原宿、 | ざっかん記

原宿、




井上キーミツ、N響公演初日、済む、

っおとついから、東村山のだだっ広い現場の試掘へ出る、代理人としてではなく、人手が足りなく、アルバイトさんらがみな出払っているというので、一人足としてヘルプでである、

遺跡の調査は、掘った土の色調が重要な判断材料となるが、冬場で陽がみじかくなると、16時すぎあたりでももう光量が足らなくて、土色の認識に支障を来たす、っまた、現場作業は寒いということもあり、っいきおい、っこの季節には16時を回ると、もうきょう終わりにしようよ、っというムードがアルバイトさんの側でも社員の側でも支配的となり、陽が高ければ16:40ころまでは作業をしているところ、っいったん16:30ころに作業を止めて片附けはじめる日を作ると、16:30が16:25になり、16:25が16:20になり、っとようよう常習となって、っいちばんぶっ飛んだところでは16時にはもう現場を閉めて帰ってしまっていたらしい、個人的には、それでも工期内に調査を完了させられているならいいじゃないのよ、っという気分だが、経営者としてはそうはゆかないとかんがえるのもとうぜんで、、、っというよりもたぶんあれじゃないかな、社長がなにか用事があって、っとうぜんまだ作業中だろうとおもって16時すぎころにどこかの現場へ寄ったんだ、っそしたら蛻の殻で人っ子ひとりいやしない、っわるいことはできないもので、っそれで綱紀粛正、今冬以降、11月から3月までとかだったかな、っは平素の9-17時の勤務時間を8-16時に変更しましょうということとなった、っただそれは現場作業に限るので、屋内作業のぼくらは従来どおり通年9-17時勤務である、

っきょうの開演時間は18時なので、聖蹟別棟へ17時までいたのでは間に合わない、休んでしまうか、午前のみ勤務にするかとおもっていたところ、東村山の現場へ出られるか、っと云われ、そうか現場は8-16時か、それなら仕事が済んでからでも間に合うな、っときょうも16時まで働いていた、

っしっかし、っずっとデスク・ワークなので、遺跡の現場作業のためのあれこれのこまかい筋力がすっかり衰えている、体幹としては、っまあ腰が痛かったとはいえ、っさほどのことはない、使い物にならないのは手指で、効率よく土を分厚くがりがりと削りたいのだが、っその反作用に耐えるだけの握力がなく、指の1本1本が瞬く間に筋肉痛を発して、掘り道具が握れない、っおとついのよる、睡ようとして両手がずきずきするのをおぼえたが、っまあ1日熟せばきのうからはまずまず動けるようにはなる、新人さんが半日掛かってやっとトレンチ1個所のみのところ、っぼくはその半日のうちに2個所も3個所もさっさと遺構確認面の精査をしてトレンチ壁面の土層を分層して清掃を了えてはいつぎはいつぎはいつぎというぐあいに作業を進めるので、代理人からも、や、水野さんに来てもらって助かります、っと云ってもらう、っわざわざ社員が出向いてヘルプをしているので、っそのくらいの働きをしなくてはぼくとしても面目が立たない、

っきょうは土曜だったので、平日の常勤メムバー以外に他現場から哲学科出先輩や《雨月、、、》くんも応援に来る、月曜は雪の予報で、っおそらく中止だが、っあすの夕方にやる/やらないを連絡しますと云わる、っいずれ月曜でぼくのヘルプは了わりで、っというのは、っもとこの現場の常勤メムバーであった自-自先輩が、タイガースのキャムプを観に沖縄旅行中で、っその間っきりの穴埋めというわけである、っしかし、っやはり現場で1日身体を使うと、っいつものデスク・ワーク時より遙けく健康的に睡られる、っいわゆるばたんきゅうであり、っこの仕合わせのためだけにでも、っぼくは現場へ出ていたい、



っさておき、っそれで現場が済んで、東村山から高田馬場、渋谷ではなく原宿のほうが器へ近いとおもうので、っそこで降りて代々木公園、っじゅうぶんにゆとりがあり、開演前に2、3本シガレットを服み、自席へ着座して楽曲解説、《バビ・ヤール》の歌詞対訳を開演までにすべて読み了えることができた、

