屋にあがり
パイプハンガーの脇に荷物を置いた。
ベッドサイドの壁に
前に来た時にはなかったポスターが貼ってある。
ポカリスウェットのペットボトルを片手に持ち
ブルージーンズにTシャツ姿で
爽やかにほほえんでいる少女と目が合う。
「安室ちゃん好きだったんだ?」
カーディガンをバッグの中にしまいながら尋ねる。
少しのまがあってから
「フラれたと思ったからやぁ…… おまえの代わり」
と俊ちゃんは真顔でそんなことを言う。
「え? なんでそんなこと思うかなぁ?
俊ちゃんのこと本気で愛してるのわからないの?」
私は少し強い口調で返す。
俊ちゃんは黙ったまま
テレビのリモコンを弄っている。
「もぉ……
とにかく、毎日一緒にいるようになればすぐにわかるわよ。 ねっ?」
明るく言って
俊ちゃんの背後から腕をまわす。
心の体温を感じられない。
「私のこと嫌いになっちゃったの?」
「そんなわけねーべ……
ただ……
俺の方がおまえに嫌われたんだと思ってたからや……
いったんおまえのこと諦めちゃったんだよね。
その方が楽だったのや」
拗ねたように結ばれた唇や
迷いのある表情を見ていたら
むしょうに腹が立ってきた。
「いったん諦めちゃっただなんて……
そんなに簡単に諦められるもんなの?
その程度だったってこと!?」
俊ちゃんが
無意識に自分を守ろうとしたのは分かっていたけれど
私は俊ちゃんのことを責め立てた。
「酷くない?! 私は具合悪くて倒れてただけなんだよ!」
俊ちゃんの言葉の真意を探りたくて
煽るようにたたみかける。
「簡単じゃねーよ!
俺、すげーつらかったんだ。
やっぱり誰のことも信じないで生きていこうって思ったんだ!
連絡くらいできっと思うべや!」
俊ちゃんは吐き捨て押し黙った。
彼の感情を見て取り
私は安堵した。
私の存在が
彼の情動に反応をおこさせているのであれば問題はないと思った。
感情の種類を変容させることは難しくないからだ。
憎しみを愛情に転化させたり
怒りを情熱に昇華させることは
コツさえ知っていれば容易い。
いつからか
私はそのことを知っている。
だから時々こうやって
大切な人の感情の波立ちを試してしまう。
私の思惑などに
まるで気がつかない様子で
俊ちゃんは私を抱き寄せる。
「ごめんな」
俊ちゃんが小さく謝る。
「いいの。 仲直りしよぉ。 一緒に一発キメなぃ?」
そう言ってガラスパイプを取り出し
ベッドに腰掛ける。
スピードが
心の壁を取り払うための特効薬になることを
私は誰よりも理解している。
一緒にスピードを吸いながら
俊ちゃんの気持ちを解きほぐしていく。
ある段階まできたら
今度は身体を使う。
俊ちゃんの尻を撫で
潤んだ瞳で誘惑する。
「もう諦めるなんて言っちゃダメ。
あたしたちはどうしたって離れられないんだから」
情事の後
耳元で囁いた。
観念したかのような小さな溜息の後
俊ちゃんは「愛してる」と切なく呟いた。
私はとても満足した。
「おまえは男を絡め取るテクニックがあるね
テクニックってか、持って生まれた資質かやぁ?」
俊ちゃんは言い
ゆっくりと私の髪を撫で始める。
「そんなんじゃないよ。
でも、もしもそんな資質があるんだとしたら
それは俊ちゃんにだけ向けられるんだからいいんじゃない?
私が欲しいのは俊ちゃんだけだもん」
愛情に満ちた指の動きに私はうっとりとして目を閉じる。
きっとこの先何が起きても
私はこの手を離したりはしないだろう。
時代は「アムラー」「小室ファミリー」全盛期だったなぁ。 なかなか筆が進まずごめんなさぃ。 努力します。