小平、調布、 | ざっかん記

小平、調布、




2連チャン演奏会、済む、

っいま調布の終演後、チャリンコで府中と東府中との間、旧甲州沿い南側にあるあの塩ラーメンが絶品のラーメン屋でじつにひさかたぶりに食事をして、

っこないだ三鷹試掘の帰り、直近の朝日町の整理作業所の黙々先輩、江戸時代ボス、野帳くんほかを訪ね、コンヴィニで購った駄菓子を差し入れて、油を売りがてら近世の遺物の接合作業へすこしく横槍を入れていたら、っもう常勤の作業員さんが見了えたものをひとつみごとにぼくがくっつけて、休憩時間になったのでいっしょにシガレットを服んで、聖蹟別棟へ戻る途次、想い出して前を走った際には、っざんねんながら午の仕込み中で、っしかし引いたカーテンの向こうに親父さんの横貌がわずかに見え、っお元気そうでなにより、っそれでいま食してきたが、っあいかわらず旨い、っここで食事をするときには、っいつも100mほど東府中へ寄った公園へ駐輪しておくのだが、っいまそこでシガレットを服みつ、

オバケが出そうな大嶽電機は取り壊されてしまっていて、っすでにして綺麗なマンションに建て替わっている、

っきのうきょうと、っなんと仕事を休んでしまう、っきのうあさ、6時ころにはいったん目覚めたとおもうが、っぼやぼやと2度睡をして起きると9時に10分前くらいで、ダメだこりゃ、っと体調不良ですと嘘八百メイルを残業ボスほか、っおよび本社へ送り、っずる休みしてしまう、っそれできょうも、っがんらい午前中のみ仕事をする心算が、っそのままつづけて休む、体感としてはしょっちゅう有給をもらって休んでいる気がするが、っぜんぜん消化できずにたくさん余っている、働き方改革はあきらかに悪法で、日本人はもっと馬車馬みたように働くほうが性に合っているとおもう、過労死などほんのほんのレア・ケイスなので、っその人たちを気遣うあまりに、労働者全般へ閑を半強制するとは、行政として安牌を頼りすぎの憾である、、、っずる休みするヤツの科白じゃないが、



っさておき、室から小平までの距離を甘くみており、12時ころやっとシャワーを浴び、12:30ころ出立して、器へ着いたのは13:45ころ、器自身に無料のものがあるとは知らず、っその手前の有料の駐輪場へ停めてしまったのが癪だが、自由席で、入場すると1階席のみ開放、前回公演は東府中だったか、っそのときもそうだったことを想い出す、っそれならばぼくとして厳密な位置取りは不要で、右寄り後方、2階の庇より手前にまだ良席が遺存していた、

っその小平は井﨑正浩氏の棒、ICUの学生オケで、アンコールも含めてオール・ボロディン・プロ、《中央アジアの、、、》、《プリンス・イゴール》の〈序曲〉〈ポロヴェツキ・ダンス〉、っそしてシムフォニー《2番》である、アンコールは識らない曲だったが、予期したとおり、っそれを演っても2時間におおきく足らず、済んで駐輪場まで来て15:35、調布の開演17時にはじつに余裕があり、っさほど急がずにムサコ、ムサコから崖線に沿って武蔵野、野川公園へ向かい、アメリカン・スクールの脇を通って調布飛行場へ出、調布の演奏会時にはいつも隠れて喫煙することにしている駐輪場へ着いたのは16:35、っきっかり1時間の道程であった、シガレット1本ののち入場、っぼくには不要だったが、マーラー《3番》は1楽章後に20分の休憩、



っまずは小平だが、ICUは、東大かどちらかで入学を迷う受験生もいるという名門のはずだが、学生オケはあまり巧くなく、去年いくつも聴いた学生オケのなかには、っもっとずっと勝れた団体がいくつもあった、っこれまでは古典派、っないしは浪漫派でも硬派な閥の作品をおおく聴かされてきたが、っきょうはぐっと時代を降ってボロディン、っといってもぜんぜん19世紀の人か、

アンサムブルはあいかわらず並以下、器も乾いていて粗を隠してくれないが、井﨑氏は恆のとおり丁寧な棒を振られ、打楽器を交えると音量音圧としてはぞんぶんに飽和し、テクニークの不足もまずまず誤魔化されうる、《2番》のシムフォニーは戸塚の楽団でも聴いたが、井﨑氏のお気に入りなのかもしれない、複雑な展開を有たず、動機を羅列せしめて、ロシア人がみようみまねでシムフォニーを書いてみました、っという程度の代物だが、木管群や低絃の扱いに〈ポロヴェツキ・ダンス〉とおなじ匂いがし、フィナーレで打楽器が加わると、っその音彩がたのしい、



