大阪、中之島、 | ざっかん記

大阪、中之島、




井上キーミツ/大阪フィル公演初日、済む、

っきょうは午前のみ仕事をして退勤す、

っが、っゆうべ丼いっぱいの山盛の野菜をインスタント味噌汁へ浸して食べたところ、っそれがかえっていけなくて、蒲団の裡でもよく睡られなんだし、汚ない話で恐縮だが、っあさ起きると腹を下してしまっていた、出勤して3時間のみの勤務だったが、っその間にも3度も4度も便所へ通い、新幹線の車内では催すことはなかったが、新大阪へ降り立つと身体の諸所へ悪寒、愁訴をおぼえ、風邪のひきはじめかとおもう、ホテルでも開演前のカッフェでも用を足し、会場入り前に下痢止めを購うか最後まで悩んだが、体外へ排出したがっている生理現象へ逆らうことはなるがたけしたくなかったので、っまあ大丈夫だろうと踏んだ、果たして、演奏中に耐え難い急降下に見舞われることもなく、終演を迎えることができた、っいまホテルへ戻ってもやはり節々がしくしくと痛むが、体感として、っこれから絶不調へ転落する前兆というよりは、っわずかな体調不良というところで、暖かくしてたっぷり睡ればあさには復調しているのではないか、

新幹線では、っいつもなら景色をたのしんでいたいぼくも、着座する途端に身体もぐったり、瞼も落ちてきて、っほぼずっとうつらうつらするまま大阪まで来る、結果としてこれは奏功で、先週のN響公演は、っとくに初日、っずっと目醒めていたのに、《バビ・ヤール》フィナーレの最後の最後、チェレスタが鳴る段に限って居睡りし勝ちとなってしまったところ、っきょうさっきは、全編全曲、っばっちり意識的に聴いていることができた、時を追う毎に身体が火照ってくるのをおぼえたが、っそれが風邪のためか、演奏の熱気に浮かされたためかはしらない、

っさて、N響との質的差異がどう出るかとたのしみに待ったが、っぼくは大フィルのほうがすきだ、N響はよくもわるくも、っいかなる瞬間でも描線がシャープで、っひびきのバランスが一定である、大フィルはその点、各声部が俺も我もと音楽をしようしようとするため、管絃打の混淆交響がいつも手作りの味であり、最ウェル・バランスをかすかかすかに逸れながら逸れながら進む、っそれだけに局所ではアゴーギクが巧く定まらなかったりすることもあるが、絶えず奏者の体温が伝わり、っこちとらから音を聴きに行くまでもなく、っむこうからどんどん人懐こい音が飛んでくる、

シュトラウス《クラップフェン、、、》は、中規模編成ながら、大音場の中之島でも質量ゆたかに鳴る、

ショスタコーヴィチのスートは、N響ではなぜか4曲っきりだったが、っきょうはフィナーレも入れて5曲抜萃であり、っそれは新日本フィルとのときと同様、ったのしい曲なので、っそれが入っているほうがよい、1曲目のマーチ冒頭から、ロウ・ブラスが大張り切りで、分厚い音が鳴って始まる、N響時とはアコーディオンもギターもちがう人だったが、っあのときもおそらくマイク、スピーカーを通していたろうが、っきょうもそうで、っしかも管絃楽が大音響を鳴らしていても彼等の音が聴こえるほど大増幅しており、アコーディオンはソロの個所でかちかちとフィンガリングの音まで聞こえてしまうばかりであった、っこの濃厚な音響のなか、っふたつの〈ワルツ〉ではいずれもサックス連がおおきに気を吐き、っとろけるようなエスプレッシーヴォ、ビターなハーモニーに醉う、触発せられて他の声部もこころごと身体ごと音楽へ奉仕し、小品の羅列とはおもわれないほど、っぎっしりと中身の詰まった聴き応えを見舞わる、

音場は、渋谷ほどではないにせよ、2,000席をおおきく超脱する大器であるはずだが、っぜんぜんそれを感じさせない、っぼくはいつもの定位置、2階右翼だが、っあの聴こえ方ならば、っよしんば天井桟敷附近でも、っまずまずニュアンスを伴なった音を聴きうるのではないか、

《バビ・ヤール》では、ソロもコーラスも渋谷よりもずっとクリアで迫力を伴なって聴こえる、断然、好条件だ、っとくに後者が、渋谷では、精妙ではあっても、っもうひと声、熾烈な齋唱を聴かされたいとおもわせたところ、っきょうはみなで束になってのクレッシェンドのたび、男臭い風圧を体現、これでこその《バビ・ヤール》だっっっ、っと膝を打つ、静かな中間楽章でも音楽が薄まってしまうことがなく、煩瑣な2楽章やフィナーレでも細かい音型、詞句が高密度で聴こえる、

大フィルも怒濤のごとで、用意してきた音を精確に並べた風附きのN響時とは異なり、キーミツもしばしば篤いグルーヴを実感しながら夢中で振られるような瞬間があった、ティムパニ、タムタムをはじめとして打楽器連の遠慮会釋のないけたたましい打ち方もうれしく、っしかもそれらがこちとら慄然とせむばかりの迫力に繫がりこそすれ、っけっして無意味な騒音とはならない、

N響時にはなかった字幕があったのも大助かりで、っより共感を寄せながら聴いていられた、っあすは、っきょうの演奏では2楽章の終局部でみられた声楽と管絃との間の間合いの取り方の行き違い、っあれこれの声部にわずかずつ散発したエラーが摘まれ、っより完成度の高い演奏となることを希ってやまない、

っそういえば、2ndの最後列には、っこないだ上岡氏と同フィルとの共演を聴きに来阪した際、高槻まで足を伸ばして接したアマチュアの絃の小規模アンサムブルでリーダーをされていた、橋本安弘氏が乗られていたようである、リタイア組のトラであろう、



っそれから、小澤氏が物故せられたとのこと、ゲテモノ趣味者のぼくはいつの日も彼氏のよい聴き手ではなかったとおもうが、っその存在によって本邦の楽壇がおおきく底上げせられてきたことは紛れもない事実にちがいない、合掌、



っさ、睡よ睡よ、



みずの自作アルヒーフ

 

《襷  ータスキー》(4)

 

https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351779591.html(1回配本)

 

《ぶきっちょ》(4)

 

https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351806009.html(1回配本)