錦糸町、 | ざっかん記

錦糸町、




金山隆夫氏の棒、オーケストラ・ディマンシェなる楽団で、フムパーディンク《ヘンゼル、、、》の管絃楽の部分をいくつか抜萃、っそれとハンス・ロット《シムフォニー》であるが、っゆうべも睡たのが2時3時であり、一寸以前にだいぶん話題になっていても聴かずにおり、っだからぜんぜん識らないロットのわりに長大な楽曲では、睡魔との格闘も一苦労であった、っどうやら全曲に亙って意識はあったとおもうが、



フムパーディンクは、童話に題を採っていて、っわりにライトな主題群から成るが、っしかしヴァグネリアンだけはあり、メルヒェンな調子がしばしば不穏不吉なカラーへ転調せしめらる、オケのテクニークはアマチュアとして上の下というか中の上といったところで、音量としてはじゅうぶんであり、声部間の音勢バランスも適切、金山氏は例によって熱狂の頂点においても無粋にして淡々端然たる棒なので、金管や打楽器が煽動に乗って羽目を外すということもない、



ロットは、開演前に金山氏がマイクを持たれ、曲にはブルックナーやマーラー、っまた、閥としては対立関係にあってもブラームスからの影響もあると、オケにそれら他の作家の曲とロット自身のものとの部分部分を演奏してもらいながら話さる、

っいざ全曲を聴いてみるとなるほど、っほとんど直接的の主題の類似性も、っまた書法や楽曲構成の共通性も隨所に顕著であった、っただどうだろう、作家が生前に曝された無理解や、直接にせよ間接にせよそれを原因とする彼の夭折には同情を禁じえないものの、全体として未整理の憾は拭えない、っよしんば彼に《2番》《3番》と書く天壽があったならばようよう熟れた作も生まれたかしれないが、っすくなくもこの処女シムフォニーをもって歴史に埋もれた傑作とするのはいささか肩入れもすぎようとおもう、

無理もない、ブルックナーだって、っだいぶん後年の、ったとえば《8番》に至ってすら、初稿はじっさいに音にしてみるとずいぶん杜撰に聞こえ、そりゃ指揮者にもオケにも断わられるよ、ってなものだ、マーラーも、っあれほどの管絃楽法の大家で、っどんな複雑なスコアだろうとお茶の子さいさいという印象でも、《巨人》の初稿などほとんど素人然としているほどだし、《復活》1楽章と《葬礼》とを比較してみれば、っよりゆたかな創意の所産ほど、成立時点では作家当人にしてからが収拾が附けられないのだということがよくわかる、っほかに、チャイコフスキー《ロメ&ジュリ》や《マンフレッド》、シベリウス《Vnコンチェルト》なども初稿と決定稿とをともに音源として聴くことができるが、っいずれもその間の飛躍には目を瞠らされ、っあれほど雑然としていたものをよくぞここまで洗練せしめられたものだと感心する、っだから、弱冠20歳のロットがこのシムフォニーを往時の楽壇から拒絶せられたとき、っもし彼氏が自作に対して1音たりとて変える必要はないと頑なになっていたのだとしたら、っそれはやはり自信過剰とすべきだ、っもちろん、っおおくの先達連からの諫言は、未整理だから洗練させよという類のでなく、っただ嘲笑と悪罵とであったろう、ブルックナーとマーラーとだけが彼を擁護したのである、っこのふたりの目にだってロットのスコアはいかにも未整理と映じたにちがいないが、っそれよりも、っそこへ胚胎せられ、っあるは氾濫を始めている彼氏の創意のほうを尊重したのであり、っいつの日も、歴史のなかでさようの人物の役割はおおきい、

痛し痒しである、人一倍ナイーヴでなければ歴史に遺る傑作は書けない、っけれどもナイーヴにすぎては精神も肉体も崩壊してしまう、ロットにこのシムフォニーを改訂するだけの忍耐があったら、あるは《2番》以降を書いていたとしたならば、っという条件附きでならば、っぼくもその早すぎる死を悼む側であることになんら吝かではない、っただ、っこのままなにも書き変えないままでは、っこれでは名曲傑作と呼ぶわけにはゆかない、っそれがまた、シヴィアな歴史の篩というものである、



金山氏は、っきょうの2楽章の主題を紹介される段で、ことし私はマーラーの《3番》を演奏しますので、そのスコアを勉強していて、このロットの2楽章との類似性をおもわないわけにはゆきませんでした、っとおっしゃってマーラーの6楽章冒頭とロットとをすこしくずつオケに演奏させていられたが、っじつに聞き捨てならない情報であり、終演後すぐさま検索してみるに、っそれは今夏、っみなとみらい21響という楽団との川崎での公演であり、早速に切符を購った、

マーラー《3番》はこんげつもらいげつも聴くこととなっており、っこんげつのものは月末、調布でアマチュアが夕から行なう公演だが、っぼくは、っあさは出勤して午前のみ仕事をし、午はチャリンコで小平まで行って14時から井﨑正浩氏とICUの学生オケとの公演、終演後、調布へ移動するわけだが、調布の開演は17時、小平-調布間は、公共交通機関では便がわるく、っそのままチャリンコで行く、以前は国分寺棲まいだったので道はあらかた想像が附くが、1時間くらいは掛かるとおもう、井﨑氏のほうがたっぷり2時間だと中座せねば間に合わないこととなるが、っふだんは古典古典したプロであるこの楽団がこんかいはボロディン一色で、メインの《2番》シムフォニーというのは25分くらいっきり掛からないので、本プロのみでは15:30以前に全奏が完了してしまおう、っなにかわりに長大なアンコールがあったにせよ、16時よりだいぶん以前にハネ、チャリンコですこしく急げば、17時に調布にいることは可能と踏んだ、っことしはどこの誰だかわからない人の公演へはもう行かないと云ったのだったが、っすきな曲でもあり、っつい衝動購いをしてしまう、っしかし、っせんげつにはすでにして井上キーミツを聴いており、っこれからまだ年内に3度も聴くこととなろうとは、



っさて、っお次はちょいと間が空いて来週の土日、山形にてキーミツと山響とのモーツァルト・プロ2連チャンの旅程、



みずの自作アルヒーフ

 

《襷  ータスキー》(4)

 

https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351779591.html(1回配本)

 

《ぶきっちょ》(4)

 

https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351806009.html(1回配本)