放射線治療が終わり転院する事に
放射線治療が終わり転院する事に
3月3日に放射線治療が終了し、MRIを撮りました。
アバスチンをしている為、腫瘍が写りにくいのかもしれませんが画像を見た感じだと腫瘍が無いように見えました。
足の麻痺は以前とあまり変わりは無くリハビリも頑張っているのですがまだ家に戻れる状況では無いとの事
…という事で転院するしかなくなってしまいました。
私が仕事をやめて家で母を見ることが出来れば戻れるみたいですが経済的にそれは出来ず兄も統合失調症を患っているため介護を一日中するにはリスクが大きいというのが転院の理由です。
今度の病院は家から2時間位かかる上に大分古くて隙間風が入ってきて寒いのです。入院患者さんは皆さん85歳以上で自力では歩けないような方達ばかりでした。この空間に母はいつまでいなくてはならないのだろう…
早くここから出したいと入院の当日強く思いました。
病気を治すのに気持ちが一番大事なのでないかと思っている私がこの環境では頑張れない気がしてしまったので一日でも早く家の環境を整えようと決心した一日です。
今日は東日本大震災からちょうど10年ですね。
この震災で亡くなられた方そのご家族の皆様のご冥福をお祈りします。
二度とこんな事がまた起こらない事を願うばかりです。
そして健康な自分でいられることに感謝して過ごしたいと思います。
母の進歩
こんばんは

今日も少し嬉しくなる出来事があったので投稿します。
母は電化製品等に疎く新しくて便利ものを好みません。(覚えようともしないので困ってました)
父は10年の闘病生活の末、5年前に他界しています。
その父の入院や兄の入院で母も携帯を持っていた方が良いのではという事で携帯電話を購入する事になりました

こうして母も携帯電話を持つ事になったのですが携帯を携帯する事は無く、いつも電源は入っていない。結局基本料金を毎月払っているだけという状況





そんな母が本日、「お母さんの携帯電話って何番
同じ病室のおばあちゃんが来週転院しちゃうから番号交換したいんだけど」と言ってきたのです。

お母さん離れている間にお友達が出来て
携帯電話で話が出来るところまで成長してる😭
(今までは電話のでかたすら分かりませんでした)
病気になって良かったとはまだ思えませんが、
心が強くなったり、休む時間をくれたり、病気になった理由はなんなのか振り返るきっかけになったり、家族の絆が深まったり、周りの方の優しさに気付いたりと悪い事ばかりではないのかもしれないと思いました。
これで母の膠芽腫が治ってくれれば
最高ですね。
最後まで読んでくださりありがとうございます
<(_ _)>
また、落ち込んだり元気になったりしながらブログを書きたいと思います。
よろしくお願いします



アバスチン始まりました
皆さんこんばんは
今日は杖と手摺なしで10メートル位歩いたよ

昨日、母から嬉しい事を聞いたのでブログに書きたいと思います

15日からアバスチンの投与が始まったのですが
私はアバスチンを始めることにあまり納得がいきませんでした。
MRIの結果は特に腫瘍の増殖は見受けられないという事だったのですが脳浮腫があって原因は手術の時に使ったギリアデルの副作用との事。
で、それを落ち着かせるためにアバスチン

薬の副作用を薬で止めるそしてとても強い薬。
それってどうなの
と思っていました。

でも、思っている事を先生に言えず結局お願いしますと言ってしまいました…



投与した日の体調を聞きましたがそれほど変わりはないという感じ。
そして翌日また母に
したところ

今日は杖と手摺なしで10メートル位歩いたよ

と言いました



久しぶりに感動的な出来事で涙が出そうでした。
(電話中周りに人がいたのでこらえました…)
病気の症状が出てからあまり喜んだ記憶がなかったので本当に嬉しかったです。
アバスチンのおかげかどうかはわかりませんが
アバスチンをすることに決めて良かったのかもしれないと思えた出来事です

これから先、辛い事も沢山あるかもしれないけど
たまには良い事もあって小さな事でもすごく嬉しくなれるのだと気付かされました。
このブログを読んでくださった方にも小さな幸せが沢山訪れますように


