第294話 ほどけた秘密
敵はなかなか尻尾を出さず
戦いは長期戦に突入していた。
私は二ヶ月もの間
必死で部屋の詮索を続けているのに
肝心の盗撮機器や盗聴器を発見できずにいた。
敵からの嫌がらせや圧力は
加速度をつけてエスカレートしていくのに
物証だけがどうしても上がらなかった。
近頃、敵は
私を不安に陥れるためますます容赦なく
驚くほど大掛かりな方法で攻撃を仕掛けてくる。
壁を通じて聞こえてくる音はあからさまだし
トイレやバスルームの通風孔からは
ヒソヒソ声が聞こえてくる。
同じマンションの住人が
表の通りから何時間もこの部屋の監視をしている。
私は負けじと何時間でも睨めっこに付き合う。
でもそれは
私の注意を窓側に引き付けておくためのオトリで
敵はその時間
部屋の内部に新たな仕掛けを作っているのかもしれない。
敵は相当数いるようだし
無駄のない組織だった動きをしている。
気分転換のため出かけると必ず集団で尾行される。
それもわざとそれとわかるように付回される。
すれ違いざまに意味ありげな言葉を囁かれたり
追い抜いてからわざわざ振り返って笑われたり
近距離で指を指されたり
おもむろに睨まれたりした。
車やバイクでの嫌がらせも頻繁だった。
改造したクラクションの音で何度も驚かされた。
信号無視で突っ込んできたバイクは
体スレスレのところを通過していった。
そんな状態だったから
出かけても大抵は目的の場所まで辿り着けず
消耗しきって部屋に戻ってくることになった。
そしてトドメを刺される。
物の配置が変わっている。
開いていたはずの壁の穴が塞がれている。
最初は当然
私の勘違いか気のせいだと思おうとした。
けれど
コンビニに行くなどの短い時間でも
部屋に戻ると必ず何かしらの変化があり
不安は確信に変わった。
敵は当たり前のように
部屋の中にも入り込んでいるのだ。
私はやっきになって詮索活動にのめり込む。
壁をほじくり
天井裏を見張り
部屋のあらゆるところを写真に収める。
常に敵から包囲されている緊迫感で
一時たりとも気が休まることはなかった。
ある日を境に
マンションの真上で
ヘリコプターが飛ぶようになった。
ヘリコプターは上空を通過するのではなく
そのまましばらく停滞している。
同時に
マンション前の通りで
大掛かりな道路工事が始まった。
これらの騒音の洪水は
私が敵を詮索することを妨害するためか
敵が音の発する作業をするための隠れ蓑だろう。
『ここまでやるの?』
『どうしてこんなことが出来るの?』
自分の不利を痛感し
確実に追い込まれていくのがわかった。
――もう限界だ――
私は
警察に相談に行く事を考え始めた。
ドラッグの使用が発覚して私が逮捕されても
一緒に敵も検挙出来るならそれでも構わないと思った。
この事は
前代まれに見る大事件に発展するに違いない。
だけど一体どう説明すればいいだろう。
一つ一つの出来事は
意外と些細なことなのだ。
事故に合いそうになっただとか…
知らない人物に付きまとわれただとか…
外から部屋を監視されていただとか…
それらが
同じ人物から連日受けている被害なら
警察も取り合ってくれる可能性はある。
だけどそうではないのだ。
ヘリコプターや道路工事の騒音。
壁や通風孔から聞こえる音や声。
『被害』とは呼べない出来事の連続でしかない。
その全てが
悪意を露に私に向けられている事が異常なだけで
それらの繋がりや因果関係を証明することは不可能だろう。
それに
私一人にここまでのことが出来る組織なら
警察と内通している事だって充分に考えられる。
むしろそう考える方が自然だ。
だとすれば
私が警察に足を運んだ時点で
「飛んで火にいる~」ということになる。
敵のあざとさに
まるで歯がたたない自分の無力さに腹が立つ。
やはり物証を押さえない事には八方塞のままだ。
きっと私は知らず知らずのうちにコントロールされている。
敵の支配から抜け出して裏をかくしかない。
『どうすればいい?』
