第293話 強かなリビドー
盗撮をしている敵の本拠地が必ずどこかにあるはずだ。
やはり隣の部屋が一番怪しいだろう。
敵は交代制のシフトを組み
数人ずつ隣の部屋に常駐しているのではないだろうか。
右の部屋? 左の部屋?
私は右壁面と左壁面に交互に耳を押し付け
些細な音も聞き逃さないように集中する。
トクン トクン トクン トクン …
壁を伝って心臓の音が聞こえてくる。
その音が
自分の鼓動なのか
すぐそこにいる敵の鼓動なのか判別がつかない。
敵の一人が壁越しに
私と同じように聞き耳を立てているイメージが脳裏に浮かぶ。
用意してあった包丁を手に取り
一思いに壁を突き刺す。
包丁は柄の部分まで壁に埋まる。
壁は突き破ったものの
鉄筋にあたって貫通はしない。
すぐさま壁に耳を戻す。
トク トク トク トク トク トク …
敵の鼓動が早くなっている。
私の行動に驚いて壁の向こうで震え上がっているのだ。
『そっちの思惑はわかっている! でもそうはさせない!』
戦意をむき出しにする姿を敵に見せ付けるように
私は包丁を引き抜き不敵な笑みを浮かべる。
私は強い。
こんな卑劣なやり方には断固として屈しない。
――思い知らせてやる――
私は一人きり
巨大な組織に立ち向かおうとしている。
俊ちゃんが敵かどうかは
いったん保留にしておくしかない。
敵の正体がわかれば
おのずと答えは出るだろう。
俊ちゃんが敵でないなら
私が彼をこの状況から救ってあげなければならない。
俊ちゃんを救うことは私の使命なのだから。
『必ず助けてあげる』 私は気持ちを強く持ち
具体的な作戦を考え始める。
敵の人数は? シフトは?
私はバカなことを考えているのだろうか…
問題を不必要に大きく考えているだけなのではないだろうか…
無意味な設定で
無意味な自問自答を繰り返しているだけなのでは…
いや、そう思わせるのが敵の狙いだ!
敵は私に
シャブのせいで気が狂ったと思い込ませ
ここから逃げ出すように追い込む気なのだ。
惑わされてはいけない。
もっと強く自信を持たなければ。
とにかく証拠を探そう!
混乱が混乱を招き
私の考えは幾度も堂々巡りを続けたけれど
敵の存在の現実性だけは疑いの余地がなかった。
見えない敵を詮索する日々は続いた。
壁や天井を破壊するだけには留まらず
盗聴器を探すために
目覚まし時計やビデオデッキなどの電子機器を分解するようになった。
インターホンも分解して不通になった。
よくわからない小さな電子部品は
どれもこれも怪しげに思えた。
それらの残骸は
『何かの証拠』かもしれないと思い
写真を撮った後一つにまとめて保管しておいた。
部屋はお化け屋敷よりも酷い様相だったけれど
俊ちゃんが私を咎めることはなかった。
その日は
俊ちゃんが仕事中
敵からのあからさまな煽りを受けて
私の精神疲労は極限状態にあった。
俊ちゃんは仕事から帰ってくると
いつも「大丈夫か?」と最初に訊く。
私はその問いかけに応えない。
「……少しは食べろわ…」
そう言って俊ちゃんは
コンビニで買ってきたお弁当を差し出す。
「毒入ってるんでしょ! こんなの食べれないよっ!」
『俊ちゃんは敵だ』
『俊ちゃんは敵じゃない』
揺れ動く自分の思考に振り回され
ヒステリックに弁当を床に叩きつけた。
俊ちゃんは何も言わずに後片付けをする。
それから
「俺にもエス吸わせて…」
と溜息と共にガラスパイプを手に取る。
スピードを吸う俊ちゃんの頬を涙がつたう。
堪え切れず零れ落ちる切ない涙の道筋を見て
私も思わず泣き崩れる。
二人は泣きながらスピードを吸う。
こんなになってもスピードを止められない。
どこでボタンを掛け違えてしまったのだろう。
歯車が歪んだのはいったいいつからなんだろう。
――俊ちゃんが敵だとしても――
私の真ん中の芯と
俊ちゃんの真ん中の芯は
どうしたって繋がっている。
それだけは考える以前にわかりきっている
疑問の余地のない真実だ。
『今の私に真実と思えることはそれだけだ』
彼の瞳を覗き込めば一目瞭然。
私達は強くお互いを求め合っている。
二人はベッドの中に滑り込む。
「俊ちゃん抱いてっ!」
私は切羽詰った叫び声をあげる。
身体の境界線が邪魔で
夢中で互いにしがみつく。
敵も行動を起こす。
冷やかすかのように壁を叩く音が聞こえる。
天井の剥がれた壁紙がゆっくりと動きだす。
部屋のあちこちに禍々しいものが渦巻いている。
複数の視線を感じながら
不安と緊張が転じて私の性感は高まっていく。
『覗かれている』ということを前提にする形で。
『敵の存在』を利用するような形で。
私のリビドーはこんな状況でさえ
セックスの高揚のために利用するくらい強かなのだった。
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