読みました。

>自分を愛すとは、相手から望むものが返ってこなくても自分を保っていられるってこと


私は全然自分を愛していないんだなって思った。
薄々気づいていた。
でも、気付かないフリをしていた。

「相手から望むものが返ってくる自分」にしか興味が無かった。

私に興味を持ってくれる相手にしか、私は興味を持てない。

私に好意を持ってくれる人にすり寄って、「私はこの人と一緒にいるから価値がある」って条件付けしてた。

私の埋められない穴を埋めてくれる人に依存していた。

「この人なら無条件に私を受け入れてくれる」
って思い込んで、相手にも感情があるって事を考えていなかった。


>パートナーを社会的ステータスの象徴として利用
これが私だなと思った。

私はずっと、「母のような人生は送らない」って心の中で誓っていたような気がする。

母のような人生は嫌

どんな人生?

アル中で仕事の出来ない父と結婚し、古風で厳格な姑に虐められる人生。
仕事も出来ない専業主婦に成り下がり、家の中で不満を喚き散らす人生。
友達もいない、連絡を取る相手もいない、寂しい人生。

私は、そんな母の事を見下していた。
「母のようにはならない!」
「私はお母さんとは違う!」

ちゃんと仕事が出来る人と結婚して、
ちゃんと子ども産んで、
ちゃんと社会人として働いて、
ちゃんとママ友を作って社交的に振る舞って、

そんな私を演じていれば、幸せになれると思っていた。

そんな自分を演出するための相手が、たまたま今の夫だった…

私はずっと一人芝居しているのかもしれない。

「正しい」と頭で感じる借り物の幸せと、
苦しさを手放して本当の自分を生きる幸せ、
全然別物なのに、
それを同時に手に入れようとしている。

昨日、ふとTVerで「凪のお暇」を観始めた。


主人公が毒親育ちの空気を読みすぎる女の子…という設定からドハマりしてしまい、気付けば日付が変わっていた。


うわー、やってしまった…と後悔。

セッションを始めてから20時台に布団に入っていたのに。


セッション前は12時前後に寝て5時間睡眠が当たり前だった私は、「ま、一日くらい大丈夫でしょ」と軽く考えて布団に入った。


そして今朝…


身体が重い!

頭が重い!

目がしばしばする!


起きるのに意志の力が必要だった。


えー…私って夜更かしする事で、身体に鞭打っていたのか…自分を寝かせないって恐ろしい。

虐待じゃん…


と、重い頭で考えた。


公園にお散歩に生き、秋らしく涼しい風を浴びたら、スッキリした。


そして自分が、ただ自分で過ごす事を恐れているんだと知った。


夫や子どもたちがいれば早く寝る。

だって子ども達の睡眠大事だし、夜更かししてる母親なんて駄目だから。


自分の為に早く寝る、という意識がとんでもなく希薄だ。


でも一人だと誰にも見られていないから、自分への監視の目が緩む。


「ちょっとだけ」

「キリのいいところまで」


そう言ってドラマの世界に入り込んだら抜け出せなくなった。


それだけ、ただそこにいるのが辛いのか…私は。

自分に、早く寝ることすらさせてあげられない。

ぼーっと出来ない。

何かで時間を埋めないと耐えられない。


これは異常なんだな、と初めて思った。


公園から帰宅して、TVの電源コードを抜いた。