アラン・ギルバートのブラームス |  ヒマジンノ国

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今日はサントリーホールで、アラン・ギルバートによるブラームスの交響曲1番・2番を鑑賞しました。オーケストラは東京都交響楽団です。

 

アラン・ギルバートは米国の指揮者で、日米のハーフ。ニューヨーク・フィルの音楽監督だった人です。

 

18、19日はサントリーホールで交響曲1・2番、来週会場を東京文化会館に移して3・4番をやるそうです。自分は今日だけの鑑賞です。

 

以下はあくまで個人的な感想です。

 

さて、1番に関しては、音楽の表情を丁寧に描き分けるやり方で、滑らかで自然な歌のあるブラームスでした。聴いているとほんのり、欧米風の風味を感じます。

 

各所で色々拘っているなと思わせる表現で、表情が多彩でした。強音部も厚みがあり、立派に響きます。フィナーレなどホルンの響きが雄大で、なんだかブルックナーのようなだな、と感じた瞬間もありました。こういうのは北ドイツ共通の、風景画のようなものなんでしょうか。

 

全体を通して聴くと、造形が立派で、何をやりたいか良く分かる演奏でした。

 

しかしどうなんでしょう、ブラームスの交響曲1番にはこの作曲家特有の、くすぶる情熱が、その曲調にも滾っているように思えますが、アラン・ギルバートは非常に冷静に演奏しているようでした。

 

今回、アラン・ギルバートは初めて聴きましたが、個人的には、こういう冷静な演奏は、マーラーとかのブルックナーの方が実りが出るという感じがします。違う作曲家の演奏を聴いてみたいと感じました。特に後期のロマン派辺りなど。

 

ですので、この演奏における造形の立派さは、その冷静さ(客観性)に支えられていると思います。他方、ブラームスの持っている熱い情熱のたぎりは、やや後退し、そこは個人的にはちょっと物足りなさを感じました。人によっては内容空虚と捉える人もいるかもしれません。

 

所沢で聴いた、ルイージのブラームスには熱っぽい情熱を感じたので、その辺の差は面白いと思います。ルイージなんかはマーラーとか、ブルックナーみたいな音を広げる作曲家には、本来向かないかなというのが、個人的な感想です(だからといって、悪い演奏とはいってません)。竹を割ったような表現になりやすいというか。

 

 

上述の、音楽の表情を描き分けながら、良く歌う表現というのは、交響曲1番よりは2番に適している表現かと思います。

 

ですので、2番の方がより自然で、奇異な感じのない演奏に聴こえました。しかし同時に、1番で色々表情を付けているな、と感じるほど、こちらは拘っていなかったように思えます。歌の多い曲を、さらに良く歌っても、くどくなるという感じなのでしょうか?

 

ですのでかなりオーソドックスで、ブラームスの第2交響曲らしい内容だったと思います。特に第2楽章辺りは美しく響いていました。また、第4楽章の最後の追い込みは、熱っぽく盛り上げて楽しませてくれました。

 

終演後は皆さん拍手喝采でした。あれを見る限りお客さんはかなり満足だったようです。自分は、皆さんほどは、格別、というところまではいきませんでした。人間、感じ方は10人10色だと思いますので。