私が詮索していることは枝葉の部分ばかりで
結局のことろ肝心の幹の部分は不確定のままなのだ。
輪郭がぼやけているくせに
リアリティだけが異様にクッキリとしている。
それはきっと
敵の思惑によって作り出された現実が
織り交ぜられているからだ。
私は
意味を探し辻褄を合わせながら
現実を断片的に繋いで物語を紡いでいく。
どこかで一つでも仮定を間違っていれば
無意味な空想の物語でしかない。
思考が行き詰ると
焦点を俊ちゃんに戻すことにしている。
これだけ
異常な現実の中にいて
俊ちゃんが何も言い出さない事が一番不可解だからだ。
近頃の俊ちゃんは
かろうじて仕事には行けているものの
覇気がなく無機質で
全く感情を表に出さなくなった。
打ったら響く彼のことが大好きだったのに
あの頃の面影はもうどこにもない。
俊ちゃんは仕事に行っているふりをして
本当は夜な夜な敵と打ち合わせをしているのかもしれない。
私はそう勘ぐるようになっていた。
仕事から帰ってくると
俊ちゃんは「胃が痛い」と腹を抱えて
緑色の粉末の胃薬を水で流し込む。
いつからか彼は
胃薬と睡眠薬を常用するようになっていた。
とてもつらそうに見えた。
胃薬を常用するようになった頃から
コンビニでスポーツ新聞を山ほど買ってくるようになった。
私が壁を破壊している間や
玄関の小窓からマンションの人の出入りを監視している時など
俊ちゃんはずっとその新聞に読み入っている。
私にはすぐにわかった。
その新聞の中には
暗号化された敵からの指示が隠されているのだ。
俊ちゃんは時々
新聞を読みながら
極度に挙動不審になった。
いきなりカーテンを開けて表を見回したり
空っぽの洗濯機をまわしたりした。
前後の繋がりのない突発的な行動だった。
きっとそれは
敵からの指示を受けての行動で
『あえて不可解に作られた』ものであるから
私はそれに振り回されるべきではないと心に決め無視を続けた。
一緒にいても
てんでバラバラなことをしていた。
二人でいるのに孤独だった。
一人ぼっちの時よりもうんと孤独だった。
あんなに強く
心に描いていた二人の夢は
どこにいってしまったのだろうか。
それでも『愛している』気持ちは何も変わらず
きっとそれが一番の問題なのだと私にはわかっていた。
私は包丁を枕の下に忍ばせて眠る。
夢の中でも逃げている。
壊している。 探している。
浅く儚い眠りにまどろみながら
夢と現実の境界線は溶けていく。
覚醒剤が切れた。
私は友人に電話を入れて
仙台までの交通費は別に『運び代10万円』で
大量の覚醒剤とLSDを届けてもらうことにした。
友人は新幹線に乗ってすぐにやってきた。
私は受け取りの際
お金の間メモを挟んで渡した。
『3ヶ月以内に私から連絡がなければ警察に連絡して下さい。
危険な組織に監視されているの。 信じて。』
その日
久しぶりにLSDを使った。
俊ちゃんはあまり気乗りしないようだったけれど
私に付き合う形で
紙切れの半分だけ口に含んだ。
ディズニーの『美女と野獣』を見た。
LSDの効果なのか
二人はめずらしくリラックスしていた。
そのうち
俊ちゃんがハラハラと涙を流しはじめた。
「ごめんね。 ごめんね。
俺はずっと、おまえが言うことを流してた。
ちゃんと聞いてなかったんだ。 ごめんね。
本当のこと言うよ。 俺、人を殺したのや」
俊ちゃんは激しく嗚咽し
泣き咽びながらその場に嘔吐した。
固形物の含まれていない黄色の粘液を
止め処なく吐き出す。
背中を摩り続けたけれど
彼の胃液の逆流は全然止まらなかった。
俊ちゃんの言葉が真実だと直感した。
想像もしていなかった
ほどけた彼の秘密。
頭の中が真っ白になり
何も考えることが出来なかった。
ちょっと長かったかな。 詰め込みすぎたかも。 文章もやや雑だね。
この章のクライマックス近いです。 シュールな内容だけど完全にノンフィクションだから。
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