調布のほうは佐伯正則氏の棒、彼氏はほかでもないきょうほんじつが50歳のお誕生日でいられ、っそれを祝すべく全国から参集したマンモス・オーケストラで、マーラー《3番》、佐伯氏は国立の出でトロムボーンを事とされ、っしかし25年ほど以前から指揮専業となられたとのことだが、器へ着くとN響トロムボーンの吉川氏らしきお顔もみえたから、斯界の一隅ではそれなりの著名人なのかもしれない、客席もほぼ満席であった、っこちらは指定席で、2階の右方に予め良席を得ておけたのもありがたかった、プログラムには楽員各位の平素の所属団体名が無数に記載せられているが、っそのなかにはぼくがこれまでに聴いたことのある団体、っことしこれから聴くこととなる団体も複数ある、

テクニークとしてはまずまずといったところで、っあれこれと細密な表情の差配は求めるべくもないが、曲の概観を提示しうるだけの腕はどのパートにもあったとしてよいか、佐伯氏も表情らしい表情はほとんどお示しにならず、っずっと拍をお振りだったが、1楽章の再現では終結へ向けた昂揚でなかなかに気骨溢れるアラルガンドを聴かせられたものだし、5楽章でも、ボーイズが地声をふんだんに遣わないのはざんねんだが、アルト・ソロを導くセロの部分ではやはりぐっと腰を落とすおもい入れぶりで、っのち、頂点にタム・タムを伴なう管絃の登坂の部分でも同様、っおそらくきょうが生涯で同曲初振りでいらしたのだろうが、っお若くときよりこの曲にあくがれ、演奏される日を夢にみてこられたというだけはある、

フィナーレはじつに入魂で、っさいしょの絃の主題には万感が籠っていたし、同主題をフリュート、オーボー、クラリネットがユニゾンする部分では、っぼくはまたこの部分をことのほか愛しており、聴きながらおもわずに涙腺が弛んだ、大団円は、金管、ティムパニはマイルドに融かし、絃のトレモロを燦然と閃かせる行き方で、っよくサマになっており、快い幕切れだった、

1楽章では最高の聴かせどころ、例のホルンのソロにコン・マス、、、っきょうはコン・ミスだったが、セロのソロ、木管各種が絡む部分で、っやはりそこへ入ってゆくときにずいぶんとテムポを落とし、っぼくにはそれがいかにもうれしかった、ハープは、っぼくは要所ではぽろんぽろんと大人しくしていないで、どぅるりんっ、っと粒のおおきな奏楽を聴きたいのであるが、っきょう観ていると、奏者はところによって、指ではなくピックのようなものを用いて弾いているようで、っそれによりグリッサンドがしばしば、びちびちびちびちっっっ、っとけたたましい音を発しており、っまことに痛快であった、

3楽章のポスト・ホルンは、っわざわざフィンランドから奏者を呼んであったようで、舞台袖でではなく、舞台へ出られて、コーラスとおなじ雛壇の奥へ坐して吹かれていたが、っこれが絶不調で、ったびたび音が出なくてしまったのには同情を禁じえない、っご当人、友人の晴れの舞台へ華を添えられなくてさぞかし落胆されたようで、吹き了えてがっくりと肩を落とされており、楽章終結とともに袖へ下がられ、終演後のカーテン・コールでもついに当礼へお出にならなんだ、

4楽章のニーチェを謳うアルトは花房英里子女史で、声量にはやや不足したようだが、っべつに吼え立てるような曲でもなく、っそれよりも濁りのないよい声質であり、堪能す、

終演後、何度めかに指揮者が舞台へ呼び戻されると、8本ホルンがひとりでにマーラー全曲冒頭句を齋奏し、っそれがおもむろに《ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー》へ変容してコーラスとソリストとが唱和し、唄い了えるとマーラー1楽章終結となって、佐伯氏に花束が贈呈せらる、



仕事をずる休みしてこんなに遊んでいれば世話はない、



っさて、っあすは大船、坂入健司郎氏とアマチュアとの公演、N響の奏者連も幾人か参加されるようだ、切符はたしか無料であったとおもうが、っということは、っかの靴ノイズくそじじいが来訪する可能性大である、っとまれ、彼氏がどのあたりへ坐すかは知れているので、っそこからうんと距離を取った位置へ坐せばよいのである、

っいままだ府中の公園、っもう22:30になっちゃったや、



みずの自作アルヒーフ

 

《襷  ータスキー》(全4回)

 

https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351779591.html(㐧1回配本)

 

《ぶきっちょ》(全4回)

 

https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351806009.html(㐧1回配本)