かよさんへのコメントを書いていて思ったのですが、これもマウント癖ですね。


銀行員は上↔パチンコ屋は下

高学歴は上↔福祉、介護等の低学歴は下

高学歴の夫は上↔高卒の夫は下


全てマウント、私の勝手な決めつけ。


この癖を基準に物事を判断して行動している時点で、スペック信仰は変わらない。


スペックを捨てる覚悟は、マウント癖をやめる

と同義でしょうか?


とすると、更に難しい…

ずっとマウントして生きてきたのです。


それが生きる上で必要だった。


それが、おかしい事だとしても、過去の私には必要だった。


>望んでる物がスペックなんですから。

何度も言いますが、これから先に変化するにはそのスペックを捨てる覚悟がいるってこと。


スペックを捨てる覚悟が、腹落ちしていません。

概念としてアタマで分かっているだけ。


具体的な行動に繋がらない。


例えば、

・銀行員の職業を捨てて、パチンコ屋に転職する

・学歴を捨てて、福祉や介護等の畑違いの職業につく

・高学歴の夫と離婚して、高卒の人と結婚する


こういう具体的な行動指針があれば分かるんですが。

これもハウツーだから、ズレてるんですよね…


武器にしているスペックを手放すには、具体的にどうすれば良いのか、分かりません。

私のことを2つもブログに取り上げて頂き、ありがとうございます。


>願望に向かう道のりとやってる行動が真逆

本当に大切なものを雑に扱い、ゴミを大切に握り締めている

他人によく見られる見栄↔他人の目を気にしない人生

相反する行動をしていますね…


セッションのお陰で自分の内なる願望に気づいてきたものの、行動は相変わらず変わらない私。


>自分こそが、スペックが無い相手を見捨てている

母のことを価値のない人間と嫌悪しながら憎んでいる

母の事を憎んでいる自覚はありませんでした。

「あんなやつ、どうでもいい」

「私には関係無い」

と思っていました。


母は私の人生に必要ない

だから私は傷付くことはない


と、自分に言い聞かせていた。

感情を切り離していた。

これ以上、傷付くのが怖かった。


子供の私の本心は、

「お母さんの事が大好きだった」

「私にとって大切なただ一人のお母さんだから」

だからこそ、

「憎い。大っきらい!!」


本当の感情に蓋をして、感じないようにしていた。


お母さんをバカにする事で、

「お母さんは価値が無い」

だから

「私はお母さんを好きでも無いしどうでも良い」

と感情を閉ざした。


周りをバカにすることで、私のほうが上だと自分に言い聞かせて、弱くて傷付きやすい私を守ってきた。


夫に対しても同じだ。


自分が感じないように生きてきた。

それを、選んできたのは私自身だ。


その代償を今払っている。


私はずっと、世界中の人をバカにして生きてきた。


今もずっと。