ギロッポン、
コバケンさんの棒、フィルハーモニック・アンサムブル管で、マーラー《復活》、済む、
っわりによい演奏だった、
同管は、ったしか河地良智氏の棒で同曲を30年ほど以前にきょうとおなじサントリーで演っており、っそのライヴ音盤はここで紹介済みだが、っその後もコバケンさんと、海外楽旅も含めて複数度に亙って同曲を演奏してきたらしい、国内ではサントリーで公演を行ない、コーラスも含めた大所帯でたまに外遊にも出るというくらいだから、メムバー個々が小銭を出し合って運営している通例のアマチュア楽団ではなく、っなにかしらスポンサードせられているのだろう、っそれならばもうすこしく合奏能力自身も高度であってよい気もせぬでもないが、複数の音盤いずれに聴く彼等も、っまた実演でだいぶん以前に触れたコバケンさんとの《ヴェル・レク》でも、下手というか、音が細い、量が足りない、っもっと自身の音を前へ前へ押し出してくれたい、っきょうもそんな調子で、絃など、頭っ数としては膨大だが、っみな舞台上でのみごにょごにょやっているようで、っなかなか音がこちらまで来ない、木管も金管も同様である、っぼくなど、開演直前までインナー・ヘッド・フォンで音楽を聴いていたその音量がおおきすぎて、一時的のつんぼになっているのかと怪しんだほどだが、っちがう、っちゃんと小音量で聴いていた、っいつも彼等は音量に不足するのだ、っぼくも、っとくに去年は数多のアマチュアを聴いたが、っそのなかにはきょうの彼等よりも遙けく腕が立ち、2,000席級の大器でもちゃんと満々と飽和させられる音量を誇っていた団体は複数あった、
っところが、後半楽章となるほど、彼等のその大人しい奏楽はむしろ映えた、コバケンさんにはもはやかってのように楽隊を無理無理に煽り立てる気力はなく、全編これ淡々とした棒で、振られている最中はそうでもなかったが、終演後は腰に手を当てられて足取りもややおたおたされるように見え、っこちとらを心配せしめたが、っしかしその脱力の棒が愼ましい楽団を捌くことで、満堂がぐらんぐらんと揺るがされるようなほんとうの最大音量が、ソロがコーラスへ唱和し、オルガンまでもが加わる全曲の最後の最後の大団円までけっして訪れなかった、っそれにより、楽曲全体の経緯がひじょうに明確に伝わったのである、以前のコバケンさんならば、フィナーレどころか、1楽章のさいしょに打楽器が加わるトュッティからして、っもうけたたましい騒音を鳴らしてしまっていたところで、っその後もフォルテとみればぎゃんぎゃんと駄目を押しまくり、っいきおい、演奏を構成する要素が強弱の激越な交替それのみに偏してしまっていたものだが、っきょうは、音量のおおきな部分とちいさな部分とが、音楽のなかで恆に等価の主張を成したのである、
1楽章こそ、っまだオケが熟れないためにどの声部も音がよく伸びず、っしかし棒がまたその音々を丁寧に置いてゆく静的の構えなので、誠実と謂えば聞こえがよいが、っもう1歩で生硬へ転落しないとしなかった、っが、例によって遅いところをずぶずぶに遅くしすぎてしまい、箍の弛み切った膨満へと堕すことを惧れていたところ、遅めに構えた㐧1テーマから㐧2テーマへと遷移する際、っほとんどテムポを変えないっっっ、っこれはすばらしく好印象であり、っしかも絃に対して、以前ならばさかんに行なったような表情の要求がまるでなく、っただかすかに拍を示しているのみである、っそうだっ、っそれでよいのだっ、大トュッティでも指揮者独りはぜんぜん腕を大振りにしないで楽員を見守っているのみ、っという個所も頻繁に訪れるが、っそうした境地に、っせめてもう10年早く立ててよいはずの人だったのである、
2楽章も3楽章も、音量は満ち溢れず、小作りな手応えではあるが、前者が忙しい部分を何度か經るうちに、筆致に触発せられて音色が精彩を得るようになり、っそうすると、突飛なことはしないで、訥々とと謂いたいくらいに1音1音を追ってゆく手附きが、っこちとらでも愛おしく観ぜられてくる、
〈原光〉は、っさようの細いひびきのバックとなるため、ソロは無理に声を張り上げなくとも音像が掻き消されてしまう心配はないし、コバケンさんの棒はここでも遅すぎる弊、表情の濃密を要求しすぎる弊いずれからも逃れて淡泊で、っそれでこそ快い、
フィナーレは、流石にホルンあたりには要所ではもっと音を割った雄叫びを求めたかったが、っともかくいつもすべての音が清浄であり、トロムボーンのコラールから大トュッティへ発展する部分も、最後の審判の地獄画も、テンションに感けた音量音圧自慢にならないのは、っここまでくるとむしろ得点美点である、っじゅうぶんに迫力を出せているのだが、全曲の最後に全員が全力をふりしぼった際の最大音量からすれば、っこの時点ではまだ余力がある状態だったのである、
っとちゅう、セロが後にアルトが唄うこととなる節を弾き、舞台裏から軍楽がひびく段では、舞台スタッフが袖の扉を開くタイミングが遅れ、っはじめのうちバンダがよく聴こえないというご愛嬌もあれ、っしかしこの内容てんこ盛りのフィナーレは、っどこかしら接続がうまくゆかず、っぎくしゃくした悪印象を遺すこともしばしばであるところ、っきょうはそうしたトラブルも、っまああるにはあったが極少で、っそしてついに全員が復活を高唱する段へ至って、っぼくの視界はちゃんと泪で潤んだのであった、
っさて、今週水曜から狛江の古墳現場、金曜は上岡敏之、バッティストーニ両氏公演だね、
っそれから、井上キーミツの12/30サントリー引退前最終公演の演目が発表となったが、っわずかにショスタコーヴィチ《祝典序曲》を含むものの、意外や意外、楽聖《6・5番》である、っこの2曲は、去年の秋、川崎で新日本フィルとともに披瀝されるはずが彼氏の療養のために広上氏が代行された、っあのときご当人が振られていたら、っこの最終公演も別演目となったろうか、切符は8月発売だが、っちゃんと購えるだろうかしら、
みずの自作アルヒーフ
《襷 ータスキー》(全4回)
https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351779591.html(㐧1回配本)
《ぶきっちょ》(全4回)
https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351806009.html(㐧1回配本)