初台、
川瀬賢太郎氏の棒、名古屋フィル東京遠征公演、済む、
レスピーギ《トリニティ》で、《噴水》《松》ののち休憩、《祭》の演奏順であったが、近現代の管絃楽の機能性を縦横に聴かせるかかる演目では、聴く側として指揮者の音楽性を積極的に云々するのも躊躇われるものの、名フィルは、プロフェッショナルの楽団が数多に犇めく東京の楽壇へ果たし状を叩き附けるにじゅうぶん十二分の、っまさしく機能性満点の合奏を披瀝した、愛知県出身者のぼくとして、っまことに鼻高々である、っべつにぼくの貢献なんてなんにもないけれど、
川瀬氏は、っごく局所を除いては表情らしい表情はなにもお示しにならないで、3曲いずれでもずっと拍をお振りだったが、っぼくは概して中音量以下の静かな部分により惹き附けられた、名フィルは絃も木管も金管も打楽器も、ハープやピアノ等の特殊楽器もすべてがいつも明晰で、一寸した漸強弱や和音が丁寧に丁寧に掬われてゆき、《噴水》からどの場面もうっとりと聴き惚れる、っまた、初台のオルガンは東京周辺の他の主たる音場のものよりも分厚く豪壮で、っそれが淡麗なる管絃と相俟つ様は、っじつに一興である、っその絢爛を見送ってのち〈黄昏のメディチ荘、、、〉は長く長く尾を引いて消えてゆくが、っやはり弱音におけるしかし音々の質量と緊張感との保持こそは出色で、大勢お客の入ってほぼ満席もうれしい堂内は、っみなおもわずに息を呑んだのであった、
《松》以降、最強音がより甚大となると、流石にこの器では飽和し切ってしまい、ったとえばこの〈ボルゲーゼ荘、、、〉や〈アッピア街道、、、〉、っつづく《祭》の〈チルチェンセス〉あたり、っぼくは最大音量の裡にもいまひとつ多声的の妙味も見舞われたくおもったが、っどんなにつよく鳴っても、っこのおなじ器で聴いた尾高/PPTのエルガーみたように、音量の増減っきり伝わらないで音楽がいつまでも聴こえてこない、っという惨状へはけっして陥らないで、最後まで多彩なニュアンスを発散しつづけた、
っその最たる果実はもちろん〈ジャニコロ、、、〉であろう、主役のクラリネットは云うに及ばず、彼がひと節吹くたびにすこしく漸強してきて間を繫ぐ絃は情緒に濡れていちいちすばらしく、っのち楽器を殖やせば、フリュートも、セロも、ハープも、オーボーも、ピアノも、っみな夢幻境に綾成して瞬き、っこちとら陶然となる、鳥の啼声は場内のスピーカーから出ていたが、譜面の指定通りほんとうの鳥の声をテイプで流していたのか、っあるいは、楽器の音であるようにも聴こえた、楽器といって水笛の類ではなく、円筒形の木材がふたつ継ぎ合わされていて、回転せしめると木部が擦れ合ってきゅぴきゅぴと発音するあの系統の音である、っぼくはここの鳥の声は、テイプは使わずに、舞台上の打楽器奏者連が、水笛を中心とした楽器の音で表現するのが、音の質感として最もすきである、
〈アッピア街道、、、〉は、急くようなテムポの人もおおいが、ったっぷりと腰が据わって、っもちろんそのほうが快い、っこの曲は、っいまだ静かなうちをいかに内容ゆたかに聴かせるかが勝負であろうが、っきょうは朝靄を立ち昇らしめる絃も、コール・アングレの唄い方も、っそれとファゴットとの掛け合いも、怪しげなクラリネット連の重奏も、っそれが済んだあとから加わるオルガンのペダルによる重低音のつよめのバランスも、っすべてがたのしく、充実していた、大トュッティへ至って以降は、っあの飽和した音響ではどうしても3連目を絃主体に聴かせることができずにしまうが、っまあ致し方なかろう、
《祭》の〈チルチェンセス〉は、オルガン脇へ居並んだ4人のトロムペットのみで舞台上の大管弦楽が消され勝ちとなってしまうが、っこれもまあ致し方ない、っではあのファンファールを大人しく吹けというのもそれはそれでちがう、絃は、鳴りがわるいわけではもちろんない、〈50年祭〉はちゃんと熾烈に迸る、っこうした場面では、中央ヨーロッパの連中とは異なる、哀感もまた竹を割ったようにきっぱりとして健康であるイタリィの人の気質を実感しないわけにゆかない、
っついに〈主顕祭〉の乱痴気騒ぎも、名フィルにはいつも、っどこまでもアンサムブルの堅牢を崩すまいとする意識があり、っそれでいて必死に弾いた際にお客に与えてしまうあの窮窟さもなく、最後の最後まで高度のゆとり、余裕がある、っだから最終音まで駈け抜けたとき、痛快でもあり、爽快でもある、
川瀬氏は、ふだんはお話しはしないんですが、っとマイクを持たれ、日比氏のご勇退を告げられる、日比氏からもひとことあり、袖から花束を持って出られたのはなんと同フィルの主将のおひとりたる山本氏、っでアンコールのみ日比氏がきょうの若いコン・マスと席を替わられてマスカーニ《カヴァレリア、、、》間奏、01年のコン・マスご就任というから、っぼくがまだ田舎へいたころからだが、っあの往時ぼくが通った公演では、パヴェル・エレット氏やヴィーン・フィルから招いたライナー・ホーネック氏がトップへ坐していられることがおおかった、ったしかに日比氏がコン・マスをお務めであった記憶が遺っているのは、芸文センターでの定期で、先年物故せられた外山氏がアメリカ・プロをお振りになったときで、バーンスタイン《ウェスト・サイド、、、》〈シムフォニック・ダンス〉の〈マムボ〉において、客席のほうを向き直って口許へ手を当てられ、率先してマムボを吼えていられた姿が、っいま脳裡へ鮮やかである、湿っぽいお別れではなく、最後までにこにこしていられたが、名フィルのこの20余年のゆくたてをご覧になっていて、っこんにちのアンサムブルにはつよい自信を得ていられるのではなかろうか、っぼくとしても、彼氏という一角を喪っても、同フィルが今後もますますの清祥を遂げられると信じて疑らない、永年お疲れ様でしたと、衷心からなる労いを述べたい、
っさて、っお次はこの木曜から4連チャン、っそれも井上キーミツ、コバケンさん、コバケンさん、キーミツというこのおふたりの4連チャンなので、木曜は半日のみ仕事をして大阪行、っまずはキーミツの小曽根氏とのご共演、大阪フィル公演で、去年のキーミツのご療養で延期となったプログラム、翌日のコバケンさんは故・飯守氏の代役で関西フィルとの追悼公演、っもう1泊してコバケンさんを追って横浜へ戻り、彼氏と日本フィルとの公演、っそして日曜は池袋でキーミツと千葉の子供たちのオケとの公演である、休みのときほど疲れてしまうきょうこのごろ、
みずの自作アルヒーフ
《襷 ータスキー》(全4回)
https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351779591.html(㐧1回配本)
《ぶきっちょ》(全4回)
https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351806009.html(㐧1回配本)