演目は、ロシアに由縁を有つというシュトラウス《クラップフェンの森で》にて開幕し、ショスタコーヴィチの舞台管絃楽スート《1番》から4曲抜萃、っそしてアレクセイ・ティホミーロフ氏のソロ、オルフェイ・ドレンガルのコーラスを加えて同《バビ・ヤール》である、

っきょうは2階右翼の前方から聴いていたが、器はあいかわらず音楽的のひびきではないものの、っしかし好い音がしていたとおもう、シュトラウスは、郭公の鳥笛がおおきく間を取って吹いていてたのしい、

ショスタコーヴィチのスート《1番》は、キーミツがポリャンスキー氏の代打で新日本フィルと同《8番》をお演りになった際、ポ氏は《8番》のみのプログラミングであったところ、それだけだとツラいので、っといってキーミツが前半にそれを足され、っそのときはきょうの4曲に加えて最後に賑やかなフィナーレも演奏されていた、っその新日フィルとの演奏もとてもよかったが、っきょうのN響とは、っとくにさいしょのマーチにおいてもうすこしく点画をきっちりと楷書的に定めにいった手応えで、テムポもたっぷりとしており、っこれはこれできもちがよい、乾いた音場中ですべての楽器が冴え冴えと聴こえ、潤いある濡れた質感ではないが、っそれだけに鮮烈なハーモニーが飛び散る、

っそして《バビ・ヤール》、実演を聴くのはこれが初めてだろうか、ったしかそうとおもうが、ソロのティホミーロフ氏っっっ、当初発表の人、エフゲニー・スタヴィンスキー氏かな、っが降板されて代演だったが、っもとより彼氏のためにあったかのような舞台、っまさしく独壇場であった、恰幅のよい巨軀巨体でいられ、指揮台へ乗ったキーミツと同程度の身長、っそしてあの声、っあのロシアンな太さと重たさとは、日本人の歌手では逆立ちしても出せまい、彼氏たったおひとりの声で、大管絃楽、本邦天下のNHK交響楽団をおもちゃのオーケストラと聴かせてしまうばかり、っじつに堂々たる威風である、っとくに1楽章が始まってからしばらくしたあたりで、っぜんぜん泣くような音楽ではない、背筋も凍る深刻な曲調だのに、っその立派な語り口に圧倒せられて、っぼくは我知らず目頭が熱くなるのをおぼえた、〈ユーモア〉の厄介なリズムも表情たっぷりに余裕綽々で熟していられたし、個所によってはキーミツがかなり周到にバランスを取られていたとはいえ、っそれでも、っいかなるときもオケに消されずに彼氏の声が聴こえつづけるのは、驚異も驚異である、

っそしてまたオルフェイ・ドレンガルっっっ、パンフレットには合唱指揮がセシリア・リュデュンゲルとあるので、っぼくはてっきりあのセシリア・アリン女史かとおもっていたが、終演後に挨拶されていたのは、メムバーといっしょに唄われていた男性であった、っそれはとにかく、っこちらも、大阪フィルとともに高額の招聘費用を押して喚んだというだけのことはあり、男声合唱の妙味を篤と堪能せしめた、



先回、札幌でのキーミツはずいぶんと弱々しく、心配させたものだが、っあのときにはすすきのでの夜遊びが祟ってお風邪を召されていたらしい、っきょうは、っまた痛み止めの世話になられていたかしらんが、っとてもお元気そうで、身体もよく動いていらして、っあのなまなかでない曲想を生き抜くについて、万全というところではなかったか、客席は大入りで、終演後は万雷の拍手と歓呼と、っそれに相応しい大演奏であったろう、

っあすも同プロ、っそれでもって、来週末には大阪行にて、っあと3度もあんな曲のあんな演奏を聴くのかよ、、、草臥れるわ、っきょう休憩時、前プロですこしく睡気がしたので自席へ戻る前にホールの壁へ背中を預けて瞑目していたら、スタッフの若い女の子に、お客様、大丈夫ですか、ご体調が優れないようでしたら救護室の用意がございますが、っなどと気遣われる始末、っま、一介の客にとってもそのくらいの曲ですわね、《バビ・ヤール》は、

っいままだ、宮益坂上のいつものチェインのカッフェ、っもうすぐ閉店、帰ろ、っそして睡よ、



みずの自作アルヒーフ

 

《襷  ータスキー》(4)

 

https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351779591.html(1回配本)

 

《ぶきっちょ》(4)

 

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