第214話 スピード
本文は小説です。
ここに書いてあることは全て私の過去の体験に基づいたもので、現在のことではありません。
ドラッグは法律で禁止されていますし、人生に悲惨な影響を及ぼすものであることを先にお伝えしておきます。
「なあにこれ?」
思うところは多くあったけれど
このドラッグが何なのかを私は知りたかった。
「こっちがエスでこっちがエックスっすよー」
トオル君は
ビニール袋に入った白い粉末をエスと
小瓶に詰められた錠剤をエックスだと教えてくれた。
「SとX?」
私は首を傾げる。
「スピードとエクスタシーな」
ヒカルが
そんなことも知らないのかよ
と口を挟む。
「ふ~ん そぉなんだ」
ヒカルの何にでも熟練者のように振舞う態度が鼻につきながらも
私はとくに興味があるともないともいえないような受け答えをする。
スピードもエクスタシーも
名前を聞いたことがあるだけで
その正体が何であるのかを私は知らなかった。
トオル君は
白い粉末の入っているビニール袋から
大きめの結晶をスプーンですくって取り出すと
事前に綺麗にしておいたテーブルの上に置いた。
直径にすると3センチくらいはありそうな結晶を
カードキーで慎重に砕きながら潰していく。
近くで見ると
それは白い粉末というより
小さな氷砂糖のように見える。
色は透明に澄んでいて
砕かれたものは味の素にそっくりだった。
「こうやって こうやって こうっすよ~」
ハイホーの口笛にのせて
トオル君はアルミホイルを何度か折り紙のように
ものすごく丁寧に折り曲げていく。
そのアルミホイルを
カードキーを使って
神経質に皺を一本づつ伸ばし
ピカピカのまったいらな状態にする。
「出来上がりっす」
トオル君は
アルミ箔の上にスピードをのせると
下からライターで炙って気化させ
立ち昇る繊細な白い煙を
千円札をロールしたストローで吸い込む。
「こっちも出来上がりっと」
ヒカルはスケッチブックを破ると
仕上がった絵を私に手渡す。
「すごーぃ! ボールペンでよくこんな風に書けるわね! 写真みたぃ」
実に天才的に写実的な絵ではあったけれど
私の興味と好奇心はドラッグに向けられている。
「俺も一発キメるぞー」
ヒカルはそう言うと
さっきトオル君がしたのと同じように
アルミホイルを適当な大きさに千切り
カードキーで伸し始める。
何かの儀式みたいに
表情は異常な程真剣だ。
「おまえは?」
「ううん、 私はいい。 仕事中だし」
自分が使用することは断ったものの
二人にどのような変化と症状が現れるのかを
私は興味深く見守っていた。
「キタキタキターー!!!」
なんて言いながら
二人は何度も何度もスピードを吸い込む。
見ていると
マリファナを吸ったときのような
目に見える変化は現れていないように思う。
二人の意識ははっきりとしているし
身体の芯が抜けてグニャグニャになるといったこともないようだ。
「それって、 どんなかんじになるの?」
私が尋ねると
二人は待ってましたとばかりに
スピードにまつわるエピソードを饒舌に語り始めた。
「はまるんっすよねー とりあえず、何にでもはまるんっすよ!」
「細かい作業とか集中力いることに最適なんだ。
スピードっていうだけあって時間がたつのが超早いんだぜ!
こないだなんてさ、カップラーメンにお湯いれて3分待つつもりが
ちょっと絵を描いてたら3時間もたっててさー
カップラーメン食えね~~! うどんだよ、あれは! はははは」
「ヒカルさん マジうけるっす! マジうけるっす ぶっぶっぶっぶ」
「トオル、スネ毛の話してやれよ! はははは」
「あれ、 マジやばいっすよ! ぶっぶっぶっ マジやばかったっすよ!」
二人はとにかくよく笑う。
瞳孔が開き
不自然に目を輝かせながら
早口でひたすら話し続ける。
二人の楽しそうな雰囲気に
私もつられて笑いはするけれどいまいちピンとこない。
「こないだ、スネ毛をピンセットで抜いてたんっすよ
そしたら俺、左足のスネ毛を全部抜いちまって。
見てくださいよ! ほら!」
トオル君はバスローブをはだけて
両方の足を私に向ける。
「うわぁ!」
左足だけが
女の足のようにツルツルのピカピカである。
「シャレにならないっすよ! ぶっぶっぶ」
その話を聞きながら
ヒカルは笑い転げている。
たしかにおもしろい話ではあるけれど
そんなに笑い転げるほどのことかぁ?
と私は二人のテンションにやや押され気味である。
「とにかくな、
酒でもシンナーでもマリファナでも全部終わりは「寝る」だろ?
スピードはそこが違うんだよな! 3日間は寝ないでもイケるよ
スーパーサイヤ人だよ、 まさに! 超ハイクオリティってやつだよ!
仕事ははかどるし、勘は冴え渡るし、ムテキングなわけよ! はははは 」
ヒカルは唾を飛ばしながら興奮気味にそう言う。
「マジでそうっすよね! ヒカルさんは説明がうまいなー!
無敵なんっすよね! いわゆるパキパキな状態って超ハイパー?」
トオル君はヒカルの説明に感嘆して頷きながら
自分はよく訳の解からないことを言っている。
どこが説明うまいんだ?
と私は思わずにはいられないのだが
きっと、やったことがある人間にとっては
その説明はピタリと自分の体感したものと一致して
気持ちがよいものなのだろう。
「ふぅ~ん、 スピードねぇ。 そんなにいいもんなんだ?」
私は白い粉末の入ったビニール袋を見詰める。
「スピードってのは主に北朝鮮ルートと暴力団ルートがあってさ
俺の客がヤクを加熱処理する精製所を持ってる大元なんだよ!
半端じゃねー人なんだ! 女なんだけどさ。
だから、こんなガンコロみたいなスピードが手に入るってわけよ。
末端にいくやつは粉々になったカスみたいなやつなんだぜ。
このホテルは一応、隠匿場所でもあるんだ。」
「なんか知らないけど、大丈夫なの?
危ない橋渡ってるわねぇ・・・。
私、そろそろ出の時間だから帰るね。」
今、目の前にいるヒカルは
以前私が付き合っていた頃のヒカルとは違う。
ヒカルは
正真正銘のジャンキーだ。
もしかしたら
原因の一端は私にあったのかもしれない。
そう思うと胸が苦しかった。
「おまえにもちょっとわけてやるよ。 また遊びに来いよな?
どうせ昼間は暇してんだろ?」
ヒカルは早口でそう言うと
スピードの結晶を何粒かアルミ箔に包み
私の手に握らせた。
私は何も言わずに
それをバッグの中にしまい
複雑な気持ちでホテルから出ていった。
今でこそ、S=スピード=覚醒剤というのは常識ですが
この頃に初めてスピードをいう呼び名で流行ったんじゃないかなぁ?
そしてこのとき私は、恥ずかしいことにスピード≠シャブだと思っていた。
シャブ、覚醒剤、注射器といった恐ろしいイメージを和らげるかのように
若者の間では「炙り」という手法が横行してたいました。ですが、結局は注射を打つのも炙るのも同じこと!
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